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姉ちゃんとネェさまと兄ちゃん動く

 テラスは、不安げな顔をするクシナたちへ視線を向け、スサにその不安の解消を無言で依頼する。コクりと頷き、スサがこの場を離れると、

「なにも言ってくれるなよゴリ?」

 テラスは物言いたげなオーゲツに乞う。オーゲツは、

「バクチよあれ?」

 友の頼みを無碍にし押し通す。スサのした行いは自己犠牲を良しとした分の悪いバクチそのものだ。言わなければいけないことは言う。それがオーゲツのスタイルだ。

 己れを崩さぬ友へと、吐息をひとつ、

「ヒロイックな自分に酔ってないだけまだマシさ」

 テラスは開きなおってカラりと微笑わらい、

「それに切れる手札が他になければ、()()()だっておんなじことをする」

 それに、()()()もおんなじをするんだろう?――悪戯イタズラまなじりに問う。

け」

 問われたオーゲツは問いへのとうを苦笑に捨て、テラスに先を促した。

「己れにできぬことを棚に上げ、それをするよう求めるほど、あたしは傲慢な姉ではないよゴリ――それだけさ」

 声が震えていることをテラスは自覚していた。肩が小刻みに震えていることも自覚している。ギュッと目を瞑り、うつむき、苦心して呑み込もうとするが、()()、大切なものを喪失することへの覚悟――それはなかなか呑み込めない。

 そこへ、ごわついたごつごつとした大きな手がテラスの頭を無遠慮にでた。

「なにをしているゴリ?」

「えぇ? イイコイイコぉ?」

 オーゲツの手を乱雑に払いのけ、

「ぐしゃぐしゃってすんなー。てかダレサマ気取りのドッカラ目線だ?」

 テラスは気づく。震えが消えていることに。

「おネェですけどなにか?」

「そっか~超越者(ちょ~えつしゃ)かたでしたか~。じゃいいや」

 いつまでも呑み込めなかった、それ、を呑み下せたことに。

「いいんかい――つか超越者チョーエツシャカタじゃねぇ~わ」

 オーゲツは軽くツッコミ、

「お姉ちゃんがんばってるテラスさんにタット選考委員会からお知らせします。ツッくんと並んでの3タットになりました」

 わぁ~パチパチと賑やかす。

「なんか新しい権威誕生したー?」

「ちなみに構成員はオーゲツのみです」

「じつはただの独裁だったー!」

 ひとり騒がしかったテラスは、

「オーゲツ」

 不意に呼びかけ、

「ありがとな」

 ぽつりと置くと、ツクヨのもとへと飛び立った。

「どういたしまして照れ屋さん」

 オーゲツもまた、ぽつりと置くと、この場での後始末に動き出す。

 こうした時、二人の呼吸は解決へと向けて阿吽となる。

「マツミ~。封印庫ごと封印するから手伝って~」

「へーい」

 事態はまだ凌げただけで、なんの解決もしていない。

 ならば解決のために足掻いて動くのみである。

 オーゲツとマツミは、何重にも封印を施した神爪の欠片を封じに行った。


 スサは、

「その顔はなんだッ? その目はなんだッ? その涙はなんだッ?」

 吠えるように問う。

「スス、スサさま?」

「なんか、ウルトラな隊長さんみたいなこと言ってる」

 湿気たツラして、不安ごときに絶望しているクシナたちへ。

 ザワつくクシナたちへ、

「敗けだよ敗け。アダナエを懐に入れた時点でぼくらの敗け。だからって、ビビって縮こまる理由になるのか? ビビってんじゃねぇーよッ! 売られたケンカは買っちまえッ!」

 とあおる。

「スススサさまがグレた……」

 クシナはウルウルとアワワとし、

「なんか、どっかの不良番長みたいなこと言ってる」

 別のクニツもアワワとし、スサは、

「斬った張ったばかりが戦いか? 違うだろ? もちろん十分な備えは必要さ。此度のバカは彼我の戦力差すら理解しちゃいない。姉さま、兄さま、オーゲツのネェさまにシキンにぼく。トツカが5にクシナやマツミ。ぼくなら倍の戦力があっても間違っても仕掛けない。損失の方がでかいに決まっている」

 ここで区切り、

「斬った張ったばかりが戦いか? 憎いアダナエを討てば米の収量があがるのか? 蚕は張り切って糸を吐くのか?――プラスになんかならない。なるわけがない。マイナスにしかならないんだ。もちろんバカには報いを受けさせよう。割に合わない損失しか出ないことを教えてやる――戦いの形なんかいくつもある。商戦。情報戦――ふたつに聞こえるかもしれないけど、これらは多岐に分類される。ぼくらが従事している大地との戦いだって、じつは商戦の一環だ。ぼくらの戦いの礎はそれだ。だから――」

