ウケイ
そこには、さまざまな神々が集い、宮殿付きの研究所で研究された、さまざまな料理や酒が供された。スサは吝嗇だが、ここぞと言う時にはケチらない。
これは物産展であり、博覧会であり、コンサート会場だ。供している料理や酒、踊りや歌謡には必ずリピーターがつくとスサは確信している。モノグサな神々が集っていることがその証左である。そう、これは規模の大きな神話レベルのプレゼンテーションなのだ。宣伝もしたし、外回りな営業だってした。抜かりはなく、死角もない。
リピーターからは対価を取る。それが技術であるのか、物品であるのかは知らない。必ず対価は取る。払わない場合は一戦辞さずも吝かではないと考えている。否、森羅万象のすべてとコトを構えても構わないとすら考えている。それは吝嗇が故ではなく無邪気な怪物を神とし、無邪気な怪物である『ヒト』を人にするための第一歩だからである。
レッドカーペットをテラスとツクヨが歩んでくる。シキンが芝居がかった仕草と声音にウケイの趣旨を述べ、テラスがイワトヤに籠り、辺りは一面の闇になる。そこへウズメへと公約通りのテラスな照明が当てられ、ギラギラな不協和音にのったハデで可憐なチラリズムが披露され、会場はヤオヨロズな大音声に沸いた。
テラスのフルアーマーを着込んだ、タテ巻きロールなスサの姿にヤオヨロズはザワつくように沸く。スサは気にしないが、
「美しい…」「誰? あの娘?」「凛々しく美しい。リリ美ぃ」「そうそんな感じぃ」
ザワつく会場は、なにやら新しい単語を産みだしながら沸く。
「さぁ、始めよう。わたしにおまえが触れてお祭りはフィナーレだ」
対峙した途端にナキは寂しげに微笑い、スサへとそんな言葉を投げ掛ける。
訝しげに眉を八の字に歪めると、
「怒った顔も可愛いッ! オコカワッ!」「可愛いくて尊い。そうカワタット」「オコカワタットだー」
なにやら不思議にザワつくオーディエンスに、スサも少しだけ苛立ちを覚え、スタスタとナキの前へと歩み寄る。ナキはピクリとも動かない。
「ナメていますか? この距離なら、さわれますよ?」
スサが尋ねると、
「ああ、それでフィナーレだ。わたしのシデカシを」
「タイムッ!」
スサはナキの言葉に被せるようにウケイの中断を宣言し、転瞬に舞うやナキの頬桁へと回し蹴りを叩き込む。ウケイを中断していなければ、この瞬間にスサの勝利が確定していた――どうやら、ナキは本気で理解していないようだ。ギリリと奥歯を軋ませて、
「そこから先をテメェが言うにゃ…」
慣れのない力強い言葉を紡ごうとしてスサは噛む。
「……」
スサは沈黙。
「……」
ナキも沈黙。
「……」
オーディエンスも沈黙。
スサは、バッと諸手に顔を覆ってうずくまり、羞恥に顔を朱に染め、タテ巻きロールに顔を隠しながらツクヨの姿を会場に探す。
ツクヨは吐息をひとつ、颯爽と貴賓席からスサの元へと跳び、
「あ、兄ざまぁ~」
スサはわりと本気のベソ。会場は萌え萌えに沸いている。萌え萌えな造語も湧いている。
「ほら、泣かないの。お兄ちゃん代わりに言ってあげるから」
コクコクとスサが促すと、
「そっから先をテメェが言うな。テメェだきゃあ言うなッ!」
ツクヨは、ビシリとナキを指差しスサの言葉を代弁する。
「あとオーディエンスはうるさいですよー。少し静かにしてねー。いま大事なお話してるから。ボクって月夜の神さまだから、神隠すのとか得意ですからねー」
ツクヨはマイルドに恫喝し、オーディエンスは、
「え、スッポン?」「あれスッポンだったの?」
と口々に口にし、一斉にお口にチャック。
フォーマルなツクヨを、ツクヨだと今初めて認識する。
「ぴ~ぴ~泣いてんじゃねぇよテメェは。男の子だろ?」
と、ツクヨ。三角座りでいじけるスサのことを足の裏で軽く蹴る。
「い、今は、スサ子だもん」
「それ。姉ちゃんに言うと」
「スサぁ~?」
とテラス。それについては、叱られたばかりである。
「今は男の娘だもん」
「それゴリに言うと略~」
とツクヨ。
