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フルアーマーお姉ちゃん

 末の弟が、正式な神に叙されるためにタカマノハラへと訪れてくるのを、姉と兄はとても心待ちにしていた。年のはなれた末の子は、どうにも愛おしくてかなわない。ツクヨなどは己れが月の化身であり、夜にこそ輝くことを知りながらにタカマノハラから離れないよう姉にウケイを持ちかけたほどだ。なによりスサは素直で二人のことを尊敬し慕ってくれていた。二人には、それがどうにも心地がよいのだ。


 研修先の大海原からタカマノハラへと戻ったスサを、テラスはフルアーマーな完全武装で出迎えた。

 スサが、

「なに、そのかっこう?」

 敬いの籠らぬ言葉を二人にかけることは珍しい。冷めたジト目を貼りつけることも。 

「どうだカッチョいいだろ? アーマードお姉ちゃんだぞ?」

 ドヤ顔をキメて、自身のフルアーマーを披露する姉へと、髪を一掻き、吐息をひとつ、

「姉さま――軍備について、少々、認識の摺合すりあわせが必要なように存じます――」

 真顔で議論を持ちかける。

「えッ? 想像してたのとなんか違う――」

 キョドるテラスへと、

「まずはコスト――姉さまの矢は確かに一矢当千の威がございましょうが――」

 延々とスサは軍備について語り聞かせる。戦とは最終手段、始める前から最善の結果を導き出しておくこと――軍とは抑止するための存在。軽々に動かすべきでないこと――果ては経済の充実こそが最大の抑止につながること――スサは戦の神である。武器や鎧にときめいたりはしないのだ。が、弟の説教混じりの講釈に泣きそうになっているテラスに、

「姉さま――かっこいいですよアーマード姉さま」

 笑顔を咲かせることも忘れない。

 弟の温かな気遣いに満面の笑みを咲かせ、

「で、でしょ? これなんか凄いのよ? リフレクターアーマーで、攻撃を無効化させることは、もちろん跳ね返しちゃうんだから。こっちの弓なんて説明するのもたいへんなくらいにすごいのよ? 試してみる? あ、そうそう――」

 テラスは思い出したようにツクヨから預かった剣を取り出し、

「これスッポンヤローから」

 スッポンヤロー?――と、小首を傾げるスサへと差し出した。

「え、えっと。あにさまからですか? う、うわぁ、うわわぁ!」

 受け取った剣を鞘から引き抜いた途端にスサの目が輝きはじめて、感嘆と驚嘆の声が同時にあがる。これこそテラスが求めていたリアクションだ。テラスは、内心でスッポンヤローに舌打ちし、

「ねねね姉さまッ! ぼぼぼくこれ試してみたいですッ! ね姉さまの研究所の畑貸してください。お願いします! 行きましょ姉さま!」

 スサは、ひどく興奮しながら姉へとせがみ、テラスの手を掴んでグイグイと引く。

「畑? 研究中の作物に向けて、スサくんスラッシュとかしないでよ? てか、練兵所で試せば?」

「向けるのは雑草に決まってるでしょ? ツヨポンマークⅡで雑草を除去したいだけです! プロトタイプツヨポンではできなかった食べられる野草残しができるかも知れません!」

 実に少年らしいネーミングセンスと、実にスサらしい試し切りに苦笑しつつ、

「わかった。わかった。そんなに引っ張んな……スッポンがオーゲツ斬って大豆がわっさぁ~ってなっちゃったところがあるから、そこで試しましょ?」

 再び出てきたスッポンと言う単語に、小首を傾げるスサに、

「女子がツクヨにつけたアダ名よ。ほら、月とスッポンなんてゆうでしょ? 名前負けしているって意味じゃない?」

 と、アダ名の由来はボカして伝える。つまりツクヨは、()()()()。らしい。女子的に。あと()()()斯様かように夜なる由来は、ピュアなスサには、かなり早い――テラスのお姉ちゃん的なフォローである。

