お姉ちゃんとスサ
紙巻きタバコに火をつけて、
「おまえ。ナキに似てるな」
とツクヨ。ポツリと置く。スサは言葉を返さない。
「カグさん言ってたけどよ。ナキってカグさんの母殺しの罪を斬って、カグさんと一緒にネノクニにナミを訪ねたんだって」
ぷはぁ~と煙に、いろいろな思いを吐き捨て、
「未練、後悔、寂寥――そう言ったもん抱えて行っても、自分の役目を果たし終えて、満足して逝ったカミさん困るだけだわ~」
すぅ~とタバコの煙を胸に焚き、
「なぁスサ。おまえはなんのために、ナカツクニに行くんだ?」
力ない瞳で虚空を見詰めるスサへとツクヨは問う。答えなんぞは提示しない。もちろん、ヒントとなる言葉もだ。
「ジェットコースターに乗ってキャッキャウフフするため」
虚無な心と向き合うようにスサは呟く。
未練なのか?――己に問う。違う。後悔も寂寥も、どちらも違う。
「バレンタインのお返しをキャーキャー身悶えながら考えるため」
虚しいのは何故? 心無い虚空へと問う――クシナが――居ないと誰が決めた?
タカマノハラで命を落としたクニツは、ナカツクニへと還される。記憶は残らない。が、それがなんだろう?
「彼女つくって――」
居る。クシナはナカツクニに。ならば、
「いちゃいちゃ甘酸っぱいことするために決まってんでしょ?」
地の果てまで探し求めれば良いだけだ。
「なにが『言葉』だ。なにが『最後の供物』だ。そんなん知らないしッ! 見ず知らずな他人事のためなんかに、ひとつしかない大事な自分を張ってられっかぁぁッ!」
力を取り戻した瞳にスサは吠え、ツクヨは思わずに大笑い。
「ならケッコー。つっても前のふたつは、当分こねぇ~と思うけどな~」
ツクヨは安堵の吐息。
「だったら、温泉と海産物と美味しいお水で手を打ちます」
虚空に見つけた不審な黄色に視線を向け、
「ウケイをしましょうタンポポヤロー」
スサは努めて穏やかに挑む。
「ウケイの方法――」
「それから四つの季節も望みます。春と夏と秋と冬ですからね」
一方的に言葉を被せ、
「ぼくの勝利条件は、ぼくがあなたに触れること。その時は、『バカな子供』が『親』の言い付けに背いて『温泉、豊富な海産資源、尽きることがないほど潤沢で活用可能な水源、春、夏、秋、冬な四季』のある『アシワラノナカツクニ』の神になる――ぼくが屈してしまえばあなたの勝ち。その時は『仰せの通り』に大海原の神となりましょう」
ゲームの流れを掌握する。
『あらあら。ずいぶん具体的で欲張りな望みのわりには、勝利条件ユルすぎない?』
「ぼくは神爪を封じている。妥当では?」
突然、割り込んできたナミの声にも、スサは少しも動じない。
『それでヒルメとコヤネを瞬殺した子がなに言ってんだか…』
ナミは譲らず、
「ならばこうしよう。あたしがイワトヤに籠り、ヤオヨロズのすべての力を封じよう。当然、カグパパの力も封じる。そうすれば、親子の無邪気な鬼ごっこだ。違うか?」
テラスが割って入る。
「せっかくのお祭りだ。恥ずかしながら、あたしは未熟者でねぇ。このプロレスを、ここのガス抜きに使わせてもらいたい。開催はこちらから、シキンを通じて連絡する。それで如何か?」
『う~ん、まぁ良いけど。ところでテラスちゃ~ん、スサくんのカワイー姿。見て見たくな~い?』
「バカを言え。ウチのスサはいつだってどこだってカワイー」
『たとえば、そうねぇ、この前テラスちゃんが身につけていたフルアーマーとかぁ? スサくんが着たらぁ…』
「な、なんだとぉ? それは少し、いや、かなり見たい、かも…」
ナミの揺さぶりにテラスは揺れ、
「「おい誰かーッ! そのオクサレさまを御止めしろぉッ!」」
オーゲツ、ツクヨはダッシュで止めに入るが、
『あの髪でぇ、タテ巻きロールとかぁ』
「わかったッ! ハンデとして受諾しますッ!」
遅かった。く、腐ってやがる。速過ぎたんだッ! お返事が…
テラスは、
「さーせんしたーッ!」