「こんな時だけ、『男だろ』ってズルいと思う」
「うん。こんな時だけジェンダー持ち出すのよそう?」
逃げようとするスサの逃げ道をツクヨは塞ぎ、
「逃げ道をください。お願いします」
スサは直球。大人たちは、
「「「ねぇよッ! だから借り物じゃねぇテメェの言葉で、シッカリキッカリ噛みついてきやがれッ!」」」
声を揃えて、異口同音。
「ちぇ~。仲良しかよぉ~?」
と、スサは『ケッ』と吐き捨てる。
スサとナキは、ゆっくりと立ち上がり再び対峙する。
「親の『やり残し』を子が完遂させることは罪ですか?」
射貫くような鋭い眦にスサは問う。
「子の負う負担が多過ぎれば、それは親の罪だ。子が負うべきでない」
「ならば、ご安心を。ぼくには頼れる仲間が大勢います。これから家族となってくれる者も――ぼくを守り、ぼくを育ててくれた方々も――みんなでワリカンにするから、ぼくの負担は微々たるものだ」
被せるように言葉を紡ぎながら、紡いだ言葉の通りだとスサは思う。自分は残してゆく者で、テラスたちは残される側である。寒く冷たいなにかが胸に渦巻くが、
「ぼくには『親たち』から貰った、とても『温かな教え』がある。微々たる負担なんてへっちゃらです」
温かな教え――悲しい時にも、楽しい時にも、忘れられない、厳しくて優しい笑顔と、優しくて厳しい言葉――散々もらってきた『教え』から、いくらでも湧いてくる勇気と行動力で、スサは胸に渦巻きかけたなにかを掻き消した。
スサは、唐突にオーディエンスへと向き、
「もう騒いでいいですよ~。大事な話~、終わりました~」
沈黙の終息を宣言する。
得てして大人は頑なだ。子供の声なぞ響かない。響かせない。ならば戦術を変え、大多数を味方に力ずくで流れを変えるのみである。
「オーゲツのネェさま。スサは『ヒーロー』を所望いたします。姉さまは照明と演奏をお願いします」
スサは巻き込む。大人を。周りを。
「もぉうぉぅ、リクエストとかオーゲツこぉまぁるぅ~」
オーゲツはマンザラ。
「もぅ、お姉ちゃんをアゴで使ってぇ~」
テラスもマンザラ。
「身振り手振りを真似するほうね」
スサは無茶振り。本命を練習がてらに、気分転換に歌っていたほうである。
ふたりの大人は揃って、
「「うおぉいッ!」」
無茶振りに抗う。
「おねがぁ~い、ダブルネェさまぁ~」
スサは上目遣いな、ウルウルなキラキラのオネダリ。しかもフルアーマー美少女フォームでふたりの抵抗を無効化する。
「「やったらぁ~ッ!」」
大人ふたりは抗い切れずに、音程を外さない程度にバラードソングを歌い切る。
ふたりには、不本意な採点結果をカラオケな神器が叩き出す。採点結果は、74.8なんともビミョーなラインである。
スゴスゴと貴賓席に戻るふたりをよそに、スサは、クルクルなタテ巻きロールをツヨポンでバッサリ。
「兄さま。ぼくの神爪の封印解除を」
『技』な兄は、ハイブリッドな弟の意を即座に解して、テラスの封を解く。スサの両腕に光が宿り、神爪の力が解き放たれる。
スサは、『へッ、へぇ~』と獰猛に微笑うと、神爪の力で、髪を次々に札へと変えていく。大きさは均一。札に描かれた絵柄は、タテ巻きロールなスサ、タテ巻きロールなツクヨ、ボーイッシュなテラスだ。
「ほぉ~。見事な術じゃねぇか?」
獰猛にチマチマと術を繰るスサへと、色黒で小柄な老爺が声をかける。その声に視線を向けたツクヨは転瞬『ギョッ』とし、
「コロクさまに、クマノさま」
夢中で術を繰るスサの襟首を掴まえて、
「ほら、ご挨拶しなさい」
無理繰りな御辞儀を強要し、自身もペコリと御辞儀する。色黒な老爺の名をコロクと言い、上品な貴婦人の名をクマノと言った。先々代のタカマノハラ長官たちである。
「あらあら、月の坊やもすっかり大人になっちゃって」
クマノが揶揄うように微笑うと、
「いまやヨルノオスクニ長官さまだぜ? 落ちついてもらわにゃ困っちまうよ。なぁ?」
コロクは矍鑠と笑う。
「あはは。若気のいたりが、お恥ずかしい…」