 すうと一呼吸。

「みんなの知恵と力をぼくとぼくらに貸してくれ! ここに手ぇ出しても大損だ。相手のバカにそう思わせる、そんな戦い方をぼくらはしようッ!」

 一息に吐き、不安を呑む。

「「「はいッ」」」「「「おうッ」」」

 男女を問わず大音声に気勢をあげる。うんうん。ありがとう。と身振り手振りで群衆をなだめながら、

「うん。今回の騒ぎの原因って、ぼくのシクジリなんだけどね――みんなも勿体無もったいな精神せーしんはほどほどにね? やっぱいつ折れたかわからない曰く付きの剣とかリサイクルしちゃダメだわ~。ケチっちゃダメ絶対!」

 スサはシレっとゲロって事実の風化を試みる。ジト目を貼りつけてくるクシナたちへと、

「ごめんなさい」

 テヘペロで流そうとして、

「「「「ごめんじゃあるかぁ~」」」」

 失敗する。が、成功だ。

 張りすぎていた気勢が、いい感じに弛緩していたからだ。

「それじゃ、研究の進捗状況しんちょく報告ホーコクして」

 ()()()()と手を叩き、スサはその場に日常をいざなった。


 思わずに、

「着任そうそうなにしてる?」

 テラスの両の手は、

「テ、テラスさま?」「ね、姉ちゃん?」

 突然の両手に、

「「これにはわけが」」

 異口同音イクドーオンにキョドるツクヨとシキンの二人を、

「わけが、じゃねぇよ」

 アイアンクローで吊り上げていた。

ね」

 低い声音に般若の笑みで告げられた綺麗所な女たちは、蜘蛛クモの子を散らすように脱兎で逃げ出した。

 そこはツクヨの執務室。着任した長官カシラ親睦シンボクを深めるための懇親会コンシンカイを開くのはいい。しかし執務室にいたのは女子ばかり。見事なまでのバカ殿振りだ。

「男の子いないね~? ねぇなんでぇ?」

 猫なでなお姉ちゃんボイスにテラスは質した。声とは裏腹に、

「いだだだッ! 姉ちゃん堪忍~ななな中身出る出ちゃう~」

 手に籠められた力は増す。

「ご用事は終わってるよねぇ~? ねぇなんでぇ? なんで戻ってこないのぉ?」

 お姉ちゃんボイスのままテラスは質した。

「いだだだッ! こ、これはシャイなツクヨさまのサポー、サポ、ウソです。サボタージュですごめんなさいぃぃぃッ!」

 ミシリとテラスの力が強まった時点でシキンはギブアップ――テラスは苛立イラだちを、ふんと鼻息に捨てて、二人を乱雑に投げ捨てる。

「シキン。防諜結界ぼうちょうけっかいを」

 防諜の結界が張り巡らされたことを見届け、

「何者かにスサが狙われクニツが襲われた」

 テラスは事の顛末を話し――

「シキン。トツカ用の業物が折れるものに、心当りはないか?」

 二人の有無を問わずに巻き込んだ。

 吐息をひとつ、

「封印、でしょうかな」

 シキンは口を開き、

「大海原に封印ってまさか?」

 思い当たる節をツクヨが口にし、

「ヒルコ。()()絡みか」

 テラスはポツリと答えを置いた。テラスの中でアダナエの姿が確かな形を持つ。

「おそらくは――それならばスサさまの記憶が欠落していたことにも合点がゆきます。嗚呼! おいたわしやスサさま! ジイは1タットであるスサさまを必ずやお守りいたしますぞ!」

「なんか新しい単位きたー」

 なにかと話の腰を折るツクヨに、

「黙れ3タット」

 テラスはピシャリと言い、

「ちなみにあたしは2タットだ」

 ここぞとばかりにドヤる。ドヤ顔のテラスに若干の苛立ちを覚えるツクヨは、

「あ、順位なのね。ジイ、封印から解き放たれたヒルコは――」

 スルリと流し、シキンに先を促した。

「スサさまの中――そうですね()()()?」

 いつの間にやら部屋の隅で一人酒をチビチビと決め込む男の名をカグチ。シキンと同様にテラスたちの育て親である。

「シキンもツクヨもひどいなぁ。飲むからこいと呼びつけておいてさ。まぁ結界の外にハブられなくてよかったよ」

 穏やかに微笑わらい、穏やかな声で咎め、

「そうか斬ったかぁ~。スサの荒御魂あらみたまがなにやら不安定だったから、スサ用の剣を打ったが、どうやら前の剣に残っていたツクヨの荒御魂に呑まれかけていたようだね」

