9話 味方
部屋に戻ると、カーターとティナが頭を下げて待っていた。
「頭を上げてくれ。」
「はっ!」
二人が頭を上げると、俺はティナに向かって話し掛けた。
「ティナ、できれば俺はカーターと二人だけで話したいんだけど。」
「いやです。今日のトオル様少しおかしいです。」
「…辛いかもしれないよ。」
「平気です。トオル様に言われるのであればどのような内容でも平気です。」
「…わかった、じゃあカーターと俺が話している間は絶対に割り込んで来ないでね。」
「……はい。」
俺はティナの意志を確認すると、カーターの方に顔を向けた。
「カーター、単刀直入に聞こう。君は俺の、この王国の味方なのかい?」
「何故そう思ったんだい?」
「深い知恵を持つはずのエルフ族がこんなに国が悪くなるまで何も対策をとらない訳がないからね。」
「この王国が悪い?…まぁ、仮にそうだとして、僕はこの国を悪くする為にエルフ族によって送り込まれたと?」
「もしくは他の国か。」
「ふむ。…で、僕が悪い奴だったら君はどうするの?」
「殺す。」
俺が何の躊躇もなく『殺す』と言うと、ティナは目を大きく見開いた。
「…そうか、僕を殺すか。」
カーターはそうつぶやくと、目をつぶって何か考え始めた。
しばらく考え込んだ後、カーターがもう一度俺を見た。
「トオル君、僕の方が君より強くても君は僕を殺すのかい?」
「当たり前だ。」
「君が死ぬとしても?」
「死んでもお前を殺す。」
「…何故、何故そこまでする?」
「俺が王だから。」
「だから自分の愛する国を守るなんて言うつもりかい?」
「あぁ。」
「そんな事はありえない。ありえるはずがない。」
「なぜ?」
「なぜならトオル君、君はこの世界に来たばかりだ。そんな人が国を愛せるはずがない。」
「そんな事はない。」
「じゃあ聞くが君は誰を愛し、守りたい?」
「ティナを、マイを、ミーリもメシカもカザルトもキースもダイナスも…そしてカーター、君も守りたい。」
「たった、たったそれだけか。君が愛する国で守る価値があるのはそれだけか。僕の名前を入れたからって僕は騙されないよ。」
「違う、そうじゃない。俺はこの国に住む全ての人を守りたい。けれど全ての人と出会い、話す事が出来る訳じゃないから、そう言ったんだ。」
「じゃあ何故、僕を疑う?守りたいんじゃなかったのか?」
「この国に住む者を守るんだ。敵を守る義理はない。」
「…君がこの国の事を思っているのはわかった。じゃあ次はこの国のどこが悪いのか教えてくれ。」
「…この国の政治自体が終わってる。」
「詳しく聞かせて欲しいな、トオル君。」
いつの間にかカーターはいつものカーターに戻っていた。
それから俺はこの二日間でわかった事をカーターとティナに話した。
オースティン王国の税率はなんと、収入の85%である。これは150年程前から続いている。よく国民が反乱を起こさないものだと思うが、これは単純に起こす元気もないだけだ。
これは、食べ物の問題だ。その日食べる物に困る程量が少なく、栄養価値が低い物を食べているからだろう。国王の食事でさえ、あそこまで質素なのだ仕方がないだろう。
そんな国民のささやかな抵抗を俺は各都市の家族構成表を見て気が付いた。
家族構成表とは、各家庭の人数と性別が書いてある物だ。これは80年前に調査を止めるまで十年ごとに調査されていた。
これを見ているとおもしろい事がわかった。この国の家族は皆一人っ子なのだ。まぁ、これだけなら俺の世界にも政策としてやっている国がある。だが、その子供のほとんどが男子だと話しが違ってくる。
それは税率が上がってから20年程たった調査書から始まった。新たに生まれた子供の男女比は約9対1になっていたのだ。
その子供達は成長して結婚する、しかし9人の内8人の男は結婚出来ないはずなのに、ほぼ全ての男が同年代の女と結婚しているのだ。
この女はどこから出て来たのだろうか?