ツクヨは乾いた笑いに『若気』を流し、
「はい。大六天さま」
スサは術でこさえた札の詰まった千両箱の山を預け、報酬としてマツミ謹製の特級な大吟醸を差し出した。『ビッグロック』とは、かつてのコロクの二つ名だ。コロクはコロクより背丈の低い者――つまり子供には『ビッグロック』呼びを許している。
「クマノさまにも、はい」
コロクの妻であるクマノには、研究所で丹精込めて作られた反物の山積みを報酬として差し出し、
「任しときなスサ」「ありがとうねぇ於スサ」
しっかりと、報酬を受け取ったふたりの大先達は不敵に笑う。
スサの外回りな営業先のひとつは、先々代のふたりである。ツクヨよりも余程に近くて昵懇な間柄である。
再びステージに戻り、スサは『すぅ~』と深呼吸――
なにやら術を繰り、なにやらこさえる弟に眼を向け、
「あいつのことを、よく見ておけ」
テラスは、ヒルメ、コヤネのふたりにポツリと置く。
コヤネはスサとおなじくらいの背丈、ヒルメはクシナよりも少し高いくらいの背丈――つまりジャンル子供だ。
「コヤネ――おまえはスサが嫌いだろう? それはただの嫉妬だけではない。何故だ?」
厳かな声音にテラスは質し、
「スサさまは、なんでも出来る方です。ズルいんですスサさまは! だから誰でもスサさまをお慕いする――だから、ソレガシはスサさまが――」
「ちがうッ!」
コヤネに被せるヒルメを手で制し、
「ふたりとも見ておけ。百聞よりも一見だ」
イワトヤの頂きに設けた貴賓席で正座させられているふたりに、クイッとアゴでスサの背中を指し示す。
吸い込んだこの場の『停滞』を吹き祓うかのように、
「ウケイをしましょうヤオヨロズ。神爪の力を使わずに、ダブルネェさまの歌唱力を超えることが出来れば、このウケイ札を差し上げます。この札があれば、おかわりしたいお料理やお酒と交換することができます。展示してある物産やウズメたちのショウの対価としても交換可能です」
スサは臨む。この停滞しているタカマノハラとヤオヨロズに問いかける。
「もちろん。参加料はきちんといただきます。単位は――」
風、それどころか 野太刀のような野分けを吹き起こそうとしているスサに、
「タットでいいんじゃん。なんか流行ってるし」
とツクヨが提案する。
「じゃあ、ぼ」
「スサノが1タット。俺が2タット。姉ちゃんが3タットな。それでいいよなスサノ?」
『ぼく』と言いかけたスサを、ツクヨはフォロー。今はスサよりスサノのほうが都合がよい。なにせ会場は『スサノ』に萌え萌えに沸いている。スサが吹こうとしている『野分け』を根付かせるには、萌え萌えなスサノのチカラが必要だ。
ツクヨのフォローと狙いに気づいたスサは、不本意ながらも承諾な嘆息。
「参加料はスサノの描かれた1タット。ウケイ札は『大六天さま』のところで、『約束』を交わすことで手に入ります。そこでスサノとウケイをしてもらいます。スサノは、ヤオヨロズが持てる神爪の力や異能で『約束』を反故にするほうに賭けましょう。ウケイの対価はウケイ札です」
これは『ペテン』である。スサはこの瞬間に『信用経済』と言う名の『呪』で、ヤオヨロズたちを縛りあげたのだ。
「スサノちゃんってゆうんだ。スサノちゃんの絵姿だけでも欲しい」
「と言うか、オーゲツさまの歌くらいなら、ワガハイでも…」
ポツリ、ポツリとコロクのもとへとヤオヨロズが集い、
「どれだけ欲しい?」
とコロク。
「え、えっとじゃあ、あるだけ全部?」
ヤオヨロズの誰かは予想通りのアンポンタン。コロクは矍鑠と笑い。
「いいだろうさ。ここにあるだけ全部となると、おまえさん程度じゃ――」
「そうねぇ~。あなたとの約束の対価は、神爪の全部を絞って、それを10万回繰り返す感じかしら?」
ふたりの先達は嗤い。
「「大丈夫。痛くしないし、最初の一回で意識も思考も絶滅な死滅をさせるから」」
声を揃えて矍鑠な大音声に嗤う。
「10タットでお願いします」
アンポンタンは訂正。対価は研究所の田畑で、全力をカラカラに出し切る野良仕事。
