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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
11/18

11.初夏の便り




 僕らの進級した日。旗の日と言われるこの日を境に、新学年が始まる。首都ガーリアを擁する都市国家群、ルガス連邦は15の都市国家から成る合議制の国だ。と言っても選挙で首長が選ばれるのは、少数の都市だけで、基本的には貴族籍を持つ者が治める世襲制だ。そんなルガス連邦の戸籍法は特殊で、職業と名前が登録されており、誕生月が旗の日から前か後ろかで、歳を数えている。つまり今日僕とエリクは1つ歳を取り、16歳になった。そんな旗の日は歳を数えた祝いがされるのだが、僕らはお祝いも早々に辞して、撮影所にやってきた。


「後は最後のシーンだけだね」

「撮り終わった後が大変なんだけどな」


 撮り溜めたフィルムは現在、実家の倉庫の隅に保管してある。将来的には編集作業専用の事務所を借りる予定だが、今は居候の身だ。この映画が成功して形になれば、FLOINを事業所として登録出来る。そうなれば僕らも立派な戸籍持ちだ。


「どーよ、あたしのこの華麗な水魔法は!」


 今回は満を持して、リーンライラ演じる水の妖精の登場だ。持ち前の魔法の才能を如何無く発揮し、見事な水魔法を見せてくれた。


「いいぞー!」

「見事なもんだ」


 エリクとシマトラさんが囃し立てると、満更でも無い様子で辺りを飛び回る。じゃあ始めるかと、エリクが前に出て来た。


「さて、撮りたいシーンは皆の協力もあってほとんど撮れた。だが、最後のシーンが残っている」


 彼は木板の左端を叩いて、説明を始める。


「火事のシーンだ」

「それが問題だよね。どうする予定なの?」

「それなんだが……こいつを燃やす」


 エリクが指差したのは、皆の汗の結晶である撮影所だ。


「え?」

「待て待て。こいつを燃やす?正気か?」


 シマトラさんの問い掛けにエリクは頷いた。


「最初はミニチュアで撮る予定だったけど、途中のシーンで藁山を燃やしたのを見て、考えが変わった」


 エリクの言っているのは、村の藁山に火を付ける悪魔のシーン。村人は火の魔法に驚き、そしてその便利さに感謝する描写がある。


「火事のシーンで重要なのは、燃え残った灰にこそある。幸い、撮影所の役目は終えているし、ここは火が燃え広がるような場所じゃない。頼む!どうしても燃える家を背景に撮りたいんだ」


 皆に頭を下げるエリクに一同は押し黙ってしまった。


「エリク。それはどうしても必要なシーンなのね?」


 カリーナさんが、代表して質問してくれた。エリクは頷くと、僕らを見回す。


「危険だし、自分勝手だとは思うが、その絵を撮りたいと思ってしまったんだ。だから、頼む」

「……分かった。私から言う事は無いけど……アルフはどう思う?相棒のあなたが決めるべきだわ」


 少しの間考える。失敗したらと思うと怖い反面、どんな絵になるのか楽しみでもある。いいじゃないか、どうせ失う物も無いんだ。撮影所はまた建てればいい。


「……撮ろう。ここまで来たんだ。やり切るべきだ」

「……いいでしょう。それじゃあしっかり段取りを組みましょう。一発勝負になるわよ」

「よーし、漲って来た!燃やすのはあたしがやる!」

「いや、違うから。消すのが役目だからね?」

「え、あーそうだったわね」


 ゲンナーの突っ込みに照れたようなリーンライラ。思わず僕らも笑ってしまった。




 燃え盛る家を見つめながら、悪魔に詰め寄る人々。その口は彼を糾弾し、責めたてる言葉を発する。

 火の悪魔には理解が出来なかった。前と同じように、火の魔法をお披露目しただけだ。そうしたら、皆喜んで踊ってくれるものだと思っていた。


「悪魔さん。どうしてこんな無慈悲な事をするのか」


 それはかつて火の魔法を教えた子供だった。今では立派な大人になって、伴侶を持つ所帯持ちだ。

 火の悪魔はどうして喜ばないのかと、問い掛ける。かつての村人たちは、火の悪魔が自分たちとは違う倫理を持つ事に気付いた。そこへ水の妖精がやってきた。彼女は流れるような水の魔法で瞬く間に、火を消してみせる。街の人々は歓喜し、水の妖精を讃え始めた。それが面白くない火の悪魔。やい、水の妖精。どうしておいらの邪魔をするんだ。水の妖精は静かに答える。あなたがよかれと思った事でも、他者には違う事もあるのです。おいらは一緒に遊びたいだけだ!