 酒肴に聴いていた顛末をゆっくりと咀嚼して、

「兄はスサの中にいるだろうね。封印がければ兄を護るものはなにもない」

 事実を淡々と告げてゆく。カグチの登場に口を開けずにいた二人が、

「「カグさんッ?」」

 ようやく異口同音。テラスはともかく、ツクヨに至っては、

「君にお呼ばれされたんだよ。わたしは」

 それである。その声はどこまでも穏やかであるが、カグチはこれで火の神だ。

「カグさん、それでスサは――」

「まぁ落ち着きなさい。ナキが絡んでいるけど、スサがどうこうなるような話じゃない」

 テラスをなだめ、

「そうだね。わたしたちの親神オヤガミであるナキについて語ろうか」

 とカグチが言うと、テラスとツクヨは露骨に顔をしかめた。

「わたしは父親だとは、ひと言も言っていないよ。ルーツ。それだと言っているだけだ」

「「カグさんとジイ以外。親は要らない」」

 二人が異口同音に口にすると、

「聞きましたかカグチ! 三人揃って1タットですぞ!」

 シキンは咽び泣き、

「あぁ、うれしいね。でも、これはそういう話じゃないんだ」

 カグチは乾いた声音に話の流れを打ち切った。


 しばらくは籠城ロージョー――それとなる。

 神爪の力も封じられ、スサはご満悦に研究へと精を出す。

「研究が進む進む。もう大躍進?」

 スサはニコニコにレポートを纏め、研究の成果を書き進めていた。

「ニウツ。ワカヒル4号機の報告を」

 淡々と仕事を振り、

放牧地拡張カクチョーの件はどうなっていますかハツミ?」

 次々に仕事を振り、マルチタスクに仕事を進めてゆく。

「「「タバコ! タバコにすべい!」」」

 あまりにモーレツな仕事振りに、所員たちから、休憩タバコの陳情が悲鳴のようにあがった。

「わかったわかった。それじゃ続きはランチをとりながら――」

「「それもう、ランチミーティングじゃん」」

 服飾担当のニウツと、畜産担当のハツミは泣き笑いにツッコミ、

「大丈夫。お米の粒を数えているうちに終わるさ」

 スサは晴れ晴れとした笑顔で黒い言葉を吐く。

「「スサさま、そんなご無体なぁ~」」

 もちろん、

「冗談だよ」

 それである。

「タバコにしよう」

 休憩を入れるが、有事に動けるクシナは気を緩めない。

「クシナもタバコだよタバコ」

「禁煙中です」

 休むようすすめるスサにすげなく返し、

「あ、あた、あたし煙草なんて吸わないですよ?」

 クシナはあわわと失言を訂正する。

「別に神爪が無くても戦えるよ。だからクシナも少し休みなさい」

 そう苦笑に失言を流し、スサは席を立つと壁に掛けていたトツカの剣を腰に佩く。が、

「スサさまには、少し大きいですね」

 クシナはポツリと率直を置く。スサの背丈では、アンバランスにもほどがある。

「スサさまが、()()()()とは言ってないですよ?」

 クシナに抗議のジト目を貼り、ふと思いついたように腰に佩いた剣を背中に背負って、

「ほら勇者ゆーしゃみたいだろ? だから、たぶん強いんだ」

 鼻息をふんふんさせてドヤる。

 確かに背中に大剣(デッカイ剣)を背負ったミニマム勇者がそこにいた。

 思わずに吹き出し、

「じゃあ、少しだけ」

 クシナは勇者スサの側に腰をおろす。

 勇者スサは座らずに壁に背中を預けている。腕を組み、

「どう?」

 と尋ねる。

 『?』マークを顔に貼りつけているクシナに、

「こうしてると()()()()っぽくない?」

 無邪気に笑い、無邪気に尋ねる。無邪気な問いかけの意図に気づき、

「それなら足の角度はこうで、右手の指はこうです」

「こう?」

 クシナも無邪気にのって無邪気に笑う。やがて、強キャラポージングが決まり、スサとクシナは一時、真顔で無言――どちらかともなく吹き出し、二人は声をあげて笑いあう。

 しばらくして、

「敷地内なら自由にしていていいわよ」

 オーゲツとマツミが戻ってきて、スサとクシナはホッと胸を撫でおろした。


 カグチは、自身のくびをポンと叩いて、

「知っての通り、わたしは産まれてすぐにナキに斬られた」

 ゆっくりと悲壮な過去を語るカグチは、どこか楽しげだ。故は、