そう『ペテン』だ。ビッグロックとの約束を守れば、スサノとのウケイに勝ちウケイ札が手に入る。『約束』を反故にしたり、ウケイ札を神爪で顕現させようものならば、
「於スサから対価もらって任されてるのよ」
「儂らの面子潰したいなら」
「好きになさいな。妾たちは妾たちの『善き』に計らうだけよ」
偽造しようとしたヤオヨロズの誰かが消え、そこには黄金色をした3種類のウケイ札が残された。
「黄金で綺麗だから、スサノは10タット、ツクヨは50タット、テラスが100タットでどうだいスサノ?」
「札ドコロは、大六天さまとクマノさまにお任せします。どうぞ善きに計らって」
投げられた提案を、スサは『オホホ』と笑って丸投げし、
「おいおい計らわれちまったぜ?」「あらあら計らわれちゃったわ?」
ふたりの先達はなんとも愉快そうに大笑い。
「「OK任された」」
ここにウケイ札へと『信用』が『創造』された。
「ほら! あの方はいつもズルいんだ! いつでもソレガシの先にいる。なんでもできて、なんでもソレガシから奪ってゆく!」
コヤネの羨望と劣等の入り雑じった叫びに、テラスは嘆息。コヤネの頬へ、ヒルメがシタタカ平手を打ちつける。
「あなたは今のなにを見ていたの? スサさまはいつでも御自分のできないことは、できる者に委ねます。今だってそう! 遥か先にいらっしゃるスサさまを見て、あなたはただ羨むだけ。スサさまは、いつだって御自分を磨いておられる――あなたは上部にしか目を向けない。わたしに言い寄るのはテラスさまの御髪と、わたしの髪が似ているから――これだって少しでもスサさまに好いてもらえるように磨いたのよッ! わかる? わたしはテラスさまの代わりじゃないのッ! 抱き枕じゃないのッ!」
赤裸々な激白を吐き、お~いおいとヒルメは泣き出す。
「だ、黙れッ! そ、そなただって、ソレガシをスサさまと重ねていたではないかッ?」
コヤネも激白。オーゲツはテラスにジト目を貼りつけ、
「たっだれてんなぁ~、おめぇんとこ?」
すっぱい顔に『ケッ』と吐き捨てる。
「テラス小言回避術奥義ッ! 耳珠十六連打ぁ~ッ!」
テラスは両の耳珠を連打して、入れたくない言葉の侵入を拒絶する。が、
「俺が2タット。姉ちゃんが3タットな」
そのワードだけは捕捉する。
「さ、さ、3タットだと? ツ、ツクヨの下か?」
「いや、順位じゃなくて単位だから上だから。落ちつこう?」
テラスは3タットと信用経済の誕生に混乱中。オーゲツは吐息。札ドコロへと跳んだ。
「米一石分なら?」
「よぅ。ファームな皇子さまじゃねぇか。お姫さまとは順調かい?」
コロクの軽口に、
「措け」
冷たな声音にオーゲツは、なにやら機密を封殺。
「今回は特例だぜ? 流通や為替はまだ早い。もちろん商取引もな」
コロクは15タット分の札の入った袋をオーゲツに手渡した。
「わかってるわよ。これは決定打に必要なの。んもぉぅ、シブチンねぇ~」
袋の中身を数えてオーゲツは嘆息。対価として一石分の米俵を差し出した。
「ニシキな米なら、も少し勉強しまっせ?」
「あれは、ウカノの研究課題用だから、当分ダメぇ~」
「どっちがシブチンだい」
苦笑するコロクにアカンベすると、オーゲツは貴賓席へと跳び、
「シッカリキッカリと気持ちぶつけて次に進みな。今度は、も少しマシなの掴まえなよ~」
6タット分の札をヒルメにくれてやり、チャレンジャーへと推挙する。
「そ、そんなッ! どのツラ提げてスサさまの御前に出られましょう?」
「あそこのタンポポに暗示でも掛けられたんでしょ? あ、むしろ、スサが気にするか…」
『タット、タット』と部下の懲罰を放棄する残念フォーマル女史を視界から措いて、『フム』としばらく思案し、パチンと指を一鳴らし。神爪の力に鉢を顕現させ、
「祭りの間は、あんたの名前は、ハチカブリ。いいから、行っといで」
顕現させた鉢をヒルメに被せて神爪の力で送り出す。
