8話 大掃除大作戦
コン…コン…
「はい?」
「ティナです、入ってもよろしくでしょうか?」
「どうぞ。」
「失礼します。おはようございます、トオル様。」
「おはよう、ティナ。」
私が部屋に入ると、トオル様はすでに仕事机で資料を読んでいらした。
「トオル様、お眠りになられましたか?」
「うん、ちゃんと寝たよ。さすがに最初から徹夜してたら持たないからね。」
「そう聞いて、安心しました。」
「アハハ、心配してくれてありがとう。じゃあ行こうか。」
「はい。」
今日もトオル様との一日が始まったのだ。
妙にニヤニヤしたティナを見ながら扉を開けて部屋を出ると、
「おはようございます、国王陛下。」
廊下には見知らぬ男が二人いた。
「おはよう…で、誰?」
「わたくし、近衛隊隊員『キース』でこざいます。」
「同じく『ダイナス』にございます。今日はリーン隊長が訓練日の為、我々が警護をさせていただきます。」
「そうなんだ、二人共よろしくね。」
「はっ!」
食堂に行くと、ムノア達が待っていた。
「おはようございます、国王陛下。」
「おはよう、みんな。」
俺が席に着くと、マイが給仕をする為に近づいてきた。
「失礼します、国王陛下。」
「ねぇ、マイ。その『国王陛下』ってのやめてくんない?何だかむず痒くってさ。」
「ですが、国王陛下は国王陛下ですので、呼ばないという訳には…」
「じゃあ、せめて『トオル様』にしてくれない?」
「はぁ、私は構いませんが。」
「じゃあ他のみんなもそう読んでね。」
「かしこまりました。」
「よしよし。それじゃあムノア料理長、ご飯にしようか。」
「はい、トオル様。」
朝食を楽しんだ後、いつも通り御前会議で無視されて、そのまま部屋に戻る為に廊下を歩いていた。
「ティナ、カーターから鍵を借りてる?」
「はい、もちろん借りております。」
「ありがと。キース、ここからだと書物庫と俺の部屋どっちが近い?」
「書物庫ですか?そうですねー、書物庫の方が近いかと。」
「よし、じゃあこのまま書物庫に直接行こう。」
「はっ!かしこまりました。」
俺達四人は書物庫に向かった。
書物庫は三階にあった。
(俺の部屋が四階にあるから、確かにこっちの方が近いな)
ついでに言うと、食堂と謁見の間は一階にある。
書物庫の前に着くと、ダイナスが口を開いた。
「すげーな、キース。」
「ん?何がすごいのダイナス?」
「いえ、誠にお恥ずかしい話ではありますが、私は書物庫が何処にあるのか知らなかったものですから。」
「あぁ、俺は休みの日とかに城を探険してたからな、でも俺も仕事で来た事は初めてだから少し不安だったよ。」
ティナから鍵を受け取ると引き戸式の扉の鍵穴に差し込んで鍵を回した。
カチャ…
鍵はすんなりと開いた。
「よし、…じゃあ開けるよ。」
「どうしたんですか、トオル様?そんなに緊張されて。」
「そうですよ、宝箱を開ける訳ではないんですよ?」
「お開け下さい、トオル様。」
「…扉を開けた後も君達が笑顔でいられる事を祈るよ。」
みんなに茶化された俺は、扉に手をかけて横に引いた。
ガラガラ…ガラ…
「…………」
ガラガラガラ…ピッシャン
「…い、今のは何だったんですか?」
「………」
「…トオル様、それでは失礼します。」
「仕事は終わりましたので。」
キースとダイナスが帰ろうとしたので二人の襟首を掴んだ。
「こらこら、どこに行くんだい二人共?」
「トオル様ー、お許し下さい。」
「いーやーだー」
「ち、ちょっとお二人共情けないですよ、男でしょ!」
「そうゆう問題じゃないんですよ、リンズバーグ嬢!」
「あなただって見たでしょ?」
「見ましたけど…誰かがいつかはやらないといけないんですから。」
「で、ですが国王陛下がやる事ではないでしょう?」
「う…そ、それは。」
「トオル様もやめましょうよ?」
「うーん…ティナ、リンズバーグ嬢なんて呼ばれてたのか。俺もそう呼ぼうかな?」
「えー!そっちの事ですか?」
「ん?みんなまだ覚悟を決めてないの?もう諦めな。」
「で、ですが…」
「うだうだ言ってないで、キースとダイナスは大きめの袋を持てるだけ持って来て。ティナは顔が覆えるくらいの布を人数分持って来て。」
「は、はい!」
「かしこまりました。」
俺の有無を言わさぬ勢いに三人共走って行った。
一人になると、俺は地獄の扉をもう一度開けた。
…中は埃の山だった、床からだいたい30センチは積もっていた。まさに、埃の絨毯である。
(これほどの量の埃は一、二年でつもるはずがない。それに最近誰かが入った形跡もない。ムノアはここに保存していると言っていた、それは嘘だったのか?)