「でも、ここにこうして居る。ひとつは剣では火を斬れないから」

 カグチにとって、それは悲しい過去ではないからだ。

「もうひとつは、ナキが斬ったのは、わたしではなく、わたしの罪だった――ナキはナミから守るために、わたしを斬ったんだ」

 当時のことなど、いかに神と言えども覚えてはいない。ただ、

「そうかもしれませんね。『あっちぃなッ! このヤローッ!』と叫んだ時にナミは鈍器を抱えていましたから。投げつける気マンマンでしたねアレは」

 当時を知る古い神から聞いた話を推察しただけである。遠い目をして語るシキンに、テラスもツクヨもドン引きだ。

「その当時、ナキにもナミにも感情がなかった――だが、心がないわけじゃない」

 ドン引きな二人に優しく微笑い、

「わたしを産むことで、ナミの心は感情と繋がったんだ――痛みに怒りを覚え、わたしが斬られたことに喜びを覚え、安堵を感じ――」

 カグチは、ひとつだけ覚えているナミ、いや、母の顔を思い浮かべ、

「わたしに母の慈しみを向けて、ネノクニへと旅立ったよ」

 当時のカケラを語り聞かせる。

「自分で産んだ子を怒りに任せて殺そうとして、その子が父親に斬られて喜ぶって、それってどんなサイコパスよ? 悪いけど共感できないわ」

 もっともなテラスに、

「ナキはわたしを守ったんだ。それは初めて父親になったということだ。ナミはそれを喜び安心した――最期は子をあやすように優しく笑っていたよ。それは覚えている」

 カグチは穏やかな声音で、足りていなかった言葉を補足する。

「ナキのみそぎが君たちのルーツだ。でも、テラスは姉でツクヨは弟。スサは末だ――それはなぜだい? みそぎなんて一瞬さ、だったら三つ子でいいじゃないか?」

 今度は質すように語りかけ、

「神として顕現けんげんするまでに差が生じたのさ」

 ここで、

「あぁ、姉ちゃんなんかシンプルそうだよなぁ、基本チョロいし単純だし脳筋ノーキンだし」

 ツクヨが要らぬひと言、即座に、

「いだだだッ! ね、姉ちゃん堪忍~!」

「脳筋な、チョロい、お姉ちゃんで、なんか、ごめんねぇ」

 テラスはアイアンクローな制裁発動。読点の数だけツクヨからは悲鳴があがる。

「そう言えば、おまえよく()()斬れたな? 小賢しい技でも使ったか?」

 嘲笑うように捨てると、ツクヨのことも投げ捨てた。

「あたしが力で、()()()()が技、風の力を使うスサは、V3なハイブリッドってこと? なにそのバッタライダー構成」

 呆れたように例をあげ、テラスは先を促し、手にした盃の酒を干す。どうにも、この先ばかりは、酒の力が要るようだとテラスのカンが告げていた。

「ナミに感情が生まれたようにナキにも感情が生まれた――最初の感情は哀しみ、次はネノクニで生まれた――哀しみに暮れたナキはネノクニにナミを訪ねた」

 変わり果てた妻の姿に、ナキは慌てて逃げ帰る――とは聞いている。

「そこでナキに生まれた感情が、顕現の差だったのさ――訪ねたナキは、『へ、部屋片すから、ちょぉぉっ、待てッつってんでしょ?』と言うナミの制止も聞かず」

 具体的に過ぎるカグチの言葉を、

『カグチ、それ以上はお母さん許さない』

 聞き慣れぬ声が遮った。ここは、シキンが張った結界の内。斯様ができるは、

「ツクヨ、シキンに力を貸しなさい。夜なら君の独壇場――そうだね?」

 親神たるナミそのものだ。テラスに打ち捨てられていたツクヨは、雰囲気に事態を察しシキンの張った結界に結界を重ねてかけた。シキンもまた結界を強めて張り直す。

『こらぁ! ダメって……』

 やがて、ナミの干渉は遮断され、

「部屋へと踏み入ったナキとわたしは絶句した。なんせ、脱ぎ散らかされた服(下着も含む)や、ジャンクフードの食い散らかしに、大量の薄い本――」

 飄々と語るカグチの言葉を、

「「あ、もういいです」」

 テラスとツクヨは息ぴったり食い気味に遮った。

 シキンとツクヨが結界を元に戻すと、

『き、聞いちゃった?』

 少し怯えたようにナミは問う。届いた言葉に二人は顔を見合せ、コクりと示し合わせるや、

「な、なによぉ?」

 ジト目の視線をテラスに向け、