「おい小僧。女にモテる秘策をくれてやる。楽器だ。楽曲を演奏れ――女にはギターだ。女にはドラムだ。女にはベースだ」
「そ、ソレガシに演奏など…」
「黙れ小僧。おまえの神爪の力はなんだ?」
オーゲツは、残されたコヤネに、神爪で顕現させた鉢を被せ、
「コピれ。楽曲をコピって唸らせろ――その時、おまえはタカマノハラの寵児だ」
悪い笑顔で送り出す。
74.8点はなかなか破られず、のど自慢なウケイは盛り上がりに欠けていた。
そこへ、
「次はわたしハチカブリィナが参りますッ! 今の思いの丈を吐き出しますッ!」
6タットをザルに入れ、
「5タットで、どなたか伴奏をお願いします」
が、誰も引き受けない。そこへ、
「ソレガシ、ハチカブリィノが受けよう。ツクヨさま、伴奏に神爪の許しを」
「許す。演奏れ」
おなじく鉢を被ったコヤネが名乗り出る。ツクヨは許しを与え、
「楽曲は?」
「唐突に星を観に行く歌」
コヤネはコクりとうなずき、軽快なポップスを神爪の力でコピる。
コピられたメロディにヒルメは、楽しげにハシャグ風景を。憧れてた自分を。切ない思いの丈を。届かぬ想いに滲む涙を飲み込む自分を。突きつけられた現実を前にして秘めた想いを心でぶつけて胸に仕舞う自分のことを物語にし――それをメロディに乗せ、見事に歌謡を歌いきった。
沸く。ハチカブリズの見事な歌謡に。咎めを負うふたりのハチカブリに、惜しみない賞賛が浴びせられ、浴びせられたふたりは承認欲求を満たされ、バクバクな興奮を覚える。
スサは気づく。ヒルメの秘めた想いなんぞでは断じてなく、今この瞬間に、ここに必要な欠けているものにである。
やがて、カラオケな神器は88.8を叩き出し、
「おめでとうッ! よかったよぉ~ハチカブリィナ。さぁ、ウケイの対価の100タットッ! これで、お祭りを楽しんでね」
スサは、気づきに興奮し、ヒルメの手を取りブンブンにシェイクハンド。黄金色なウケイ札を演出的に小箱に詰めると、惜しむことなく進呈する。その光景に、
「「「うぉぉぉッ! 太っ腹ぁ~ッ! いいえ、スサノちゃんのスタイルのことではありませんッ!」」」
会場は大盛況に沸く。
スサノ――誰もウソは言っていない。『オ』を隠しているだけだ。物語の進行を阻害する故、極力ふれていないが、スサの正式名称は『スサノオ』だ。マッチョでパンクな、あの神だ。もっとも、この物語の主人公は、キラキラで、純真無垢な少年の『スサ』である。
「ス、スサさま…」
ウルウルに感激するヒルメを措き、
「君もだよッ! ハチカブリィノッ! 素晴らしい演奏じゃないッ!」
コヤネの両肩をガッシリと掴んで鉢越しに真っ直ぐに瞳を見つめて褒め讃える。
鉢の中でコヤネは、ボッと赤面する。なにせ、今のスサは、ほぼほぼテラスな美少女だ。
スサは、極力スサノを意識し、
「どう? 一緒に天下獲ってみない?」
戦神の鬼気にスサは迫る。そのリリ美ぃ眼差しを受けコヤネは赤面。
『うん。薄い本な予感がする。Mショタ×Sショタ(女装)な予感がする』
そして湧く。オクサレが。願望を交えて湧く。
「とりあえず50タット。これで祭りの間はお客さまのリクエストに応えてみて」
「はいッ! お任せくださいスサノさまッ!」
コヤネは『スサノ』に堕ち、獰猛な笑みを浮かべて、
「へっへぇ~。これで一回1タッ…」
「それは、まだ早ぇ~からッ!」
守銭奴に堕ちかけたスサは、コロクのゲンコに守銭奴堕ちを阻まれる。
一方で、
「おまえ、テラスさまっぽけりゃ誰でもいいのか? 見境無しかッ?」
ヒルメはコヤネの腿をゲシゲシ蹴る。わりと本気で…
「ちょっとぉ、ぼ、暴力はやめてよぉ、ヒルメさ~ん。君とぼくは…」
「始まってねぇからッ! あたしの歴史に黒歴史作ろうとすんの、マジやめてくれませんかねぇッ!」
ヒルメが自身の鉢をコヤネの鉢へと叩きつけ、鉢が砕けてハチカブリズは即刻解散――えっ、解散理由? 嗜好性の違いかな。性的な――
「あっ。コヤネとヒルメ…」
