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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
10/18

10.誰何の声



 あの後、治療の終わったレオパルドとリーンライラを担ぐと、シマトラさんはラットマンに落とし前を付けに行くと言って、街に戻っていった。その際、大男であるレオパルドを難なく担いでいったシマトラさんに僕は驚いた。あの一座の人たち、ちょっとおかしくないだろうか?レオパルドもリーンライラも下手な憲兵や魔法使いを一蹴できる強さを持っていた。リュザンて人もそうだろうし、かなりの武闘派だ。そうでもなければ、諸国を回って興行なんて出来ないのかもしれないが、過剰な戦力は諍いを起こす事もある。正に今回のように。


「ここは?」

「あ、起きたね。シマトラさんの家だよ。体の調子はどう?」

「血を流した分、貧血気味」

「なら、問題無さそうだね。良かった」


 エリクが起きた。場所はシマトラさんとミーナさんの家。2人のベッドを使うのは躊躇われた為、ミーナさんには強固に反対されたが、床に布を敷いて、そこに寝かせている。


「あいつらは?」

「シマトラさんが強制連行していった。多分、今頃はラットマンのところじゃないかな」

「大丈夫なのか?」

「シマトラさん、針兎のように髪を逆立てて出てったから大丈夫じゃないかな。何か一座で一番の実力者だったらしいよあの人」

「え、レオパルドより強いのか!?マジかよ……」

「街中に無警戒に入れていい集団じゃないのは確かだよね」

「にしては、探知にも気付いて無かったし、空からの尾行にも……」

「魔力感知は出来ないんだってさ」

「へぇ、なるほどな」


 エリクが起きた事をミーナさんに伝えると、温かいシルマ茶を持って来てくれた。


「エリク君、それにアルフ君も、本当にありがとう」


 こちらが恐縮してしまうぐらい、彼女に頭を深く下げて、礼を言われた。


「いえ、ミーナさんも家も無事で良かったです」


 もっと、ゆっくりしていって欲しいと言う彼女を振り切って、僕らは家を辞した。夜になってしまえば、帰る事が出来なくなるし、家族も心配する。道すがら、エリクにはシマトラさんの勧誘に成功した事を伝えた。喜んで飛び跳ねようとして、バランスを崩す。あれだけ血を流したんだ、あまりはしゃがないよう窘めた。


「やっと撮影に入れるね」

「そうだな。まずはスケジュール立てと打ち合わせだな」

「脚本だっけ、出来てるの?」

「任せろ。でも何分初めてのことばかりだから、臨機応変にいきたいところだな」

「楽しみだね」

「ああ!この人生で一番ウキウキしてるぞ、俺は」

「何その言い方」


 余りにも楽しそうなエリクの様子に苦笑する。

 夕闇が迫って来た。しかし街の灯りを頼りにすれば、すぐ着くはずだ。


「見ろよ、一番星だ」


 今日は月が出ていないから星が良く見える。  

 仰ぎ見ると、北の空にぽつんと1つ星が輝きだした。


「あれは、ジョゼットだね」

「ジョゼット?女性の名前か?」

「ジョゼットは星の名前だよ。不思議な星で、時節によって輝きが変わるんだ。春先に一番明るくて、秋に弱くなる。昔の人は春に恋をするから明るくて、秋に別れるから、見えにくくなると解釈して女性の名前を付けたんだ。今でも短い恋の事をジョゼットのような恋、と言うのはその名残りだよ」

「ほぅ。年中見えてるのに、等級が変わるのか。もしかしたら、ジョゼットは同系の惑星かもな」

「惑星?」

「いや、こっちの話だ」


 辺りが完全に暗闇になる前に、街に着く事が出来た。学院方面に帰るエリクと途中で別れる。そういえば、エリクの家がどこにあるか知らないな。学院は貴族街の奥にあるから、そこらへんに住んでいるのだろうか。また今度聞いてみよう。




 翌日、撮影メンバーが集まった。僕とエリク、カリーナさん、ゲンナー、シマトラさんだ。カリーナさんは新学期が始まるまで暇らしい。ゲンナーは大きな仕事が無い時は手伝ってくれるとのこと、カメラが売れないと彼の死活問題らしく、かなり精力的に動いてくれる。


