第4話 エルトの才能
「まったく困ったものじゃ!!」
ルミネアは授業で使った道具を片付けながら、不満を口にした。魔法の授業が始まってからすでに1週間が経っているのに、エルトは一向に興味を示さない。ルミネアは
そんな彼の様子を毎日観察していた。
最初の授業の時も、エルトはただ何となく参加しているだけで、魔法を本気で学ぼうという意思はまったく見えなかった。
例えば、教室の窓から外を眺めながら退屈そうに座っている姿や、魔法の詠唱を聞き流す様子を、ルミネアは何度も目撃していた。
エルトが関心を持っているのは、ただ一つ——「ポテト」だけだった。
「どうしてこうも魔法に無関心なのじゃ…それに、その『ポテト』ってやつは一体なんじゃ!?」
ルミネアは心の中で小さくため息をついた。エルトはどうしてもポテトに異常な執着を持っている。魔法の授業中でさえ、ポテト栽培のことしか頭にないらしい。
「野菜にそこまで心を奪われるとは…。本当にあの子は不思議じゃのう。そんなにポテトが良いのか…?」
ルミネアはしばらく考えたが、「ポテト」という名前にはまったく心当たりがなかった。エルフとして長い間生きてきた彼女でも、その言葉が何を指すのかまるで見当がつかない。しかし、エルトの口から何度も出てくるこの「ポテト」が、彼にとって非常に重要であることは明らかだった。
「まさか、別の名前で知られておるのかもしれんが…。それにしてもポテト…じゃと?」
少し首をかしげながらも、ルミネアは再びエルトの魔法の才能について思いを巡らせた。
「しかし、あの時、わしはエルトの持つ、桁違いの才能を目の当たりにしたのじゃ。」
ルミネアはふと、三日目の授業での出来事を思い出した。
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「エルト、今日は基礎の復習として、簡単な水の操作をやってもらうぞ。」
ルミネアは、無気力そうにしているエルトを部屋に呼び、水の壺を使った基礎練習を始めた。
エルトは気だるそうに頷くと、片手を軽く動かして壺の水を浮かばせた。
「まずは、水を空中に浮かばせ、その形を保つのじゃ。」
エルトはわずかに指先を動かし、壺から水を滑らかに浮かび上がらせた。その動きは
自然そのもので、特に集中している様子もない。それでも、水は形を崩すことなく空中に留まっていた。
「こう?」
眠たそうな表情を浮かべながらも、エルトの動作は驚くほど正確だった。水は全く揺れることなく、安定して空中に浮かんでいた。ルミネアは彼の技術に内心感心しつつ、次の指示を出した。
「良いぞ。ではその水の量を少しずつ調整してみるのじゃ。」
エルトは指先を軽く動かし、水の量を自在に調整していった。水は増減を繰り返しながらも、滑らかにその形を変えていた。その様子を見て、ルミネアは彼の水の扱いの技術に感嘆していた。
しかし、次の瞬間、驚くべきことが起こった。
「では、次にその水を――」
ルミネアが次の指示を出そうとした瞬間、エルトが再び指を動かすと、空中に浮かんでいた水が一瞬で透明になり、まるでガラスのように光を反射し始めたのだ。
「えっ…?」
その異変に、ルミネアは息を飲んだ。エルトがただ単に水を浮かばせるだけではなく、その中の不純物を取り除いたのだ。通常、こうした不純物の除去には浄化魔法が必要とされる。
しかし、エルトは一切そのような魔法を使わず、ただ指を動かしただけで水を完全に浄化したのである。
「ま、まさか…」
ルミネアは驚愕し、その場で動きを止めた。彼女は信じられない光景を目にしていた。エルトは、ただ水の性質を理解し、不純物を取り除いただけだ。それはまるで、水の中の全ての要素を知り尽くし、意図的にそれを操作したかのようだった。
「エルト、お前…今、水の不純物を取り除いたのか?」
彼女は信じられないという表情でエルトに問いかけた。しかし、エルトはあっけらかんとした顔で、当たり前のように答えた。
「うん。水の中に余計なものが入ってただけだから、それを取り除いただけだよ。」