と、スサ。さすがに気まずい。いや、ハチカブリなふたりの素性には、もちろん気づいていた。声も背丈も、おおよそおなじだ。気づかないはずがない。それらを流してスルーしていたが故に気まずいのだ。
「ス、スサ」
ヒルメが、言い掛けると、スサはソッとヒルメの髪に触れ、
「わぁ、うちの姉さまみたいな髪」
ポツリと素。
顔を近づけ、ヒルメの耳元で、
「今はスサノ。ね、ヒルメ姉さま?」
ソッと、妖艶に囁いた。
ヒルメの頬は朱に染まり、
「祭りの間は、みんなのリクエストに応えること。コヤネは伴奏、ヒルメはバックコーラスの担当ね。ふたりの罰はそれとします。報酬は50タット。いい? わかった?」
スサは腰に手をあて、プリプリと怒った仕草に告げる。
「「スサノさまのミココロのままにッ」」
ハチカブリは、盲目に墜ちる。誤字ではない、こんなものは撃墜とおんなじだ。
この場に足りてないものの正体は気軽さ以外にあり得ない。スサは、元ハチカブリズに、それを委ねた。
『ゆ、ゆ、ユリ×ショタぁッ! 大々好物もキタぁーッ! えッ? ユリ×ショタ(女装)って、マ、マジかよぉ? し、しかもツンデレ適性有かもだとぉ? 属性てんこ盛りの独り占めかよぉ~』
一方でオクサレが反応し、今までピクリとも反応を示さなかったナキがピクリとする。
スサは、それらを措き、
「さぁ~ッ! ダブルネェさまッ! やっちまいなぁッ!」
テラスたちへと介入を要請する。そろそろ、平均点が70点になりつつあり、百タット箱効果でエントリー数も劇的に伸びている。
「「もぅ、待ちくたびれたわよッ!」」
と、ふたり。颯爽に舞台へと立つやスタンバイ。
「マツミぃ~! タイムセール、スタンバイOK?」
スサは商戦の将。
「いつでも行けまさぁ」
マツミは、獰猛に嗤う。
「どっちもGo!」
スサは開戦の開始を指示。テラスとオーゲツの昭和な熱唱がタカマノハラに木霊する。
「「「ダブルネェさまズが歌唱中は全品1タット引き~、1タット引き~」」」
マツミ率いるジャンクフード部隊が、販促に囃し立てる。順番待ちのヤオヨロズたちが、ちらほらとジャンクフードな屋台に釣られて行き、
「意外とウマ!」「酒が欲しい!」「いや酒とセットっしょ?」
口コミに客足は比例して行く。
やがて、カラオケな神器は、
「「「は、89.2だとぉ? い、いや、やれるさッ!」」」
超えられるか、超えられぬかの絶妙なラインを叩きだし、
「「「オレならッ!」」」「「「あたしならッ!」」」
ヤオヨロズの本気に火をつけた。
スサのそばに居ると、誰もが変わる――チグハグな一人称代名詞を使っていたヤオヨロズも老若男女な一人称に変わっている。
「ウズメ~。ファッションショー、スタンバイOK?」
「いつでも参れますよスサさま」
「ウズメのタイミングでアイドルにGoして」
「御意に。スサさま」
時には、各部の長の裁量に任せ遊撃を丸投げする。
ステージの上では、
「「少し本気を出したあたしたちは」」
と、ダブルネェさまズ。
「「かなり腹が減る…」」
スサとマツミが、ネェさまズのもとに大量のご馳走を供し、ふたりは貪るように平らげてゆく。あまりに見事な食べっぷりに、
「「「あれ食べてみたぃッ!」」」「「「美味そうに食うなぁ~」」」
ヤオヨロズは、宣伝に釣られる。そして沸く。経済が。祭りの会場が盛況に沸く。
ここまで来れば、
「タイム解除ですジイ――さぁ、決着と行きましょうかタンポポヤロー」
ナキがワザと負けようとどうでもよい。もうスサにとって、タンポポはオマケに過ぎないのだ。ワザと負けようとするのならば、力ずくでそれを通さなければよいだけだ。
コンティンジェンシープランは、幾重にも準備済み。ナキの自己満足な手抜きも想定内の出来事に過ぎない。
転瞬、スサの姿が消える。神爪を身体に纏わせた超高速移動にナキのもとへと吶喊する。
「こ、来ないで、来ないでください…」
超高速に迫るスサに、ナキは怯えたように声を震わせ、超々高速に退く。
「急にやる気が出たんですか?」
