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お兄ちゃんがネェさまを斬ったわけ

 ここはタカマノハラ――神々の集う場所。これは、世に語り継がれるある出来事が起きる少し前のお話。


 スサとテラスの諍い一歩手前から、少し前のテラスの執務室。

 一人の男が――うん。筆者、人だから、神様の人数is何柱とか、男is男神とか女is女神とかの置換えマジで無理。各位、それらが必要なら適宜置換えて――突然と席を立つ。

「定時にしては早くない?」

 デザイン性を排除した機能性重視のコクヨな感じの事務机へと座り、淡々と手と眼を動かしながら、動き出した気配へテラスは投げた。机の上に積まれた山盛りの書類は少しも減りそうもない。

「野暮用だ。別に逃げやしねぇ。優先度の高い用事ができただけさ。持ち帰りで片すから、今のところは頼むよ姉さま」

 さすがに、この山盛りを姉一人に押しつけるのは心苦しいのか、仕事は持ち帰ると明言する。

「おまえの姉さま呼びは、背中の心地がよろしくない。いつものように悪態のひとつもついてくれた方がまだマシだ」

「じゃあ、オク…」

「お姉ちゃん。拒否権握ってるんだけど?」

 と、笑顔のテラスに、

「あと、お願ぁ~い姉さまぁ」

 甘えた声音にツクヨは放つ。

「うん。苛立イラだちしか募らないよね? 少しお姉ちゃんと…」

 言いかけたテラスをよそに、ツクヨの姿は執務室から消えていた。

「うん。今回は許すよ。ツクヨ。今回は…」

 一方で、テラスは悪い笑みを浮かべツクヨのことを見送った。


 和洋入り交じった瀟洒な建築洋式の宮殿から、少し離れた場所にテラスが研究に勤しむ為の田畑がある。米、麦、大豆、小豆はもちろん、ヒエや粟、蕎麦そばなどの雑穀の栽培や麻や綿の栽培、養蚕に畜産に酪農と、まぁ手広く展開されている一次産業研究所と言った場所――その厩舎裏にツクヨと、

「あら、ツッくん。怖い顔してどうしたのぉ?」

 野太い声音の一人の乙女、

「黙れゴリ。手に剣携えた野郎が、野郎とすることなんぞ決まってんだろうが?」

 否。心は乙女なゴリマッチョが対峙していた。ムキムキな筋骨隆々の体躯をフリフリなフリルをそれはもうウザイくらいにあしらった、目が痛くなるようなショッキングピンクの女性アイドルかくやなステージ衣装に身を包んだ、心は乙女のゴリマッチョの名を、

「オーゲツ、ツッくんになんか悪いことしたっけ?」

 オーゲツと言い、この研究所の主席研究員だ。

「うちの弟に、テメェなんぞが口移しに」

「あらヤダ、テラスちゃんとの話、盗み聞きしてたの?」

 ツクヨが撃ったザンを、涼しい顔をして指先ひとつで摘まんで止め、

「もぉうぉ、悪い子にはオシオキよっ! ふんッ!」

 無駄な動作の一切ないノーモーションからの渾身の崩拳を、ツクヨの臍下丹田セーカタンデンへと叩き込み、ふと気づく、

「愛なんぞ教えさせるわけにゃ…」

 己れが袈裟ケサに斬られていたこと。指先ひとつで摘まんで止めたは木剣の斬――すなわち囮――渾身の崩拳を臍下に受け、三間ほども吹き飛ばされ、七間ほども地面をノタウチながら、

「い、いかねぇんだ…よ…」

 ツクヨは言葉を搾り出し、

「ひ、ひどいッ? あんまりよッ?」

 袈裟に斬られたオーゲツは、ウザすぎるステージ衣装が切られたことに嘆きの悲鳴をあげながら地に還る。その跡には、大豆が鬱蒼と茂っていた。

 ようやっと痛みから立ち直り、茂った大豆畑に突き刺さった剣を引き抜き、

「試し斬りも、申し分ねぇ。カグさん。さすがだ…」

 うっとりと剣身を見つめ、ツクヨは満足げに呟いた。


 山盛りの書類を裾に措き、

「ねぇ、どれが良いと思う?」

 臍下せいかをさすりながら戻ってきた弟へとテラスは訊ねた。並べられたキリリとしたキャリアウーマン然としたスーツは、どれも似たり寄ったりだ。

「一応、言っておく――彼女かテメェは?――そして、一応、正しておく。姉ちゃん、わかってない。わかってないよ?」

「一応、言っておくね――キメェことゆうな? なッ?――えぇ? な、なにがよぉ?」

 お決まりのツッコミ。お決まりのカエシ。それに応えて問いへと、

「男の子ってもんがわかってねぇよ。いいかい? フルアーマーとか、アーマードなんて単語に心ときめかすのが男子って生き物な~の! だからって、お姉ちゃんビキニアーマーとかはすんなよな~。リアクションに困るから~」