「ふぅ~ん」

 と、スサは少し不満げだ。その故を察したテラスは、

「別にツクヨをくさしてるんじゃないと思うよ? それよりプロトタイプツヨポンはどうしたの?」

 と少年の心をくすぐるように話題を変えた。

「ちょうど野良作業で折れてしまったから研修課題の素材として使いました」

 そう言ってスサは懐からいくつかの櫛や簪を取り出した。

 剣を鋳潰して、造り直したとしか思えない出来栄えに、

「原形留めてないじゃない」

 テラスはポツリ。

「まあ、神爪ツメを使いましたから」

 スサはドヤぁとした顔に答えた。

 ツメとは、神々の力の源だ。研修ではその神爪の使い方を学んでくる。神爪ツメを用いれば、剣を日用品やアクセサリーに変えることなど雑作もない。

 もっともスサのように神爪の異能を力の誇示以外に用いる神はあまりいない。

「クシナたちと約束していたんです。神爪の力で贈り物を造るって」

「ねぇ、お姉ちゃんの分はぁ?」

 テラスがねたような声音でねだると、

「もちろん、姉さまと兄さまの分もありますよ」

 スサは園芸用のハサミと、休憩用のキセルを取り出した。キセルには月があしらわれ一目でツクヨのだとわかるが、

「なんか、あたしのだけ地味だね」

 ハサミの方は実用性しか見出だせない。思わずにむくれるテラスを、

「姉さまは道具に飾りを求めないでしょ? だから切れ味と耐久性に特化させてみました。ツヨポンの剣身を贅沢ぜーたくに使った逸品イッピンです」

 スサは、クスリと可笑しそうに微笑んで不満げな姉をなだめた。

 テラスはタカマノハラ長官だ。そしてスサも三貴子の一人である。

 力がどれだけ強かろうと、気儘な道行きなどは許されない。気付けば結構な同行者がついていた。さすがに気恥ずかしく、テラスとスサは知らずのうちに口を噤んだ。


 スサは戦の神だ。だが、スサは争いを忌む。

 兄から剣を譲られても、野良仕事や土木工事にしか用いない。時折、獣退治くらいには使っていたが。

 スサは指の爪のすべてが神爪ツメであるトツカと呼ばれる類いの強い神だ。だが、スサは神爪の異能を荒事あらごとなんかに使わない。争いも荒事も忌むからだ。

 タカマノハラの神々には、等級が存在する。それらは使える神爪の数で分類され、最底辺が神爪が使えぬ神爪なしの神々だ。ツメナシの神々は、現し世で突出した異能が顕現したためにタカマノハラへと召し上げられたクニツと呼ばれる神々だ。神爪を使う神々は、アマツと呼ばれ、アマツの中に居るクニツのことを格下と見なしてツメナシと呼ぶ神々はマガツと言った。コクヨな事務机に積まれた山盛りの書類は、そのほとんどがマガツ案件である。

 ツメナシ呼ばわりせぬだけで、ほとんどのアマツは新参者のクニツのことをよくは思っていない。アマツから見てクニツは得体が知れぬのだ。だがスサは、知れぬ得体を知ろうとする。得体――クニツたちの知恵――に敬意を払い、知恵のある者には真っ直ぐな賞賛を浴びせ、しばしば知恵を経験し、時折、己れの知恵を交え、学んだ知恵を研鑽する。

 スサはいくさの神だ。スサは学びこそを戦とみつけていた。


 スサは、スサのいくさをする者に対して分けも隔ても作らない。

 それ故に、

「あ~、スサさまだぁ~!」

「えっ? どこ?」

 テラスの一次産業研究所では、スサが現れるや黄色い悲鳴がわき起こり、

「ん~! スサくぅ~ん!!」

 土煙を巻き起こし、暴走特急もかくやな凄まじい勢いでオーゲツが突撃してきたりする。

「さぁ~せぇ~るかぁぁっ!」

 スサへと向けて凄まじい吶喊トッカンを試みたオーゲツの前に、一人の少女が立ちはだかる。

 その場にいた誰の目にも、華奢きゃしゃな少女がゴリマッチョな心は乙女オーゲツに吹き飛ばされる未来が見えていただろうが、この研究所の所員たちは違う。

「どす、こぉ~いぃ!」

 と、珍妙な掛け声のもと、

「ナイスセーブ。クシナ!」「グッジョブ! クシナッ!」

 オーゲツの吶喊トッカンをがぶりよりに食い止めた少女クシナへと、研究員たちは賞賛の声援を浴びせた。一方でオーゲツはクニツどころか、テラスやスサとかわらぬトツカである。そのトツカの力を止めたのだ。十分に賞賛に値する。