 街の人々はそうは思っていませんよ。火の悪魔が辺りを見回すと、誰もが恐怖の目をして彼を見ていた。

 なんだいなんだい前は喜んでたじゃないか!火の悪魔は喚き散らしたが、しかし、人々は離れていく。もう彼の言葉に耳を貸す者はいなくなっていた。

 寂しくなってしまった火の悪魔。肩を落として家に帰ることにする。家の入り口で、ふと後ろを見ると、街の灯りが目に入った。夜の闇に煌々と輝くそれはキラキラとしていて、孤独な悪魔の心を揺さぶる。

 今度起きたら、また一緒に遊んでくれるかな。一緒に火の魔法を使ってくれるかな。そんな期待を胸に長い眠りにつく。彼が起きるのは、年に一度のお祭りの日。火の悪魔は寂しがり屋の孤独な悪魔。




 撮影が終わった。細かい部分も合わせて、全て撮り終えた。編集はエリクの仕事だ。あれから毎日我が家に来ては、うーんうーん唸りながら、フィルムを切っている。ちなみにプロジェクションとメモリーインは死ぬ気で覚えたらしい。


「まずいぞアルフ。再撮影が出来ないかもしれない」


 そんなある日、学校終わりに工房に寄ると、いち早く帰宅していたエリクから、そう切り出された。


「再撮影?」

「この編集した継ぎ接ぎのフィルムを1本のフィルムに撮り直す作業だ」

「あーなるほど。完成品を作るんだね」

「そうだ。この際に、テロップやスタッフロールを仕込むわけだが……」

「フィルムの余りが無い?」

「まぁそうだな、それもある」

「他にもあるの?」

「ああ、これは完全に失念していた事なんだが……透明な硝子が無い」

「透明な硝子?硝子って窓に使われたりするあの硝子だよね?」

「その硝子だ」

「あれが透明になるの?」

「なる、はずなんだが……」

「はず、って」

「だぁー、そのはずなんだよぉ!くっそー知識の無い自分が恨めしい!もっと勉強しておけばこんな事には!」

「いや、知識うんぬんで何とかなる事じゃなと思うけど……」


 エリクの説明によれば、フィルムに文字を入れる、とした場合、フィルムを重ねるのが基本手段だと言う。しかし、魔石フィルムには物理的に重ねる手法は取れない。そこで考えついたのが、透明な板を投射板とカメラの間に挟み込み、そこに文字を表示し、映像を再撮影する方法。考えついたはいいが、その透明な板という難題にぶつかったと言うのだ。


「それはさ、投写板?だっけこの白板。これ自体に書き込むではダメなの?」


 僕はゲンナーが用意してくれた白板を叩く。映像を投写する板、エリク曰くスクリーンと言うらしいが、再撮影の為に白色ゴーレムの表皮を発注したんだと言っていた。かなり高価で実際に上映するスクリーンは白布等になる予定だ。


「これな、ちょっと試してみたんだけどな、水分や油分を弾くんだよ。じゃあ魔法文字ならどうかと思って、書き出したんだけど、光を当てた同じ平面に書かれた文字って沈むんだよな。読めないことは無いけど、違和感があると言えばいいのかな」

「うーん。そうなると難しいね。皆に相談してみる?」

「そうだな。何かしら糸口があればいいんだが、魔物の素材とかで無いかなー。某蟲の眼みたいな」

「なにそれ」

「あれは湾曲してるからダメか」


 エリクは両手を広げて、何かを持ち上げる仕草をしているけど、そのサイズの眼を持つ昆虫型の魔物とか、ちょっと想像が出来ない。まず第一に人に倒せるものなんだろうか?建物ぐらいの大きさの虫を思い描いて、それに向かって行くハンター達。うん、勝てる未来が見えないな。


「いるとか言われたら、エリク1人で狩ってきてね。僕は行かないからね」

「いや、あんなん俺にも無理だから、プロトンビームとか撃てないから」

「ぷろとん?」

「はは、いつか映像で作ってやるよ。男の夢だからな」


 その時のエリクは妙に楽しそうだった。




 結果的に、不可能だと言う結論だった。ゲンナーもシマトラさんも、カリーナさんやメリダ教授にも聞いてみたが、そのような素材にはついぞ出会った事も、聞いた事も無いと言う。