 ツクヨは持論を展開する。

「し、しないわよ――えぇ? そうゆうもん?」

 懐疑的な姉へと、

「そうゆうもん! この前、お古の剣くれてやったら、えれぇ喜んでたろ?」

 ツクヨは断じ、

「そ、そう言えばそうね。そっかぁ、スサくんも男子だったかぁ……うん気をつけよう」

 テラスはなにやら認識を改めて、なにやら意を決めた。

「なにによ?」

「こうならないように」

 問いかける弟へ、弟を指し示しながらテラスは即答する。

「遅かれ早かれ、こうなるよ。男ってのは、そーゆーもんなの。それより見てくれよ。カグさんに頼んでスサのために打ってもらった剣だ」

 ツクヨから剣を渡されたテラスは、

「カグさんが剣打つなんて珍しいわね。うん。わかった。お姉ちゃんから渡しておくよ」

 ポツリと置く。さりげに置く。

「あっ? 俺が渡すに…」

 かねてよりのウケイの勝利宣言を。

 執務室へと、一人の執事が入ってくる。真っ白な髪、真っ白な髭。黒を基調としたタイトな執事服を着た、いかにもな執事――名を、

「シキン。ウケイの結果を」

 シキンと言う。ウケイとは勝負事――そして、占いでもある――シキンはウケイの名手であり、判定者でもある。

 二人のウケイの内容は、どちらがタカマノハラの主に相応しいか――他の神々に否と言われた方の敗けである。

 厳かな声音にテラスが問えば、

「テラスさま、ツクヨさまのタカマノハラを賭けたウケイ――」

 シキンは芝居がかった仕草に告げる。が、

「シキン。長い」

 テラスがウンザリと促した。

勝者しょーしゃテラス、ツクヨ負け」

 シキンは少し拗ねたように雑に置く。

「いやいや雑すぎんだろ?」

 説明を求めるツクヨに、

「オーゲツから苦情がきたのよ。非がないのに、いきなり斬られたって」

 テラスは敗因を告げてやる。

 思い当たる節のあるツクヨは、

――テラスちゃんとの話、盗み聞きしてたの?

 オーゲツの言葉を思い出して、即座に悟る。

「は、嵌めやがったなオクサレッ?」

「あぁ~オーゲツかっわいそう――スサくんにヒーロー聴かせるって張りきってたのにぃ」

 戦慄く弟を措き、テラスは軽快なメロディを琵琶で演じながら、

「愛を口移しで教えてあげぇたいぃ、You need a Hero! 胸に眠るヒーロー揺り起こせぇ!」

 巻き舌に熱唱する。え? 神代に昭和歌謡があるか!って?――いや、タカマノハラにないものの方が少ないんじゃない?

「スサのためにあるような歌でしょ? ヨルノオスクニのことは任せたわよ。頑張ってねツクヨ! お姉ちゃん応援してるからね――シキン連れて行け」

 猫ナデなお姉ちゃんボイスから、タカマノハラ長官ボイスへ切り替えて、テラスはキリリと命じる。

「だから雑すぎんだろッ! ちったぁ名残りを惜しめッ! そして引きずんなやジイッ! 襟伸えりの~び~る~、伸び~ちゃ~う~からぁ」

 襟を掴んで引きずるシキンの手を払い、夜へと向かうツクヨの脇を、

「フルアーマー、アーマード」

 と、呟きながらテラスが通り過ぎて行き、

「悪い笑顔ですなツクヨさま」

 邪悪な笑顔を浮かべていたツクヨへと、夜まで付き添うシキンが笑う。

「お互いさまだ。ジイ――言うなよ?」

 ツクヨは釘を刺し、シキンはコクリと頷いた。

 自室のウォークインクローゼットの奥にある武器庫へ向かうテラスは知らない。スサ――テラスとツクヨの弟は――

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