「さすがだ。クシナ――だが、これはどうかな?」

 オーゲツは普段とは打って変わったダンディボイスで、渾身の吶喊を食い止めたクシナを讃え、

「ちょ、ちょっとオーゲツさま?」

 突然に腰帯を掴まれ困惑気味のクシナへと上手投げを放った。華奢な少女とゴリマッチョ――クシナはあっさり投げ飛ばされ、緩やかな放物線を緩慢に描いたクシナの体は、

「大丈夫クシナ?」

 スサの腕の中へとおさまった。いわゆるお姫さまダッコ状態である。間近にスサの顔があることに気づいたクシナの顔が朱に染まり、

「ススス、スサさま? え、スサさまにダッコされダッコされ?」

 激しくパニック。

「ピピピ、ピーンクハープニーング! 腕を上げたわねクシナ。これはオーゲツからのご褒美よ」

 オーゲツがいつもの声音でからかいの号をあげると、

「ヒューヒュー」「スサさまナイスキャッチ~」「ナイスラッキースケベ~」

 研究員たちは示し合わせたかのように囃し立て、からかいの的はスサにまで伝播した。

「スケベじゃねぇ~し。あっ、でも、なんかいい匂いとかする」

 スサものる。ノリが悪ければ知恵なんぞは交わせない。ここで学んだ知恵である。

「お、おり、おります。スンスンしないでっ」

「してねぇし。え? した方がいい? マナーみてぇなもん?」

 砕けた言葉も、そのひとつ。

 そして、これ以上は笑いが冷める。頃合いに降ろすと、

「ち、違います! もう! スサさま知りません」

 クシナは腕組みをし、プイッっとスサからそっぽを向いた。

「ちぇ~、嫌われっちった~」

 かけらの感情の籠らぬ声音で抑揚のない言葉を紡ぐと、

「あのぉ少しは残念そうにしてくれませんかねぇ? 女の子は難しいんですよスサさま?」

 スサの顔を覗き込むようにクシナがたしなめる。

「えぇ~? じゃあ、ごめんなさい?」

 スサが不本意を紡ぐと、まわりからドっと笑いが起こりコントはひとまずの了となる。


ねえさま」

 スサは知っている。アマツとクニツの確執を。随行していたアマツもコントには笑っていたが、こころよく思わぬ者たちもいたことを。トツカのオーゲツがクシナのことを愛弟子のように接していたのも、ここのクニツを守るためだと言うことも。

 アマツたちへと冷たな一瞥を向け、

「下がれ」

 厳かな声音に短な一言をテラスは放つ。


 アマツたちが散ったを見届け、

「なかなかの()()()()()()じゃない。ツクヨでも伝染うつった?」

 テラスはからかい半分に意地悪を投げた。クシナはテラスより頭ひとつは背が低く、スサより頭ひとつは背が高い。それでも弟(テラスの中でツクヨは可愛い弟にカウントされない)が、自分以外の女子と仲好くしているのはおもしろくない。相手の女子が庇護すべき目下の者であってもだ。

「えっ、チャラ男って伝染うつるの? なにそれ怖い」

 ここでスサの返しがチャラ男寄りだったならギルティだ。両ゲンコでコメカミグリグリも辞さないつもりだったが、テラスのスサはスサのままだった。

「そんなことよりオーゲツのネェさま? 急に上手投げなんかしちゃ危ないでしょ?」

 スサは腰に手をあてプリプリとした声音にオーゲツを叱る。

「い、イヤン。ピンクハプニングはお気に――」

「準備のないことはしたらダメです」

 言い逃れをしようとするオーゲツにスサは言葉を被せた。

「ネェさまが優しいことはスサも知っています――」

 言葉を一端切る。苛立ちを感じ、吐息に苛立ちを捨てる。

「クシナがビックリしていましたよ」

 苛立ちの正体を探ろうとする己れを戒めるように寂しげに微笑わらうと、そう言って咎めの言葉を終いとした。

 オーゲツに伝えるように、スサの視線はクシナに向く。

「ビックリさせてごめんなさいクシナちゃん。どこか痛いところはない?」

 ダンディボイスでオーゲツは真摯しんしにクシナへと詫びた。

「そ、そ、そんなオーゲツさまっ、わ、わた」

 トツカの神からの謝罪に盛大に狼狽えるクシナへ、

「受け取りなさいクシナ」

「はいテラスさま! お、オーゲツさま謝罪を受け入れます」

 テラスが命じ、クシナは脊髄反射的に従った。


 スサの苛立ちの正体を、テラスとオーゲツは知っている。先ほどのピンクハプニングこそオーゲツたちの本音であり、スサの苛立ちの正体だ。

――もう、おまえら付き合っちゃえよ?