たぶん税金を逃れる為に生まれた子供を役所に届けでないのだろう。だいたい機械もない時代で農家が子供を一人しか産まないなんてありえない事だろう。
次に税金の使い方だ。
100年前の予算書に王都アドランから国境にあるカッサノまでの街道整備として500ピートが割り当てられていた。この年の総予算額が10000ピートであるから予算の5%にあたる大規模な公共事業であった。
それが今年の予算書にも書いてあるのだ。いや、正確には100年間ずっと書いてある。アドランとカッサノはたった半日の距離なのだ。こんな馬鹿な話はない。いや、街道に使う石を全部金に変えたのならわからないが…んな訳ないよな。
他にもあれこれとおかしな点を一通り話した。
「そ、そんなにこの国はは大変な状態だったんですか。」
「そうだよティナ。はっきり言ってここはもう国とは言えない程政治が機能していないんだ。」
「…で、トオル君はどうしようとしている訳?」
「俺はこの国を変える。」
「150年分の腐り切った政治を変える事が出来ると思っているの?」
「出来るとか出来ないの問題じゃないんだ。俺が今やらないと本当に国が潰れるんだ。それが王になると決めた俺の責任だから。」
「トオル様…」
しばしの沈黙の後、カーターが右膝を床につけ左膝に左腕を置いて、頭を下げた。
『臣下の礼』だ。いつも謁見の間に入る家臣たちがやっているが、カーターは立ったまま頭を下げているので、カーターの臣下の礼は初めて見た。
「…カーター?」
「カミヤ国王陛下。これまでの非礼の数々どうかお許し下さい。国王陛下が本当の王に相応しいかどうかを見定める為とはいえ、死刑になっても仕方のない態度であった事は事実、どのような処罰も受ける所存にございます。」
「カーター様…」
「…で、俺は合格なの?」
「はい。」
「そう。じゃあ、カーターは俺の味方になってくれるんだね。」
「もちろんでございます。しかし、まずは処罰の方を決めていただかないと。」
「んー、じゃあ処罰は俺の補佐を全力でする事と、敬語をやめる事。」
「は?そ、それは処罰になっておりません。」
「いーの、もう決めたんだから。いいね。」
「で、ですが。」
「フフッ。カーター様も知ってるじゃないですか、トオル様が処罰なんてしない人だって。」
「…そうだね。トオル君は優しいもんね。」
「それじゃあ、カーターとティナは俺の味方って事でいいのかな?」
「もちろんです!」
「当たり前でしょ。」
「それにお兄様もトオル様の味方ですよ。」
少し穏やかになった部屋の雰囲気が凍った。
「…ティナ。俺はあまり家臣たちを信用していない。」
「えっ!な、何でですか?」
「武官も文官も俺には期待していないみたいだからな。特に武官の方は俺が王である事すら嫌なようだし。」
「そ、そんな。お兄様がトオル様の事を嫌いだなんて。」
「ティナちゃん、僕もトオル君と同じ意見だよ。」
「カーター様まで…」
「だから今日は本当に信頼出来る味方を作る為にカーターを呼んだんだ。」
「じゃあ、私は信用されていないって事なんですね?…そうですよね、私がお兄様のスパイかもしれませんものね。でもこれだけは信じて下さい。トオル様、私は兄のスパイなどでは決してありません!」
ティナは大きな瞳に涙をいっぱい溜めながら俺を見つめた。
「俺はティナの事をスパイだなんて微塵も思っていない。そうじゃなかったらカーターとの会話なんて聞かせないよ。」
「そうだよ、ティナちゃん。」
「トオル様、カーター様…ありがとうございます!」
それからはカーターと家臣たちをどうするかを夜遅くまで話し合った。
「じゃあ、明日の御前会議でトオル君から彼らを呼び出すってことでいいかな?」
「うん、いいよ。」
「よし、今日はここまでにしよう。」
「ではトオル様、失礼します。」
「二人共おやすみ。」
こうして俺はオースティン王国で最初の味方を作ったのであった。