「参ったね」

「だなぁ。何とかこう、魔法でぱぱっと解決出来ないものかね」

「魔法は万能だけれど、原型の無い魔法式や魔法陣を創り出すのは、非常に時間がかかるものなのよ。形の判然としないパズルのピースを手探りで作っていくようなものだから」


 カリーナさん曰く、メモリーインからアクトのように、魔法の基本が分かっているものは然程時間がかからないのだそうだ。プロジェクションの拡大仕様も、物を大きくして見る、遠見という魔法があるから、成し得た効果なのだと言う。


「じゃあさ、例えばだけど、文字が浮いて見える魔法とかはどう?」

「なるほど、刻印魔法とかの魔法陣の応用でいけそうだな」

「ざーんねん。それは昔から考えられてる事だけど、実現してないわ」

「それはどうしてなんですか?」

「最近分かった事なんだけどね。大気中には魔力があって、起点を阻害するのよ。そうね。火球で考えてみましょう。火球の魔法は掌、的と2つの対象物があって初めて魔法陣が構成されるでしょう?アクトも装置に起点が置かれて初めて成立する。だから、魔道具の起点は重要なの。理由は分かって無いけどね」

「うーん。よく分からないな。投写板から、カメラに向かって文字を放つとかじゃダメなのか」

「出来るかもしれないけど、いつも最適なタイミングでメモリーイン唱えるのよ?それも何千回も」

「無理だな。文字の大きさを整えられる気がしない」

「でしょう?」

「八方塞がりか……」


 僕らが、頭を捻っていると、部屋の扉がノックされる。ここはカリーナさんの研究室で、放課後、相談にと僕とエリクで訪れていた。


「どうぞ」


 カリーナさんの応答を受けて扉を開けたのは白髪の壮年の男性だった。


「おや、客人がいたか。これは失礼」

「いえ、教授。生徒の相談を受けていただけですので」

「2年のエリフォートです」

「同じくアルフレッドです」


 2人揃って頭を下げる。この人どこかで見たことあるような。


「礼儀正しい子達だね。はじめまして、僕は攻性魔法科のラングルドンだ。よろしく」

「2人とも、この方が私の上司のラングルドン教授よ。大戦の英雄だから、勿論知ってるわね?それで教授、何か御用でしょうか?」


 トーマス=ラングルドン。ルガス連邦で魔法使いを志す者にとって、この名を知らぬ者はいないだろう。先の大戦でベルトラン砦に派遣され、西の防衛戦をたった1人で守りきったと伝えられる英雄だ。ぱっと見ると柔和な笑みを浮かべる紳士だが、その魔法は一流の魔法使いの中でも一線を画すと言われ、爆雷の二つ名まである。


「カリーナ君。この文が僕のところに来てね。君、魔石云々について最近問い合わせた?」


 ラングルドン教授が差し出す手紙を、カリーナさんが受け取り、中身を確認する。


「あら、思ったより早く返信が来たわね。はい、教授。確かに私への手紙です。ご足労お掛けしました」

「いや、いいんだけどね。僕への文かと思って、中を改めてしまったんだ。申し訳無い」

「いえ、宛名を攻性魔法科にしてるあの娘が悪いので、気にしないで下さい」

「それでね、その中に書かれていた事だけど、どうだろう今度の学会に彼女も来るそうだから、一緒に行くかい?」

「私がですか?」

「君の実力なら十分その資格がある。僕の推薦枠で参加しないか?」

「是非伺います!」


 食い気味に教授に取り付いたカリーナさんに、教授自身は若干引いていた。


「嬉しいです。あ、でも大丈夫でしょうか、こんな小娘が学会なんて」

「大丈夫さ。今回は若手の魔道具師や魔法使いを多く招いて、コンペティションをやるみたいだよ。あまり浮く事も無いんじゃないかな」


 僕らは黙って聞いていたが、どうやら例の魔石の研究をやっている友人が学会に来るから、そこで会おうという事らしい。


「丁度いいわね。私があの娘に手が無いか聞いてみるわ」


 教授が帰り、カリーナさんの提案があった。


「藁にも縋る、だから、それは助かるけど、ラングルドン教授の邪魔はするなよ?」

「エリク、あなた私の事なんだと思ってるのよ」

「20歳になったばかりの天才魔法使い。ただし小娘」

「あなたねぇー」


 その言い合いを聞きながら、僕はそっと扉を開けて部屋を出る。ああなると長いんだ。それにしても、あの2人最近仲良すぎないだろうか?もしかして、そう言う事?ちょっとそれって今後気まずいなぁ。ぽりぽりと頭を掻きながら、教室に戻る。季節は初夏に差し掛かる頃合い。廊下から見えるタイ・オー山は深い緑に覆われ始めていた。





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