お稲荷さんとバーリア
黄昏時――そこで、テラスとツクヨの情報交換が行われる。場所は、
「ウカノぉ~。テラス自信喪失ぅ~慰めて~」
どことなくオーゲツな眦。どこかテラスな輪郭をした、ウカノと言う少女が営む小料理処である。
なにかが気になるが、ツクヨは訊かない。言わない。好奇心は猫をも殺すから。
「おぉ~テラス。死んでしまうとはなにごとだ」
「いや死んでねぇ~わ」
ウカノはスルーし、甘辛な油揚げを刻んだ白和えをテラスの前に供してやり、
「お揚げ好きだねぇ~」
ツクヨの前には、カリカリお揚げの焼うどんを供した。
「おぉ~ツクヨ。好き嫌いとはなにごとだ。大人のくせに」
「いや嫌いじゃねぇわ好きだわ。お稲荷さんとか」
「セクハラです」
吐息をひとつ、ツクヨは、
「いっ痛ぁ~! な、なにすんのよツクヨッ!」
テラスの頭に強めのチョップ。
「うっさいよ。なんとなくだよ3タット。そんで、なにに自信喪失したの?」
躾がなっていない――とは、ツクヨは言わない。そこを流して先を聞く。
「だってスサがさぁ~」
テラスの愚痴が始まる。聞けばスサの求心力の高さに、テラスは自信をなくしているのだと言う。白和えを肴にビールをチビチビやる姉に、
「バックに姉ちゃんが居るから、アマツはスサについてくんの。姉ちゃんはタカマノハラのボスなんだから、後ろでふんぞり返ってりゃいいの」
カリスマと後ろ楯――そのふたつが揃って、初めて改革は機能する。ツクヨはピシャリとそう置き、カリカリ焼きうどんを掻き込み、
「ガチ勢が動いている。特にテラス原理主義者のコヤネと、スサ原理主義者のヒルメが手を組んだらしい。おまえらさぁ、俺みてぇにうまくやれよ…あったく…」
掴んだ情報を口にし、ふたりの不手際に愚痴る。
原理主義者とは、テラスならテラスに、スサならスサに盲信している連中だ。タチの悪いことに、この手合いは、自身の理想のテラスやスサを、他者、もちろん、テラス、スサにも強要しようとする。いわゆる熱烈にこじれたファンである。なお、ツクヨ原理主義者は存在しない。故は、
「あぁ~、スッポン対策委員会は聞くけど、ツクヨ原理主義者は聞かないな」
まさしくそれである。
「ツクヨ。ドンマイ」
と、ウカノ。稲荷寿司を供してやる。
「そんで、ジイはなんかしようとしてんの?」
忌々しげな要らない同情をわきに措き、ツクヨは整理するように訊く。
「コヤネに接触しているらしい。ソースは確かだぞ。ガチ勢のタヂカに、腕相撲なウケイを持ちかけたからな」
「マジかー。タヂカってゴリよりマッチョじゃん」
タヂカは、タカマノハラにおいて腕力最強だ。
「そのとき暑かったからさぁ、少ぉ~し胸チラしたらアッサリ勝った~」
ツクヨ、ウカノは『うわぁ~』とドン引き。それに不服を覚えたテラスは、タヂカとの腕相撲をした右手の掌をツクヨの袖で拭く、拭く、拭く。思い出しただけでウェッティな汗の感触が甦る。
「やぁ~い! タヂカのベトベト菌~! エンガチョ切ったー!」
「バーリアッ!」
ウカノのまさかな裏切りにツクヨは軽く凹む。なにせ姪(暫定)である。
「やめなさい」
と、たしなめると、
「「ちぇ~。ノリわりぃ~」」
ふたりは軽くブーイング。
稲荷寿司を平らげ、席を立つツクヨに、
「ツクヨ。お仕事がんばってね」
と、ウカノ。これから仕事に臨むツクヨのことを慮り、供された物は腹にたまる物ばかりである。ツクヨは思わずにテラスの頭を無遠慮に撫で、
「な、なにしてる?」
「え? イイコイイコ――と、タヂカのベトベト菌ー! エンガチョ切~った!」
と、店から脱兎。
「バーリアッ!」
と、ウカノ。
テラスはマジトーンで、
「やめなさい」
『メッ』と、目で叱る。なにせ娘(確定)である。
「なんも訊かなかったね」
「そうね。気づいてたみたいだけど」
と、テラス。
「ウカノ~。ママにもカリカリ焼うどん」
「はいは~い」
とウカノ。慣れた手つきで料理をこさえてやる。
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