「じゃあまず、台本を渡す、と言いたいところだけど、紙が勿体無いので、こいつを用意した」


 エリクとカリーナさんが、倒しておいた立て看板を固定する。板には文字がびっしりと焼き付けられていた。


「この木板に台本を焼き付けてきた」

「おーなるほど、刻印の魔法の応用だね」

「そうだ。これを見て、台詞や流れを覚えて貰う。まぁ、時間はあるから、その都度確認しながらやっていこう」


 打ち合わせが始まった。撮影スケジュールや衣装、メイク、登場人物等、内容は多岐に渡る。衣装とメイクに関しては、シマトラさんが任せろと言ってくれたので、イメージを伝えて、試行してくれるとの事。次に決めるのは、必要な場面の種類。基本的には、家、村、街の3つのシーンを転換しながら撮影する事としたが、家以外の壁絵を作成する必要が出てきた。そして、登場人物。これに関しては、メンバーが参加してくれそうな人に声を掛けるという力技だ。


「そのライティングと言うのは、どういったものなんだい?」


 ゲンナーが質問をする。エリクが流れを説明する上でライティングも重要だと発言した為だ。


「本来はフィルムに映る程度の明るさやカメラ側で弄れないホワイトバランスを調整したりする役割が重要だったんだけど、撮影魔法にはその縛りは無いから……そうだな、例えば朝のシーンを撮影するとしよう、でもスケジュール上、昼に撮影しなきゃいけない。そこで、擬似的に朝日を作り出し、朝だと錯覚させたり、逆に暗闇で光源1つで撮影したいから、周りを覆って闇を作り出したり、要するにシーンの設定を預かる役割だな」

「聞いてるだけで、頭がパンクしそう」


 カリーナさんが頭を抱えている。ゲンナーも脳内で想像しているのか、黙って考え込んでいた。


「ちなみにホワイトバランスは考え無くていい。撮影魔法は行使した人間の視力を元にしていることが分かっているから。まぁ今後を考えるとこれは大きな枷なんだけど、今はこの恩恵に預かろう」


 僕はすっと手を挙げる。


「はい、質問」

「なんだ、アルフ」

「ライティングは、専門の人が必要になるような分野だよね?」

「そうだな。本来は監督、カメラ、ライティング、スケジュール、アクター、美術。それぞれ担当が必要だ」

「その中でも、カメラとライティングは切っても切り離せない関係て事だよね」

「そうだな」

「なるほどね、大体把握したよ」

「まぁ、今回は俺がやる。問題はそこまでの光量のある照明だったり、反射板自体あるのかどうか……」

「……え?魔法じゃだめなの?」


 僕の素朴な疑問に、エリクが固まった。しばらくして再起動したエリクはわざとらしく手を打った。


「あー、その手があった」

「え、気付いて無かったの!?」

「盲点だった。馬鹿だな俺」

「エリクの事だから、百も承知なんだと思ってた」

「いや、俺もこう見えて抜けてる所があるから……」

「そんな事無いと思うけど、でもさ、こういった時に魔法使いで良かったって思うよね」

「全くだな」


 1人では思い至らなくても、2人なら出来る。そうゆう事だ。


「アルフ、これからも気付いた事があったらじゃんじゃん言ってくれよ」


 エリクはそう言うと、親指を立てる。このジェスチャーよくやるけど、どういった意味があるんだろう?




「左舞台を悪魔の家として、右舞台を村と街に付け替えれるようにしたい」

「板壁自体は出来てるかは、問題は塗りだね」


 舞台と言うだけあって、それなりに広さが有る為、板壁は6枚の板材を組み合わせる仕様にした。板を立てると、繋ぎ目が多少目立つが、これは許容範囲だろう。顔料は予めミーナさんに貰っているので、早速皆で作業に入る。そして、それが判明した。


「俺たち、あまりにも絵心が無い」


 僕たちは項垂れていた。試しに塗り始めたはいいものの、背景と断言できるような代物は描き上がらない。まともに絵を描いた事が無い人間にこの作業は手探りにも程がある。シマトラさんが苦笑いしながら、丘上に向かって歩き出した。


「しょうがねぇな。ミーナ呼んでくるから待ってろ」


 救いの神ならぬ救いの嫁はしばらくして現れる。


「皆さんこんにちは。主人に聞きました。壁絵について困っておられるとか」

「こんにちは、ミーナさん。お恥ずかしながら、僕たちでは力不足でして……」

「大丈夫です。任せて下さい。このミーナ、全力で助けて貰った恩を返させて頂きます」


 それから、ミーナさん指導の元、壁塗りが始まった。とは言っても僕たちの役割は下塗りと色味の指定だけで、ほとんどをミーナさんがやってくれている。申し訳無い気持ちがあったが、本人が率先してやりたいと言ってくれた。