 つまり、それだ。が、言えない。スサはトツカであり、三貴子であるからだ。それが故にスサは、アマツに苛立ち、オーゲツに苛立ち――ままならぬ今に苛立ったのだ。


 厳かな声音でクシナに命じたテラスの苛立ちをオーゲツは知っている。クシナがクシナ自身を蔑もうとしたことに苛立ったのだ。それをさせぬためにクシナの言葉を命令で被せたのだとも。


「ホント、いい男になったわねスサくん」

 クシナたちに土産を渡すスサを眺めつつにオーゲツが呟いた。

「あたりまえだ。1タットだぞ?」

「なんか知らない単位きたー?」

「なにを言っているウチで一番尊いから1タットだ」

「じつは順位だったー!」

 騒がしいオーゲツに吐息をひとつ、

「少し気になることがある。野良仕事で剣って折れるか?」

 真顔でテラスは訊ねる。間髪入れずにオーゲツは、

「いっ痛ぁッ! なにをするんだオーゲツ?」

 テラスの頭に強めのチョップ。

「なに言ってんの、この3タット?」

「ちょぉ、あたしツクヨの下ぁ?」

 テラスは涙目で不服そうに頭をさする。

「あれも3タット」

「じゃあいいや」

 にへらぁと破顔するが、すぐにキリリ顔に戻しテラスは長官職を繕った。

「いいんかい――まず、大前提ダイゼンテーとして剣は野良仕事ノラに使わない」

 軽くツッコミを入れたあと、ド正論を叩きつけてくるオーゲツに、テラスはツヨポンを八艘に構えたスサを指す。

 遠目にもスサが神爪の力をツヨポンに纏わせているのがわかる。

「ツヨポーンスラァッシュ改~食べられる野草残し~」

 とスサが技名を叫んで、剣を軽く払うと遠目にも大豆が刈り取られてないことだけはわかる。食べられる野草についてはわからないが。

「ツヨポンスラッシュを力強く言った意味がない」

「どっかの御剣流奥義みたいになってる」

「なんか改だけ浮いてない?」

八艘ハッソーの構えカンケーなくない? その動作ひどく無駄じゃない?」

 まわりのクニツたちの技と技名に対しての評価は辛口だ。

「神爪かぁ~。それでも折れるもんじゃないわ。だってスサくんトツカでしょ?」

「あたりまえだ1タットだぞ? 折れた剣はツクヨのお下がり、トツカ用の業物さ」

すね1タット――じゃあ、野良仕事の定義がおかしいのかもね。剣の使途がおかしいみたいにさ」

 ふむ。と腕組みするテラスのもとに、

「姉さまぁ~。成功です凄いんですよ~。ツヨポンマークⅡ~」

 スサが鼻の穴をふんふんさせながら駆けてくる。

 しかし、二人は知っている。食べられる野草の中には栽培中の作物の成長を邪魔にすることがあることを。

ヒエを残して雑草――ハッ? し、失敗です!」

 どうやらスサも気づいたようだ。ガクリと肩を落とし、

「ツヨッシュから対象作物以外を除去に術式を変えないと」

 ぶつぶつと呟くスサへ、

――どこ行ったツヨポンスラッシュ?