それでないのは、ナキの言葉からもわかる。そこへ豪雷――雷の神は数多と居るが、タカマノハラの神のイカズチではない。
「ヨモツヒラサカの方がなに用か?」
ヤキソバを貪り食いながら、厳かな声音に質すテラスに、
「「もう、食べながら喋らないのッ!」」
ツクヨとスサが叱り、
『「えっ、そこ?」』
ナミとオーゲツはふたりにつっこむ。
ヤキソバを牛乳で『ぷはぁ~ッ』と流し込み、
「悪いが見ての通りお取り込み中だ。お引き取り願おう」
取り出したフルアーマーな弓に矢を番えて引き絞る。そこへ、
『ガス抜きに合わせたんだから、こっちの要望も入れて貰うわよ。ヒラサカのヤクサ――あたしの同志なのよ。ね、お願い?』
ナミ。意外な方向からも、
「いいんじゃない。せっかくのお祭りなんだから。ね、テラス?」
掩護射撃。札ドコロのクマノである。
「先々代に免じて――」
テラスが弓をしまう前に、
「庇を貸してると母屋を…」
ツクヨが遮ろうとするが、
「『『黙れ小僧ッ!』』」
腐女子二人と推定腐女子は異口同音。
「特例として許可しよう。そう案ずるなツクヨ」
テラスは、祭りに能天気。
『ヤクサ。お願い』
『どぉ~ん。今だけヒラサカぁ~。どぉ~ん』
豪雷が、瀟洒なカフェを顕現させる。壁紙の色は薄いピンク。可愛らしく可憐で華奢な家具。どれもこれもがお姫さま仕様なカフェテリア。
「い、イヤだーッ! や、やめてくれーッ!」
ナキは恐怖に大絶叫。転瞬の後にナキの姿は、執事カフェな執事へと変わり、カフェテリアのうちに封ざれる。
お姫さま仕様な椅子に女の影――しかして、見る者によっては、
「な、ナギサさん?」「……」「お帰りなさいませお嬢さま」
姿を変えるようだ。ナキは恭しくナミへとこうべを垂れ、
「どうぞ、こちらにお嬢さま方」
いざなう。腐女子たちを。
「今度は、ナキがタイムですかな? まったく神聖なウケイをなんと心得るか」
と、シキン。
「あれがナミであっているかジイ?」
「ツクヨさまにはナギサに見えましたか。己が最初に見初めた者の姿に変わるのです」
ナギサはカグチの妻である。ナキの涙に顕現した神だが、ナギサとカグチは兄妹の間柄でない。泪の沢に湧いた沢の女神である。なにより三貴子にとっては母も同然の女性である。じつは、ツクヨの初恋の女性だが、
「その説明いる?」
それはみんなに内緒である。なお、ナギサは泪の沢から生まれたくせに、泪を見せたりはしない。気が強く気っ風もよく、テラスとは違ったタイプの姉御肌。そのくせ、言葉使いも仕草も女子力限界突破な女子である。祭りではテラスが平らげたソースヤキソバの担当だ。
ジト目に責めるツクヨを措き、
「クマノ、持ち場を変わりますぞ」
と、シキン。悪戯がばれた子供のように、逃げ場を求めて交代を申し出る。
「悪いわねヤゴコロ」
と、クマノ。腐女子に交じり入り、自身も腐女子とカミングアウト。
『アヤカシ先輩、フォローサンキュー』『コネパイセンに感謝~』
「コネゆうな。それよりユリ×ショタって」
『じつは、属性てんこ盛りの独り占め案件がぁ~』
オクサレに沸く腐女子たちのオクサレトークに、ナキは恭しくティーセットを供して、供した品々を丁寧に説明し、
「『『ですよねぇ~』』」
その都度、ご機嫌なオクサレのお返事が返される。耳へと這い入る耽美趣味な言葉、時おり求められるナキの感想――ナキは端正な顔を崩さない。求められれば腐れたリクエストに応じて微笑ってもみせてやる。もちろん、心で泣いていたが。号泣だが。タカマノハラの中心で救いを求め「たすけてくださいッ!」と連呼に絶叫していたが。
「姉ちゃ~ん」「テラス~」
「ん?」
唐突に声をかけられ、フランクフルトを齧りながらテラス。そんなテラスに、
「「オクサレって呼んだりして、ホントにごめんよぉ~。これからは「姉ちゃん」「テラス」に優しくするわ~。大事にするわ~」」
ふたりは陳謝。テラスは小首を傾げてキョトン。
「「うっわ癒される~、あれ見たあとだとマジ女神。あれガチで腐り過ぎぃ~」」
ふたりは改心し、さてスサは?