「すいません。何か奥さんまで手伝って貰っちゃって」

「あぁ、気にしなさんな。あれは人に教えるのが好きなのさ」

「前に家庭教師をやられていたんですよね?」

「それもな、本人は続けるつもりだったらしいが、画家会が許さなかったんだと」

「……女性だから、辞めさせられたんですか?」

「まぁそんなとこさ、だから今こうして筆を握って、人の役に立てる事が何より嬉しいんだろうよ」


 ミーナさんの指示で、エリクとカリーナさんが全体をベタ塗りしている。そんな彼女の顔はどこか生き生きとしていて、楽しそうだった。


「素敵な人ですね」

「ああ、良い女だろ?だが惚れたって無駄だぜ。ありゃあ俺のもんだからな」


 思わず僕は隣に立つゲンナーと顔を合わせる。ゲンナーは何も言わず、手で顔を扇ぐ仕草をした。


「ふふ、ご馳走様です」

「おう、いくらでも食わしてやるぞ」


 全く、調子の良い人だ。






 春休みが残り1週間になった頃、遂に撮影が始まる。ミーナさんの壁絵は素晴らしく、写実的で実際の背景と比べても遜色が無い。そうして舞台セットも完成し、大体のスケジュールも決まり、さぁやるぞとそんな矢先。レオパルドとリーンライラが撮影所に現れた。レオパルドは満身創痍で歩くのも辛そうだ。まさか再戦かと、身構えた僕らの前で、彼らは頭を下げてきた。


「すまなかった」

「ごめんなさい」


 どうやら話によると、ラットマンにシマトラさんの家を襲うよう命令され、実行した事と、そうすれば、シマトラさんがまた一座に帰って来るだろうと唆された、との事。エリクに倒され、冷静になった時に、とんでもない事をしようとしていたと気付いたらしい。


「謝罪を受けよう。反省したのなら、おれっちに言う事はねぇ。ミーナもそれでいいか?」

「ええ、あなたがいいのなら」


 2人は案外どうも思ってないらしい、甘いと言うか、お人好しと言うか。


「申し訳無い。それでなんだが、俺に出来る事は無いか?聞けば新しい劇に挑戦してるって話じゃないか、是非手伝わせてくれ!」

「あたしもあたしも!」


 その申し出に、シマトラさんは困った顔でエリクを見る。


「こう言ってるが、どうする?」

「うーん。そうだな……えっと、妖精の姉ちゃんはさ、水魔法使える?」

「妖精の姉ちゃんて……」

「任せなさい!どんな属性もばっちりよ!それからあたしはリーンて呼んで!」

「よし分かった、リーン、採用する」

「よっしゃあ!」

「お、俺は?」

「あー獅子頭のおっさんはフィルムハンドル回して貰おうかな、力ありそうだし」

「おお、その役、受け負ったぞ!」


 こうして賑やかなメンバーが加わった。多少思う所もあるけれど、エリクが決めたのなら、文句は無い。撮影はその日の夕方からスタートする。何故夕方なのかと聞けば、どうしても冒頭のシーンから撮り始めたいからとの事。本来、撮影順は同じ背景や場所のシーンを重ねて先に撮る方が効率的らしいが、今回は先に撮りたいシーンがあるからだそうだ。


「さて、撮影を始めるに当たって、発表したい事がある!」

「お、なんだなんだ」

「カリーナさんは何の事聞いてる?」

「いいえ、エリクの思い付きはいつも突然だから……」

「えー最初に撮る映画のタイトルは決まってるし、配役も決まってる。しかし、まだ決めてない事がある」


 エリクは勿体ぶったように、何も書かれていない木札を取り出し掲げる。


「それは、俺達が何者か、と言う事だ」

「それは、チーム名みたいな事?」

「そうだ。そして俺はこの名前を掲げたいと思う」


 エリクの刻印魔法が木札に文字を描き出した。


【 FLOIN 】


「これは、FLASH OF INSPIRATIONの略語だ。意味する所は、閃き」

「ひらめき」

「そうだ。俺達は閃きの中に産まれ、アイデアの中に死ぬ。そういった集団でありたい」


 異議は出なかった。エリクは満足そうに撮影所の入り口にその木札を打ち付けている。こうして僕ら、FLOINの初仕事は始まったのだ。




 辺りは暗闇となり始めていた。エリクの放つ強力な光魔法が唯一の灯りとなる。その光源は四角に区切られ、恰も朝の陽光が窓から差し込むようだった。


「それじゃあいくぞ!」

「詠唱開始するよ!」

「シーン1、テイク1よーい」


 アクション!