仁王立ちするオーゲツ、ツクヨの前で正座し、小さくなっている。
「もういいですよ。結果としてタンポポの力は封じたし。あとは体力勝負でしょ? ぼくの想定通りだもん」
鼻息を荒くする二人をスサはなだめるが、
「いいかスサ。ウチの姉ちゃんだぞ? フルアーマーなんて言ったら、すんごい重いぞ? もちろん物理的な意味で」
「褒めるな。照れる…」
「褒めてねぇわ」
「さーせんッ!」
オーゲツ、テラス、ツクヨの三人は、
「えっと、どこの野球部かな?」
おおよそ、そんな感じ。スサは苦笑し、パンパンと手をふた叩き、
「はいはい。これから『スサ子ちゃん』のオメカシタイムよ。男子はお部屋から出て行ってちょうだい」
『女子』と化して仁王立ちする二人を執務室から追い払う。
髪をタテ巻きロールに梳かれながら、
「本当は、妹が欲しかったんでしょ?」
スサは尋ねた。
「バレてた?」
テラスは、テヘペロに認め、
「いいよ。こんな『お祭り』の時くらい、スサは妹にでもなってみせるよ」
スサは笑った。
「ぼくは、守られてばかりだ」
鏡の中には、徐々に『女子』へと仕上がる自分がいる。そんな自分の姿を見つめてポツリと弱音を置いてみる。今は『女子』だ。泣いたって、
「スサぁ~、女の子ナメんな? 女の子は女の子を言い訳にして、弱音を吐かないし泣いたりもしない」
泣きかけたスサに、テラスは心を見透かしたようにピシャリと言ってやる。
「弱音を吐いてもいい。泣いてもいい。守られてもいいんだ――急に大人になれないし、なろうとしなくてもいいんだ。だから、ゆっくり学んでシッカリした大人になりなさい」
ピシャリと叱られてスサは泣く。自分が弱く無力な子供であることを。守りたい者を守れなかった弱い自分を。激情に駆られ、それを御し切れなかった幼い自分を。
泣くのは子供の特権だ。特権を行使し終えたスサの髪にテラスは櫛を差す。鏡に映るスサの瞳を見つめ、
「伝言を預かっている。『死亡フラグはオリハルコンで叩き折りました。ナカツクニでチョコレートを作って待ってます』ってさ。材料とかどうするつもりだろうな?」
テラスは『弱いスサ』のひとつを除いてやる。
ぐしゃりと視界が歪む。冷たでない涙が頬を伝い顎の先に集うのを感ずる。天井を仰ぎ見て涙を瞳に呑み込ませ、
「姉さま。スサは困ってしまいます。ぼくは守られて、そのたび貰ってばかりです。ぼくは姉さまたちに全部を返すことができません。どうしましょう?」
仰ぎ見た先にいたテラスへと尋ねる。
「一人で大人にならないでしょ? みんなでワリカンにするのよ。だから家族や頼れる仲間を増やしなさい。そうすれば返済負担分が軽くなるでしょ?」
「ぼくが大人になったとき、ぼくは貰った全部を子らへ渡せるでしょうか?」
テラスは思わずにクスリとする。幼き頃にテラスも、おんなじをカグチやシキンに尋ねたことがあるからだ。
「それもワリカンにするの」
テラスは大人たちからの教えをスサにリレーする。テラスは、教えをリレーしたことでわきあがる、どうしようもない寂寥を微笑みに封じ込めると、クイッと顔の向きを戻してやり、それからは淡々とスサを『女子』へと仕上げてゆく。
今は、
「今は勝つことだけ考えな」
「うん」
それで良い。寂しさ残る祭りの後は、その時に思えばよい。
化粧をそこそこに抑え、タテ巻きロールさえなければ、ミニマム美丈夫だったが、
「「やっだぁ~、かっわッい~いッ!」」
タテ巻きロールが加わると、少し勝ち気な美少女そのものだ。オーゲツ、ツクヨは爆笑に囃し立て、テラス、シキンは、
「「ヴァージンロードは」」
「お姉ちゃんが」「ジイが」
「「一緒に歩きますからッ!」」
あり得ぬ未来にオヨヨと泣く。スサは、諦めを苦笑に捨て、
「オホホ。リアクションに困っちゃいますわ。オホホホッ!」
と、ヤケクソ気味に笑った。
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