14話 手に持つ者
皆が部屋を出るのを見届けてから扉を閉めた俺は、ため息を付いた。
「ふぅ〜」
俺が大声を出したので慌てて飛んで来たティナに『そんな事で大声を出さないで下さい!』ってしばらくの間怒られていたのだ。あの時カーターが来てくれなかったら、一日中怒ってるんじゃないかってくらい怒っていた。
(まさか、普段は大人しいティナが怒るとあんなに恐いとは、今度からは気を付けよう。)
何だか仕事をする気分では無くなったのでベッドに腰掛けると、ベッドの横に立て掛けておいた剣が目に入った。
「この剣も全然使ってないな。」
就任の儀の時に貰って以来触っていなかった剣を手に取って、俺はつぶやいた。
「ちょっと振ってみようかな?」
剣道もやった事のない奴が、いきなり真剣を振るのはどうかと思ったが、部屋もまぁまぁのスペースがあるし、少し振るくらいならいいかと思い、ベッドから立ち上がると、剣を鞘から抜いた。
剣は両刃で綺麗な銀色だ。鞘が残念な分、何の装飾もないのにとても美しく感じる。
俺は剣を二、三回振ってみた。
「うーん、やっぱり素振りとかやんないとダメだな。」
振るだけなら何とかなりそうだが、それじゃあ戦いでは使えないしな。
(俺が戦う事があるのかはわからんが、『備えあれば憂いなし』って言うしな。)
俺はいつか剣の練習でもしようと心に決意して、剣を鞘に戻そうとした。
<……おい>
「ん?」
誰かの声が聞こえた気がして、手を止めた。
「…空耳か?」
<違う!空耳じゃないぞ!>
「やっぱり聞こえる!何処から聞こえてくるんだ?…もしかして、ティナがまだ怒ってて嫌がらせか?でもそうゆうのはカーターがしそうだな。」
俺は部屋をキョロキョロ見渡すが、誰かが隠れている様子はない。
<違うわ小僧!手を見てみー、手を!>
「手?」
俺は声の言う通りに自分の手を見てみた。
手はいつも通りの手だった、突然『第二の口』が出来た訳ではなさそうだ。
じゃあ、手に持っている物という事だろう。今、俺が手に持っているのは『剣』だ。
「…ま、まさか。」
<小僧、やっと気付きおったか。>
「じゃあ、本当にこの声はお前からなんだな?」
<本当にわしの声じゃぞ。どうだ嬉しいか?>
「いやいや、嬉しくない奴なんていないだろ。でもやっぱこの世界は何でもありだな、『魔法の剣』まであるなんて。」
<…………>
「いやー、魔法の剣を手に入れる事が出来るなんて嬉しいな。しゃべる事が出来るって事はやっぱ、戦いのサポートとかしてくれる感じですか?」
<…………>
「ん、あれ?魔法の剣さん?…剣さーん?」
魔法の剣がいきなり黙り込んだので、心配になって剣を振ってみた。
<おい小僧、わしを何だと言った?>
「えっ?……『魔法の剣』さん?」
<バッカモーーン!!>
余りの大きな声に耳鳴りがした気がした。
「っ!…魔法の剣じゃないの?」
「他に手に付けている物はないのか!!?」
俺は剣をベッドに置き、両手をじっと見つめた。
左手、何もなし。右手、何も…一差し指で目が留まった。
皆さん覚えていらっしゃるだろうか?俺が就任の儀で剣と共に貰った『ある物』を?
「ま、まさか…いやそれはないでしょ?」
<やっと気付きおったか、小僧め。>
「…『指輪』なのか?」
<何故、剣だと『さん』で指輪だと呼び捨てなのだ!>
「すみません、指輪さん。」
<まったく、ずっと呼び掛けていたのに言うのに、全然気付かないし、困ったものだ。>
「本当に?いつから呼び掛けてくれてたんですか?」
<いつって、小僧が指輪を付けた時からじゃ。>
「えー!ずっと呼んでくれてたんですか?」
<ん…い、いやまぁ、たまに休んだ時もあったような、なかったような気がするのー。>
「…なんか怪しいなー。例えば、どんな時に呼び掛けてたの?」
<……小僧がベッドで横になっている時とか…夢を見ている時とか…>
「いや、それって俺が寝ている時じゃん!てか、軽い安眠妨害?」
<う、うるさいわ!わしは基本、夜型なんじゃ!それに結局気付かなかったんだから安眠妨害にはならん!……はず。>
「指輪に昼も夜もあるのか?」
<指輪、指輪言うな!わしにはちゃんとした名前があるんじゃ!>
「へぇー、教えてよ、名前。」
<ふん、心して聞けよ。わしの名は、『ブリュエール・ロッシュフーコー・ガッサンディー』じゃ。>
「これまた覚えにくい名前だねー。」
<うるさい!小僧にわしの唯一にして無二の主、ベラギウス・オースティンの付けた名前を馬鹿にされたくはないわ!>
「ベラギウスって初代国王の?」
<そうじゃ。>
「じゃあ、君はけっこう年寄りなんだね。」
<そうじゃなー、だいたい千二百歳くらいかのー。>
「ふーん、じゃあ性別は?」
<見ればわかるじゃろうが。>
(…指輪の性別は見ただけじゃわからんだろー。てか、性別があるのかすら疑問だな。)
<何じゃとー!わしをナメておるのか小僧!>
指輪が大声を出したせいで、また耳鳴りがした。
「ちょっ、声でかい。またティナに怒られたらどうしてくれるんだよ?……てか、俺が頭で思った事なんでわかったの?」
<ふん、そんな心配必要ないわい。わしの声は小僧にしか聞こえんからな。それにわしを身につけている限り、お互いの考えや感情はほとんどわかるわい。>
「えっ、そうなの?」
<小僧が聞いておるわしの声はわしの思考を直接頭に送り込んでいるだけじゃ。だから、小僧も声を出さずにわしと会話が出来るぞ。>
「マジか!じゃあ、俺もやってみるかな。」
俺はブリュエールに言われた通り、頭の中に言葉を浮かべてみた。
<…こんな感じか?聞こえてる?>
<うむ、聞こえておるぞ。>
<きっとテレパシーってのはこんな感じなんだろうな。>
<何じゃ、『テレパシー』というのは?>
<いやいや何でもない。そっかぁ、考えがわかるって事は、ブリュには隠し事も出来ないっ事か。>
<考えを隠したいのなら頭の中に壁を意識するといい、そうすれば小僧とわしの意識が遮断される。まぁ、壁を作るには少し練習が必要じゃがな。それより、『ブリュ』とは何じゃ?>
<ブリュエールのブリュなんだけど…ダメ?>
<…まぁ、よかろう。>
<よし!これからよろしくな、ブリュ。>
<ふん、任せておけ小僧。>