「遺伝かぁ~」「遺伝じゃ仕方ございませんな」

 かぶりをふりふり、深い深い残念なため息を吐いた。

「あ、あた、あたしは部屋キレイに使ってるもん」

 しどろもどろにテラスは言うが、執務室を片したのはツクヨであり、世話をするのはシキンの配下のクニツである。テラスは家事全般が苦手である。

「あた、あた、あたしおジョーじゃん? スーパーお嬢さまじゃん?」

 と、苦しい言い分けは、

「ぼくとスサは、おうちのこともちゃんとにできます」

 盛大なブーメランとして返される。ツクヨもスサも女子力はかなり高い。

「声だけだが紹介するよ――声の主は()()()()、わたしたちの母神だ。召還方法は簡単だ。汚部屋と薄い本について暴露するだけ」

 カグチは親神と呼ぶべきか母と呼ぶべきか迷った末に、間をとって母神とした。母と三貴子に気を遣ったのだ。

『お母さ――』

 ナミの言葉に被せるように、

「カグさんのお母さん――あたしたちは、()()までしか歩み寄れない。カグさんもシキンも、あたしたちを育ててくれた大切な親なの。だから、カグさんが大事に思うあなたをぞんざいにはしない――それだけは約束する」

 テラスはハッキリと告げた。しっかりと長子の役目をし、自分たちの矢面に立つ姉にツクヨも口は挟まない。テラスが決めた折衷案には口を挟まぬが、

「んじゃ、なげぇからカグママな、カグママ」

 呼び方くらいは決めてやる。

 このフットワークの軽さはツクヨの長所だとテラスは思い、

「カグママ、スサ。あたしたちの弟にヒルコが憑いた、ナキ――カグパパはスサになにをしようとしている?」

 ツクヨの軽さにのって率直に問う。

『クロ――ヒルコは、スサくんの黒い心そのもの』

「黒い心? スサにそんなものは――」

 テラスは言いかけ、

「あるよ。あいつにだって腹黒いところのひとつやふたつ」

 言いよどむテラスをツクヨが否定し、

「てめぇらのシデカシ、()()()()に押しつけようとすんのヤメてくれませんかねぇ?」

 敵愾心を剥き出しに噛みついた。

「まったくだ。スサはスサだし兄は兄だよ」

 カグチが、少しだけ声に怒気を籠めて吐き捨て、

「大海原に行くスサに兄の話をしたのは、わたしなんだ――兄がずっと動けずに、海ばかり見てると話したら、スサが『そんなの可哀想じゃねぇか』って言ったんだ。まるでツクヨみたいにさ」

 不安げな顔をするテラスへと、ことのあらましを諭すように語ってやる――

「つまり、ツクヨの暑苦しい荒御魂あらみたまに影響されて、少年っぽい正義感を振りかざした挙げ句、自分から厄介を背負い込んだ。と――それでカグママは、過去のシクジリをスサに押しつけようとした――うん。カグママはギルティだね」

 テラスは、右のコメカミを親指の腹でグリグリと揉みほぐしながら、ヒクツク声音に咀嚼そしゃくしたあらましを反芻する。

『うそは言ってないわよ? スサくんが黒くなれば、閉じ込められていたクロに呑まれる』

「あぁ、ウソは言っていない――だが、黙れ!」

 苛立ちを怒声に捨て、

「ツッくん。やっぱ、お姉ちゃんチョロかった。止めてくれてありがとう」

 ツクヨに感謝を伝える。

「一応、言っておく――ツッくんヤメろやキメェ。あ、あと()()()()とかひどいと思うの」

「一応、言っておくね――うん。お姉ちゃんもそう思うよ――うん。ありがとうね」

 お決まりのツッコミ、お決まりではないカエシ。テラスはうつむき、ツクヨは髪を一掻き、吐息をひとつ、

「おいババぁッ! ウチの姉ちゃん泣かしてんじゃねぇぞコラッ!」

 空を砕くように咆哮ほうこうする。

「な、泣いてないもん」

「向き不向きってもんがあんだよ。姉ちゃんとスサは、それでいいの――こ~ゆ~のは、シキンジイや俺の領分だ」

 そう言ってツクヨはカラリと笑うと、右手をあげて選手交代を申し出る。

「任せたよ。ツクヨ」

 テラスはパチンとツクヨの右手を打ち、

「OK。任された」

 軽快ケーカイに応えたツクヨは、まなじりを決してイザナミへとのぞんだ。

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