解決の始まり
しばらくも過ぎ、スサの一人称が「おれ」に変わった頃、
「スサァッ!」
テラスは儀を投げ出し、砂埃をあげスサのもとへと突撃する。
そう。冒頭にあったあのくだり。ようやくだ。ようやく、あのくだりに繋がった。
肥えの薫らぬ畔を掘り、黄昏時にテラスとスサが戻ると、
「なにが、あった?」
誰かが倒れ、誰かが泣き、誰かが嗤っていた。
ここには、アマツとクニツの確執はない。神々の戦にも揺るがない結界のうちに居る。
嗤う誰かに目を向ける。
「ヒルメ」
ヒルメは宮殿付きのアマツである。スサも何度か言葉を交わしたことがある。
倒れた誰かに目を向ける。
「クシナ」
であり、泣いているのはニウツとハツミだ。ハツミの牛をヒルメがけしかけ、ニウツに襲いかかるのをクシナが止めた。そう繋がった転瞬、スサはトツカの剣を抜いてヒルメに向けた斬を撃つ。神爪を纏わぬ斬であったがスサの手には確かな手応えが返る。が、ヒルメは嗤い、スサは地に膝をつく。牛の影に隠れていたコヤネと言うアマツの持つ鏡に力を返されたのだ。仕掛けが解れば、戦術を変えるだけ、ついた膝を軸にしてコヤネの足を払い、倒れたコヤネの上に跨がるや、拳を硬め無表情、無言に次々それを撃ちつける。コヤネを討ち取ったを悟るや、戦神の鬼神振りに動けぬヒルメに剣を一閃――ヒルメのことも討ち取った。
袈裟に斬った胸の傷は少し深い。
それでも倒れるほどではない。だが、戦神でもこれは痛い。傷ではなく、心がだ。
心の痛みをやわらげようと、
「親しい者と笑い合うことは罪ですか?」
静かで穏やかで掠れた声でスサは問う。
手にした剣を地へと乱暴に叩きつけ、
「仇を討ったって、なんにも変わらない――」
横たわるクシナへとあらためて目を向け、
「どこがオリハルコンだよ? 紙装甲じゃないか…」
スサはうつむき、
「ぼくと仲好くなった報いがこれですか?」
掠れた声で絞るように問いかけ、
「答えてよぉ」
すがるように答を求め、
「答えてッ! 姉さまッ!」
スサは泣き叫び、答なき答えをテラスに求めた。
この少し前、テラスがスサへと突撃する前のこと。
「神爪の簪の件は、ヒルメの嫉妬をナキが利用したようね」
吐き捨てるようにテラスが言い、
「クニツたちばかりズルいって? じゃあ、アピりゃいいのに」
とオーゲツは呆れを吐息に捨てる。
「脅しのつもりが、こちらは警戒して籠城――それじゃあ、アピールなんて無理。それなら、邪魔なクニツ女子をってか。じゃあ、コヤネの方は?」
「スサに嫉妬してるみたい。ヒルメにいいところ見せたいみたいね」
テラスは心底、疲れたように言う。
「えぇ~重罪ってか、二人とも反逆なんですけど~」
スサは三貴子である。オーゲツは再び呆れを吐息に捨てる。
「臣下の不始末は主の落ち度――それにくらべて」
「オーゲツさまッ! もう一回ッ! もう一回ッ!」
クシナは鼻をふんふんさせて、死んだふりのリハーサルを切望。
「もう大丈夫です~。免許皆伝です~」
「そんなぁ~。万が一があったらどうするんですかぁ~?」
メンドーそうにリハーサルを拒むオーゲツに、クシナは食い下がる。
「おまえの部下は熱心で優秀だな」
「それにしたってやけに熱心ね。どうしたのクシナ?」
とオーゲツが質すと、
「死亡フラグを叩き折ってやるためですッ!」
目をランラン、鼻をフンフン、オリハルコンな意思をクシナは宣した。
オーゲツ、テラスはしばらくキョトン。先にオーゲツが再起動。ニヤリと笑い、
「よぉ~しやるかッ! 行くぞオーゲツミラクル大吶喊ッ!」
気合い十分に吶喊する。
「なんのッ! オリハルコ~ンどすこぉ~いッ!」
真っ向から受け止めるクシナに、
「バカ者ッ! 力を後ろに流せッ! 相手の力を利して後ろに跳ぶのだッ!」
野太い声音のガチなスタント指導。
「はいッ! オーゲツ師匠ッ! もう1本お願いしますッ!」
クシナはスポ根に稽古を切望。
「おうッ! オーゲツミラクル大吶喊ッ!」
カオスでスポ根な光景に、テラスもようやく再起動。目じりに滲む嬉し涙を指先にそっと捨て、神爪の力でアーマード装備を呼び寄せる。稽古の頃合いに、
「クシナ。これを着けなさい」
クシナを呼び寄せ、自身のアーマード装備を授けてやる。
だが、クシナに神爪の力は使えない。
「テラスさま…とてもありがたいのですが…」
「おいおい、大人ナメんな?」
しょんぼりとするクシナにテラスは苦笑。
『カゴアレ』
短く唱え、
「ほら、これで大丈夫」