 とツッコミを入れたい衝動を抑え、

「スサ、プロトタイプツヨポンってなに斬って折れた?」

 テラスは質した。

「えっ? 草の近くに落ちていた石とかかなぁ? さすがに草じゃプロトタイプは折れないでしょうし」

 う~ん。と回想するスサに、

「石どころか鉄やオリハルコンでも折れないわよ」

 とオーゲツ。即座に不穏を感じ取り、

「クシナッ! 席位四席以上を緊急招集ッ! この場にいる五席以下は奥の倉へ迅速に待避ッ! オカシ厳守ッ!」

 主席として指示を出す。

「腐ってもトツカだな」

「それ、おまゆう?」

 二人は軽口混じりに不敵な笑みを交わし合う。

 平時から戦時へと切り替えたオーゲツは、

「マツミィ! ボケっとしてねえで戦時結界起動させてこいやぁッ!」

 野太い大音声だいおんじょうで周囲を震わせながら、腹心のマツミへと戦時での下知を出す。

「い、イエスま」

「今はサー。空気読めマツミ。な?」

 言いかけたマツミの言葉をテラスが正す。

「イエッサーアンドマムッ!」

 マツミは言葉を正して駆け出し、

「おいおい。あたしゴリのツガイか? クシナ急ぎな」

「おまゆうアゲイン。クシナ固まってないで走れッ!」

 二人はどこか楽しげだ。

 アマツとクニツの確執に、二人のストレスは限界突破寸前だった。ちょうど一暴れしてガス抜きしたいと思っていたところだ。


 それぞれが、二人の指示で動き出すなか、スサは手元に残っていたツクヨへの土産を調べていた。

 折れた剣がこの騒ぎの起点である。何者かが己れの神爪の力を利用しているとしか思えない――否。剣が折れたことに疑問を抱かない時点で明らかにおかしい。つまりはアダナエの術中にある。

「姉さまッ! ぼくの神爪ツメの力を封じてッ! 早くッ!」

 スサが叫んだと同時にクニツの女子たちから悲鳴があがる。

「ちぃッ! どこまでも手の込んだ真似をしやがるッ!」

 スサが神爪の力で造った簪や櫛が忽然コツゼンと宙に浮き彼女らに襲いかかったのだ。なにか――明らかに神爪の力を吸われている。事態を察したオーゲツがクニツ女子を護るために吶喊トッカンしてゆく。

 神爪の力を封じる術などテラスの十八番オハコだが、

「み恵みを受けても背くアダナエは籠弓羽々矢持てぞ射落とす」

 数瞬を争う今、言葉を尽くしてなどいられない。スサは躊躇ためらうこと無く印を結び、神爪を使った術をテラスに向けて撃ち放った。

「スサ? なにを?」

 テラスの装いはフルアーマー。攻撃されれば、仕掛けた者へと三倍の威力で跳ね返る。そこに忖度そんたくは生じない。

 己れが撃った全力投球を、今度は防御障壁シールドを展開して受け止める。次々に破られる障壁かべ神爪ツメの力を出し切るように張り直してゆく。

 オーゲツが走った先に、クシナの姿を見つけたスサは、安堵の為に、

「スサッ!」

 気を緩め、十分に威力を殺された伏敵の術を受けて気を失った。


 スサの神爪を封じ、

「点呼完了しましたオーゲツさま。負傷者ゼロです」

 今は被害状況の確認中だ。クシナからの報告にホッと一息。

「テラス~。終わった~?」

 未だスサに撃たれたショックから立ち直らないテラスに声をかける。

「ホントは、お姉ちゃんのことキライなんだホントはキライなんだ」

「あ、まだなのね――マツミ、スサくんはどう?」

 慰めてよオーラを出しているテラスをバッサリと切り捨て、マツミにスサの容態を聞く。

 あの機転は、見事としか言いようがない。おかげでスサを除いて被害はゼロである。

 言いたいこと。言わなければいけないこと。そんな言葉が山積みだ――だが、それを言うのは今ではない。

「神爪が使えないんでさ。しばらくはお目覚めになりやせんよ」

「うん知ってる。オーゲツはそれをなんとかしろって言ってんの」

 苦言を返すマツミに、オーゲツは涼しい顔で無茶を振る。オーゲツはクイッとアゴでテラスを指し、

――行けよ?

 目と顔でマツミにテラスの慰め役を押しつける。

――無理ッス!

 首を左右にプルプル振って拒むマツミに、

――い、け、よ?

 目と顔に唇の動きを加えてオーゲツは押す。

――だ、か、ら、ム、リィ!