「ぼくは、母親似なんですね」
とポツリ。
「そうだな。似ている。眼と口はナキ似かもな」
ふたりにはナミの姿が見えていた。テラスは同性だから、スサは子供だからだろう。
「ゴリ。おまえにはどう見えるナミが。なに純然たる興味からだ」
ニヨニヨとしてテラスは尋ね、
「ん~? スサノ~」
と、オーゲツは苦笑とともに答えてやる。
「そうか、スサノか~。ほぉ~スサノねぇ~」
「なんでクシナに見えないんだろ?」
ポツリとした呟きに、
「まだジェットコースターだからじゃん? あたしチューして~とか思ったもん」
と、オーゲツは意趣返し。
テラスの顔は真っ赤にボッ。
「な、な、な、おと、弟たちの前で、あ、あ、あたしの弟にダメだからなッ!」
ヤブヘビにパニック。
スサは、諸手でお口をガード。
「させませんよ?」
とジト目。
「しねぇ~わ」
オーゲツは苦笑し、腐のカフェテリアでは、
「『『ゴリ×ショタ(女装)キタぁ~!』』」
新たな腐敗が盛況に沸く。
ナキはポーカーフェイスに狙っていた。腐の牢獄からの脱獄を。
「こちらをどうぞお嬢さま方。ロック先輩の酒蔵からくすねてきた古くから寝かせたワインです。ケーキの脂っぽさをキレイに洗い流すのにちょうどいい」
有無を言わせずに、お姫さま仕様のワイングラスに注ぐ。八噛みに噛み抜き、さらに八噛みに噛み抜いた強い古酒を。
「ぅおいッ! そ、それッ!」
とコロク。休憩がてらに腐の牢獄を覗いてみれば、別のことにビックリ。
「黙って先輩ッ! 今とても大事なところなのッ!」
「そうそう。集めるだけ集めて忘れちゃうんだから、お酒が可哀想よ?」
クマノが援護射撃し、
「えぇ~? 悪いの儂ぃ~?」
とコロクはトホホ。
「これはお嬢さま方にピッタリな、高貴で稀少な貴腐ワイン。さぁ召し上がれッ!」
三人のオクサレがワイングラスを傾けた瞬間に全神爪を使って脱兎で離脱。
「それではウケイを始めましょう」
スサも飛ぶ。神爪の力を使い、磨き抜かれた体術や神術を駆使して全力に追う。
テラスがイワトヤに入ると、辺りは暗闇に呑まれ、デッドヒートを繰り広げるふたりの軌跡は箒星のように光輝き、闇夜を鮮やかに彩った。
ウズメとバックダンサーズが、のど自慢な歌唱に合わせて可憐に舞い、次々変わる鮮やかな衣裳に女たちを虜とし、チラリズムに男たちを虜にする。大商戦は圧勝だ。盛況に沸く祭りの中で、
「ウケイをしようぜヤオヨロズ? タンポポとスサノのどっちに賭ける?」
ツクヨが声を張り上げる。
「乗ったぁ~、オレは断然スサノちゃん」
ほろ酔いな思考力に誰かが乗ると、
「いいのかい? スサノが勝つとあいつナカツクニに行っちゃうぜ?」
と、ツクヨ。
「「「「そんなんヤダーッ!」」」」「「「「また、こうゆうのやろうよぉッ? スサノちゃ~んッ!」」」」
ヤオヨロズは断固拒否。
「じゃあどっち? お一人様1タットをどっちに張って、どっちの応援団?」
「もっと速く飛べ~タンポポーッ!」「スサノちゃん~! 行かないで…」「あれ、元々このウケイってスサさまとイザナキさまじゃあ?」
ヤオヨロズは今さらに気づく。
「「「「「スサさまッ?」」」」」
「なんですか五月蝿いな――いま大事な勝負してんのッ!」
スサノが、スサであることに。
「「「「イザナキさまに1タット!」」」」「「「「スサさまがナカツクニになんて断固拒否ッ!」」」」
ヤオヨロズは断固拒否を表明。次々に1タットをステージに投げ入れる。
「じゃあ、オレはスサに1タット」
とツクヨ。山と積まれたウケイ札から少し離れたところに1タットを投げ入れる。
イワトヤから、テラスとオーゲツが2タット、シキンも1タット、ヤキソバの屋台からカグチ、マツミ、ナギサが3タット。スサの『親』たちはスサに張る。
「「「冷てぇじゃないか。もう会えなくなっちまうのに」」」
とヤオヨロズ。責めるような視線をツクヨに向け、
「スサぁ、おまえ人気者だな。満場一致でナカツクニに行くこと反対だってよ」
ツクヨはデッドヒートをするスサに投げかける。
「でも俺たちは、おまえに張るよ。だって、おまえが選んだことだもの。応援してやらにゃあさ――だからさぁスサ、どんな手ぇ使っても必ず勝てッ! じゃなきゃ俺たち破産しちゃうから」
と、ツクヨはダメダメな懇願。
「知りませんよ。だいたい、7をヤオヨロズで割ればいいでしょ? 賭けってそういうもんじゃないですか?」
「スサさま。これはウケイです」
ごもっともなスサに、シキンはピシャリと誓約なごもっとも。ヤオヨロズの個に対してツクヨはウケイを持ちかけ、テラスたちは張ったのだ。
「なんで余計なプレッシャーかけるかなぁ~」
いったんデッドヒートをするのをやめ、スサはツクヨたちにジト目を貼りつける。
「誰にも応援されないよりいいでしょ?」
テラスはクスリと微笑い、いざなう――
「だからって相談とかあってもいいと思う」
「あらぁ~? お姉ちゃんたちも相談されずに『身振り手振りを真似て』みせたけど?」
相談のないスタンドプレーをしたスサを。
「だから円陣組むぞ。チームタット集まれ~」
「ずいぶん万能な単語になったわねタット」
ツクヨの呼びかけに、オーゲツは呆れ混じりに苦笑する。
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