俺は扉を閉めて、三人を待っていた。
最初に帰ってきたのはティナだった。
「お疲れ、ティナ。」
「は、はい。トオル様、どうぞ。」
「ありがとう。」
ティナから布を受け取ると鼻と口を覆って、頭の後ろで結んだ。
ティナも結び終わった頃、キースとダイナスも帰ってきた。
二人は大きな麻の袋とバケツ、モップを持ってきた。
「お待たせしました、トオル様。」
「大丈夫だよ二人共、お疲れ様。」
「掃除をするなら必要かと思いまして、バケツとモップも持ってきました。」
「さすが近衛隊、わかってるねー。」
「お褒めの言葉ありがとうございます。」
みんなの準備が出来ると、俺は声をかけた。
「よし、じゃあみんな行くぞ!」
「おう!」
戦いにでも行くような声を出して、俺達四人は書物庫の中に入って……は行かなかった。
まずは扉の近くにある埃を取って、四人が入れるスペースを確保する事にした。
勇気を出して俺は埃を手でわしずかみにした。そして引きちぎった。
(わたあめを手でちぎっているみたいだな。)
四人分のスペースを作る為に10リットル用ゴミ袋並の麻の袋を二個使う事となった。
「ふぅー、やっと室内に入れましたね。」
「だけど、戦いはこれからが本番だね。」
「そうですね、トオル様。」
「じゃあまずは各自窓までの行って窓を開けよう。少しは空気が変わるかもしれない。」
「はっ!」
今度は四人がバラバラとなって埃の山を片付ける事となった。
俺はなんとか窓までの埃を片付け、窓を開けた。
窓を開けると、新鮮な空気が部屋に入り込んだ。
「はぁー空気がうまいとはこの事を言うんだな。」
一人で感傷に浸っていると、後ろからダイナスに声をかけられた。
「トオル様、全員窓を開け終えました。」
「よし、じゃあ残りの埃を片付けようか。」
まだ3分の2程残っていた、埃を見て言った。
床の埃を全部取り除いたのは、夕方近くになってからだった。
「お、終わったー!」
「キース、まだ終わってないよ。書類の棚とかの水拭きもやらないと。」
「お、王様?明日にしませんか?」
「却下。」
「即答!す、少しは悩んで下さい。」
「……却下。」
「諦めました。やりましょう。」
「よし、じゃあまず書類を全部廊下に出してしまおう。」
「はっ!」
書類を廊下に出していると、捜していた資料があったので少し読んでいた。
(やはり思った通りだ、こんなんじゃマジでやばいぞ。)
「なんだこれ?」
廊下で一人資料を読んでいると、書物庫からダイナスの声が聞こえた。
部屋の中に入ってみると、三人が集まっていた。
「どうしたんだ?」
「こんな物を見つけまして。」
ダイナスが差し出した物は木でできた『時計』だった。
「あー!時計じゃん!」
「トケイ?何ですか、それ?」
この世界、いやこの国には驚くべき事に時計がない。時を知らせる城の鐘は日の出と日の入りにしか鳴らないと言う、適当な物なのだ。
この世界も一年は十二ヶ月・365日、一日は二十四時間というのは変わらないらしい。それに重さや長さに対する単位も変わらない。
そんな生活の中で時計がないと言うのには、非常に驚いていた。他の国にはあるらしいのだが非常に貴重で値段も高くて買えないらしい。
だから時計の存在自体を知らない人がほとんどだと、カーターが前に教えてくれた。
「これがあれば時間が正確にわかるんだ。」
「へぇー、便利な物なんですね。」
「でもなんでそんな物が書物庫に置いてあるんですかね?」
「…そういえば、異世界からやってきた三人目の王様が確か『トケイ職人』だったはずです。」