 マツミも唇の動きに拒絶する。

 そんな押し問答をしていると、

「み、みんなはッ?」

 横たえていた身体を跳ね起こし、周囲の顔触れに欠けがないことをスサが確かめるように見渡していた。

 オーゲツが言いたいことのひとつが、

()()()が欠けるところだったよ」

 それだ。忌々しげに吐き捨てるオーゲツへ、

「ごめんなさい」

 スサは、眉を八の字に下げ、しょんぼりとうつむいて素直に詫びた。

 オーゲツは苛立ちをふんと鼻息に捨て、言わなければいけないことは、

「テラス~。スサくん気づいた~」

 姉であるテラスへと譲る。

 テラスはゆったりとした足取りでスサの前に立つと身を屈め、

「スサはお姉ちゃんのことキライ?」

 怯えたように問う。が、間髪入れずにオーゲツは、

「いッ痛ぁッ! なにをするんだオーゲツ!」

 強めのチョップをテラスの頭に叩き込む。

「ちっっげぇだろ3タット?」

「ふん。ツクヨに負けなければそれでいい」

「あいつ2タットに格上げ。つか、おまえ格下げ」

 開きなおるテラスに無慈悲に告げると、

「ちょぉ、あたしツクヨの下ぁ? 下ぁ? お姉ちゃんなのにぃ? お姉ちゃんなのにぃ?」

 テラスは撤回を求め、オヨヨとオーゲツの腰へとすがりつくが、唐突に立ち上がるや、

「なぜ、ああした?」

 毅然と問うた。今しがたの寸劇が嘘のような鋭い眦、猫なで声でない声音で、である。

「怖かったから」

 スサは逃げずに故を口にした。誰の耳にも混乱したが故としか届かぬ言葉を。

「頼むから、自己陶酔からの自己犠牲をしようとした、だなんて言ってくれるなよ? おまえは自分の神爪が何者かに悪用されていることに気づいていた。あたしは、なぜ解決に危険な手段を採用したかと訊いている」

 テラスが被せて口上の逃げ場を塞いでやる。

「一番スピードがあると思ったんです。姉さまフルアーマーだし、そうじゃなくても、ぼくの不意打ちなんて通らないし」

 ジト目を貼りつけてくる姉を見て、スサは諦め、

「ここの誰かが欠けることが怖かった。自分の不注意でそうなるのが嫌だった――自己陶酔の英雄的行動なんかと一緒にしないでください――一緒にされたら不快です」

 ああした故の先を告げる。視界がテラスの掌に塞がれることなど承知の上だ。

 スサへと全力アイアンクローをかけながら、

「お姉ちゃん、危ないことはしちゃダメって、いつも言ってるよね? ねッ?」

 優しい声音で弟を叱る。

「いだだだッ? だ、だから手がなかったの! ちょぉッ? 中身出る出ちゃうからッ!」

 全力アイアンクローで吊り上げられたスサは、地からはなれた足をバタつかせながら釈明を続けるが、テラスの力がますます強まるばかりである。

「お姉ちゃんいつも言ってるよねぇ? お話をするときは相手の目を見なさいって」

 理不尽――そう、これは理不尽だがシツケである。子供が無茶をすれば――

「心の目ぇッ! 心の目で見てるからぁッ!」

「あれれ。おかしいなぁ。スサくんのオメメは、お姉ちゃんのオテテでふさがってるのにお姉ちゃんのオメメが見えるのかぁ。おかしいなぁ。おかしいなぁッ!」

 叱りつけるのが大人の義務だ。テラスは掌へとさらに力を込めた。

「ごごご、ごめんなさいぃぃ! もう許してぇ。ね、姉ざまぁ」

 そして、泣きながらに反省するのは子供の努めだ。子供は泣きながら学んで大人になるのが義務である。アイアンクローから解き放たれ、両のコメカミを涙目でさする弟を、

「あんま心配させんなバカ」

 テラスは優しく抱き寄せた。

――もう、あんな真似しちゃダメ

 とは、口にしない。それは子供を縛る『シュ』の言葉に他ならない。ならば、

「スサ。伏敵術を撃ったことは赦します。跳ね返された術を最後まで防ぎ切れなかったのは何故ですか?」

 子供が道を誤らぬように導くのみである。

「気が緩みました。みんなの側にオーゲツのネェさまがいてくれたのが見えたから」

 視線をオーゲツに移しながら、シクジリの理由を述べると、

「ヤッダ照れるぅ~」

 オーゲツは茶化すように流した。オーゲツは、神爪の力をマトったクシカンザシのほぼすべてを鍛え上げた体術のみで防いでみせた。オーゲツのわずかな撃ち漏らしは、

「あたしだって、がんばったもん」

 その弟子のクシナが防いでいた。

 拗ねたようにするクシナに、

「オーゲツのネェさまとクシナがいてくれたから」

 抑揚のない言葉でスサは訂正した。

 そんな二人のやり取りに、テラスは苦笑をひとつ、

「スサ。切れる手札を増やしなさい。それを此度こたびの課題とします」

 シクジリの反省会を終いとする。

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