 朝日に照らされる部屋。陽の光を受けて、影が伸びる。部屋の壁には主の起床を示すように、手を振り上げる影が映り込む、1本2本、両手を上げて、そして3本目の腕が現れた。そう、彼は3本腕の火の悪魔。眠い目を擦り、今日も1日が始まる。ひとりぼっちの1日が。

 画面が切り替わると、彼が朝ごはんを作っている。小さなご自慢の竈門には楽しそうに火が踊る。3本腕の火の悪魔には、火加減なんて自由自在。昨日捕まえたばかりのロックリザードをこんがり焼き上げ、美味しそうに丸飲みした。


「シーン4テイク2よーい」


 アクション!


 腹拵えを終えた火の悪魔は、今日もお出かけ。愛しい我が家を出ると、道なき道をてくてく歩く。最近新しい生き物が近くに住み着いたと聞いた。何でも2本足で歩いていて、腕が2本しかないらしい。腕が2本だけなんて、きっと苦労しているのだろう。助けてあげなきゃ。そうしたら、一緒に遊べるだろうか、思わず軽快なステップを刻みながら、悪魔は進む。火の悪魔はカメラからその姿を消す。


「カット!」


 撮影3日目。順調な滑り出しだ。冒頭を撮り終え、火の悪魔が村へと訪れるシーンに移行している。主役のシマトラさんはイメージが掴めたのか、脚本には無いアドリブを入れて火の悪魔を創り上げていく。赤を基調とした道化服に付け鼻と炎のフェイスペイント。彼はすっかり火の悪魔だった。僕はと言えば、カメラの画角に被写体を入れる事に必死になっていたら、エリクに怒られた。B-1カメラには覗き穴があり、そこにセンターを持っていくように操作するのだが、カメラマンの仕事は被写体を映す事ではなく、カメラで演出をする事だと言うのだ。確かに失敗した撮影のフィルムを見ると、それぞれ意味がある気がして、エリクに尋ねながら居残りで勉強する。例えば、人が画面の右奥に1人でいる時、左に大きなスペースが生まれる。これが意味するところは、孤独だ。そしてこの孤独の空きスペースに後々物を足すことで孤独を満たすことも出来る。これが演出。カメラマンはこの演出の意図を正しく理解し、監督と共に作品を創り上げるのが役目。


 ある日は、シマトラさんの足元を撮り続けた。小躍りしている足元を様々な角度、様々な場所で撮影する。カメラは下を向けないので、カメラ台自体を取っ払い、屋外ではカメラを地面に置いて撮影した。これは後々別のシーンでも使用出来るから、過剰なくらい撮り溜める。もうすぐ春休暇も終わり、新学年が始まる。今までのように、時間の許す限りの撮影をすることは出来なくなるだろう。それまでに目処を立てたいところだ。


 村人の役は、人が足らない為、エリクとゲンナー、ミーナさんが交代で演じる事になった。レオパルドが是非やらせてくれと言ってきたが、獅子頭の村人は目立ちすぎる。即却下となった。


 冬の寒さに震える村人に火の悪魔は楽しげに声を掛ける。どうしてそんなに震えているのかい。すると村人は悪魔に驚いて逃げ出してしまう。遠巻きに彼を眺める村人たち。火の悪魔は何故逃げられたのかと頭を捻る。やがて、ぽんと手を打つと、掌に火を取り出した。1つ、2つ、3つ。3本腕に1つずつ。それらをジャグリングして戯けてみせる。ほいほいほい。その様子を見て、村人の子供がおっかなびっくり近付いて来た。


「ねぇその赤い物は何?」


 村人の子供が聞くと、待ってましたとばかりに火の悪魔は答える。これは火の魔法。とっても便利でとっても温かい。おいらの魔法さ。村人の子供が興味津々にその火を見つめる。そうして火の悪魔に視線を戻すと、こう尋ねる。


「火の魔法を操るきみはどちらさま?」


 体を右へ左へ軽快なステップを披露して、一礼すると彼は答えた。


 おいらは火の悪魔。ここへ友達を作りに来たんだ。

 







 

 

 

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