「じゃあこれは昔の王様が作られたって事ですか!」
「単純にそうとは言えないけど、これがこの世界で作られた物なら設計図があるはずだ。」
「じゃあそれも捜しましょう。」
「うん、頼むよ。」
「はっ!」
(時計が使えるようになれば、時間の事で苦労する事も無くなるな。)
しばらく掃除を続けていると、ティナが声を上げた。
「見つけました、トオル様。設計図を見つけました!」
「本当か?」
「たぶんこれだと思います。どうぞ。」
ティナから渡された書類を開くと、時計の内部の構造図と寸法が書き込まれていた。
「確かに設計図だ。これで時計をこの国でも作る事ができるぞ。」
「おぉー、これでリーン隊長の地獄の特訓も決められた時間で終わるぜ!」
キースの言葉にみんなの笑いが書物庫に響いた。
全ての作業が終わったのは、太陽が地平線の向こうに沈んだ後だった。
「みんなお疲れ様。みんなのおかげでなんとか終わったよ。」
「はい、本当に疲れました。」
「ティナ、お風呂に入りたいんだけど…風呂ってある?」
「はい、ありますよ。2階に大浴場があります。」
「そうなんだ。じゃあ後で案内してくれる?」
「はい、お任せ下さい。」
コン…コン…
開いていた入り口に律儀にノックをしてから、カーターが入ってきた。
「やぁ、お疲れ様。」
「さ、宰相様。」
綺麗になった床に寝そべっていたキースとダイナスは、カーターを見るなり急いで立ち上がり姿勢を正した。
「そんなに堅くならないでいいのに。」
カーターが苦笑いをしながら、こっちに歩いてきた。
「カーター様、どうなさったのですか?」
「いやね、今日も一緒に夕食を食べようと思ってね。お誘いに。」
「カーター、夕食もいいが、その前に君と話したい事がある。」
「何かな?」
「俺の部屋で話したい。俺は今から風呂に入るからその後で部屋に来て欲しい。」
「君の部屋で待っていても?」
「構わない。」
「では、そうさせて貰おう。」
カーターは踵を返すと、部屋から立ち去った。
ティナは不穏な空気を感じ取ったようだった。
「……トオル様?」
俺はその問い掛けに答えずにキース達の方を見た。
「キース、ダイナス。俺は用事が出来てしまった。後の事を頼んでもいいかな?」
「はっ!」
さすが近衛隊だけあって、真面目にならないといけない所はわかっているようだ。
「じゃあ、時計と書類を俺の部屋に運んでおいてくれ。」
「全ての書類ですか?」
「うん、全部。」
「かしこまりました。」
「よろしく、それが終わったら今日はもういいから。」
「ここの鍵はいかがいたしましょう?」
「俺の部屋の仕事机に置いておいて。」
「かしこまりました。」
「じゃあよろしく。」
「はっ!」
二人に仕事を頼むと、ティナと共に書物庫を出た。
大浴場につくまで、二人共無言だった。
風呂は日本とあまり変わらなかった。ただ一つ違うのは、シャワーだった。開閉式の蛇口を捻るとお湯が上から降ってきた。ここまではあまり問題ではない、問題はその量だ。まるで滝に打たれているかのような感覚に落ちいる程の量が降ってくるのだ。
俺はしばらくお湯の滝に打たれながら、汚れを落とすと、今度は湯舟に向かった。
湯舟はさすが大浴場だけあって、50人は余裕で入れそうなくらいの大きさだった。
そんな湯舟に一人ポツンと長い時間入る事など俺には出来ず、すぐに上がってしまった。
脱衣所にはティナが用意してくれていた服が置いてあった。
俺はそれを着ると、カーターが待っているはずの、俺の部屋へ一人で歩いて帰って行った。