神爪の力を使うと、アーマードハラマキ、アーマードショートパンツがクシナの服の下に装着される。
「女が女に狂気を向けて嫉妬するとき、狙うのは相手の下腹部だ。意味はわかるな?」
キョトンと小首を傾げるクシナに苦笑をひとつ、
「イザナミが火傷したところと、火傷の原因が居たところを狙ってくる」
テラスがボカした言葉で伝えると、しばらくして、クシナの顔がボッと朱に染まり、さぁ~と青ざめた。
「だから、あたしの加護を授けた。念には念だ。死亡フラグを叩き折るのだろう?」
ぐしゃりと顔を歪め、
「ありがとうございますテラスざま~」
泣き声に感謝を伝えるクシナを、
「泣いてる暇はないぞクシナ。ゴリ。次は低めの大吶喊だ」
「おうッ! かまえろクシナッ! オーゲツミラクルアンダー大吶喊ッ!」
テラス、オーゲツは、スポ根に引き戻し、
「はいッ! 師匠ッ!」
クシナはスポ根に応えた。
打てる手を事前に打ち、それらがキチンと功を奏したことにテラスは安堵――
すぅ~と深呼吸。静かに目を瞑り、
「ワザワイハヨコツマガレルモノナレドナオアルタテニナセバサキナン」
ノリトを口ずさみ、
「カクアレ」
カッと目を見開き、マガツコトをタテとする。
スサの傷はふさがり、
「去ね」
厳かな声音に、討ち取られる前へと戻されたコヤネ、ヒルメに命じ、
「おまえは汚れなくていい」
一転、いつものお姉ちゃんボイスでポツリと呟き、
「ニウツ、ハツミ、これからおまえたちをナカツクニに送る――クシナに守ってもらったんだ。今度はおまえたちがクシナを守れ」
優しくも厳かな声音に命じる。
そこへシキンを引きずりながら、ずいぶんと顔を腫らしたオーゲツがやってくる。
「ずいぶんと男前になったじゃないか?」
テラスの軽口に、
「措け」
と、オーゲツ。まだ居るアマツのふたりに一瞥をくれ、
「去ね」
冷たに祓う。ふたりの姿は結界の外へと瞬時に消えた。
「マツミィッ! 席位四席以上を緊急招集ッ! スサとナカツクニにカチコミかけたいってヤツだけ連れてこいやぁッ!」
オーゲツは野太い大音声に命じる。
「イエスま」
言いかけるマツミに、
「今はサー。そろそろ学習しろ? な?」
テラスが正し、
「イエッサーアンドマムッ!」
学習したマツミは脱兎で駆けだした。
「おいおい、あたしゴリのツガイか?」
「言っておくけど、おいおいは、こっちだからね?」
ふたりの軽口が阿吽となる時、
「「行って参ります。テラスさま、オーゲツさま。今度は自分たちがクシナを守ります」」
それが解決の始まりであることを、ここの所員たちは知っている。
クシナ、ニウツ、ハツミをナカツクニに送ったテラスは、
「シキン――ナキに、あの言葉を言わせないがためだな?」
訊ねる。ここにアマツの二人を入れたはシキンだ。
それはオーゲツの顔を見ればわかる。だが、
「ツッく~ん」
この先をスサの耳には入れたくない。
「ツッくん言うなや。よぉ~スサぁ~ひっさしぶりぃ~」
ツクヨは涙の乾かぬスサにヘッドロックをかけて、この場所より強制連行。
「ナキの手でクシナを殺めさせぬため――スサはナカツクニに住まう、すべての子らのモデルだ。その父親に非道をさせては矛盾が生じ、クニウミ自体が破綻する。それをさせぬために、おまえは手を汚した。違うかジイ?」
少し責めるような声音にテラスは質し、
「ふざけるなッ! あたしたちの親はジイとカグさんだと、あたしたち何度言えば良い? だから、なんでも、ひとりで負うなッ!」
鼻声な泣きっ面に責め立て、
「もっとも、負わせてないけどな?」
悪戯な眦をオーゲツへと投げ、
「クシナはナカツクニに行くことを快諾済み――あたしの弟子が暴れ牛ごときに獲られるもんですか。あれ死んだふりですから」
投げられたオーゲツは、テラスの言葉を引き継いだ。
「み、みんな、オーゲツもクシナもみんなみんな1タットですぞぉ」
シキンは肩を震わせて泣き、
「ヤダよあたし。だって、こいつら大概ポンコツじゃん」
オーゲツはタット入りを拒絶する。
「ジイ。気に病むな。オーゲツは超越者の方だから、協調性とかないんだ」
「超越者の方じゃねぇ~わ。言っとくけど、おまえポンコツ筆頭だからな」
「お姉ちゃんな響きじゃないか。ならばヨシ!」
オーゲツは、
「あ~、うん。もういいやそれで…」
ツッコミを入れる気力も喪失した。
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