その無邪気な返答に、ルミネアはさらに驚きを隠せなかった。エルトは浄化魔法を使うことなく、水の中の性質を完璧に理解し、自らの力で不純物を取り除いたのだ。
これは単なる水の操作ではなく、物質の本質を深く理解していなければできない高度な技術だった。
「…信じられん。」
ルミネアはその時、エルトの魔法に対する感覚が常軌を逸していることを確信した。
水をここまで精密に扱う者は少ない。
しかも、エルトはまるで当たり前のようにその行為を行っていた。彼の才能は、他の魔法使いとは一線を画していた。
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「わしの目から見ても、あの細やかな魔法の使い方は驚異的じゃ。物質の性質をここまで理解し、自在に操る者は見たことがない。それも水と土だけではない、あの子は魔法そのものを完璧に理解している…。それを証明するように、他の魔法でも同じ精度で扱っておった。」
ルミネアは、エルトがどんな分野でも魔法を応用できる才能を持っていることに気づいていた。その素質は『最強』の域に達し得るものだった。もし彼が本気で魔法に取り組めば、どれほどの力を手に入れるのか、想像するだけで心が踊る。
「もしエルトが本気で魔法を学んだら、もしかしたら、わしを超えるかもしれん… エルフ、それも最強の魔法使いを超える存在か… ふふ、まさか、こんな才能を持った者に出会えるとはな!」
ルミネアは庭の小道を歩きながら、柔らかな風に髪を揺らされていた。空を見上げ、どこか遠くを見つめるその表情には、喜びと同時に、やるせない思いが漂っていた。
「惜しい…本当に惜しいのう…。この才能を、こんなにも伸ばせずに燻らせているのが…。」
彼の潜在能力は、宝石のように輝いているのに、それを解放するための情熱がない。宝の持ち腐れだ、とルミネアは考えながら深くため息をついた。風が彼女の嘆きの声をさらっていく。
しばらく悩んでいたが、ふと何かを思い出したかのように目を輝かせた。
「そうじゃ!これがあった!」
突然、彼女の顔には悪戯っぽい笑みが広がった。いつもと違う、いたずら好きな子供のような顔だ。
「ふふふ、エルトよ。明日を楽しみにしておるがよい。お前に、魔法の本当の楽しさを教えてやるぞ!」
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青空が広がる庭。朝日が昇り、心地よい風が流れる中、エルトがいつものようにトボトボと現れた。彼は目をこすり、無気力そうな足取りで近づいてくる。
「おねがいしまーす。」
やる気のない声で、だるそうに挨拶するエルト。その姿を見て、ルミネアは笑いをこらえた。今日は、特別な授業が待っているのだから。
「エルト、今日は少し趣向を変えてみるぞ。」
「へぇ…。」
エルトは相変わらず興味のなさそうな返事をしたが、ルミネアは気にせずに続けた。
「じゃあ、いくぞ!」
ルミネアは素早くエルトを横から抱き上げた。エルトは驚き、硬直したまま何が起こったのか理解できず、次の瞬間には地面が遠ざかっていく感覚に襲われた。
「え、ええっ!?」
エルトは目を大きく見開き、足元に広がる庭の景色に驚愕した。彼は今、空へと急上昇しているのだ。
「う、うわあああああぁぁぁぁ!!」
エルトは初めての飛行に驚き、恐怖混じりの大声を上げた。ルミネアはその反応に、満足そうな笑みを浮かべた。
「ふふ、こうして見ると、エルトもまだまだ子供らしいところがあるのう。」
ルミネアは風を感じながら、高度をさらに上げ、二人は空の彼方へと飛び出した。下を見ると、地面の草木が風に揺れ、彼らが飛ぶたびにその風が地上を切り裂いていく。現実ではありえないような光景が広がり、ファンタジーの世界そのものだった。
「では、出発じゃ!男の子の夢、「冒険」じゃ!!」
ルミネアの声は空高く響き渡り、風に乗って遠くへと広がっていった。青空の下、風を切りながら、二人の「冒険」が始まったのだ。
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