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訪れた幸せな日々



 タイガが嬉しそうに目の前に花を差し出す。ヒノデに来て、もう数ヶ月経っていた。私が起き上がって動けるようになり出した頃から、前みたいにタイガは私に色々なものを持ってきてくれるようになった。


 実家にいたときは人間に馴染むように姿を偽っていたらしい。タイガのツノはどんどん立派になっていくし、体格はトウガさんに似てきた。


「今日はお花、なのね?」

「たくさん咲いてるところがあるんだ、一緒に行こう」


 昔は見せるために持ってきていただけのものが、今では一緒に見に行こうなどのお誘いのためのものになっている。


 タイガが手袋をしてから私の手を引く。外に出れば、眩い日差しが私の体を照らしつける。ふらりと昔の私だったらしていただろうに、ヒノデに来てから私の体はどんどんと健康になっていった。今では走れるし、ちょっとやそっとじゃ寝込むことも無くなった。


「あの国がきっと合わなかったんだな。もっと早くに連れ出せばよかった」


 走り回る私を嬉しそうに見つめてタイガは毎回口にする。花畑の真ん中で、タイガに教えてもらいながら花冠を編む。タイガはとても器用にさくさくと作り上げていく。


「はい、プレゼント!」


 首に花のネックレスを掛けてくれて「似合う?」と笑えば「似合うよ!」と、当たり前だと言わんばかりに褒めてくれる。


「シフォン様が見たいもの他にない?」

「タイガがキレイだと思うものが見たい」

「今度海にも行きたいな。シフォン様も絶対気にいるよ」

「うん、いってみたい!」


 タイガがくれるものは、私の日常をどんどん彩っていく。色づいていく日々が楽しくて、本当の家族のことをすっかり忘れ去っていた。


「タイガ様……」


 私の実家に残っていた隠密の一人が帰ってきたらしい。タイガの耳元でコソコソと囁いている。実家のことだから、気になって耳をすませてみたけど、どんな内容かわからない。


「どうしたの?」

「シフォン様は気にしなくていいよ」

「教えて」

「でも」

「お願い。知る権利があるわ。私の家のことだもの」

「……爵位を取りあげられて、平民になったってさ」

「そう……シャーリーは? 料理長は? 次の勤め先は見つかってるの?」


 思い浮かんだのは、お母様のようだったシャーリー。そして、私のためにスープを作ってくれていた料理長のことだった。潰れた貴族の家で働いていた人間など、きっと縁起が悪いと避けられてしまうだろう。


「そういうと思ってこっちに呼び寄せてる。二人が望むならだけど」

「本当に? また会えるのね?」

「二人が望めば、ね」


 シャーリにまた会える。そのことに喜びで胸が震えた。


「ありがとう、タイガ。本当に感謝してもしきれないわ! お母様に仕えていただけで、こんなに良くしてもらって、私何か、返せるかしら」

「ただ笑っていてくれるだけでいいんだよ。俺は、アカネ様も好きだったけど、シフォン様も好きだから」


 好きと直接に言葉にされて、カァッと胸が熱くなる。ぽわんっと胸の中で花が咲いた感覚がした。


 あ……これが、開花……なのかしら。


 タイガと過ごしてきた日々を思い返す。私は、いつのまにかタイガのことを好きになっていたのね。


「あのね、タイガ……」

「どうした?」

「私、どうやら目覚めたみたい」


 ぽかんと首を傾げるタイガに、出来上がった花の冠を被せる。そして、抱きつけばいつもは火傷しそうなくらい熱いタイガの体温が心地よいことに気づいた。


「今日は、熱くないのね……?」

「ま、待ってくれ、シフォン様?」

「どうしたの?」

「熱くないのか?」

「熱くないはね、ちょっと温かいくらいかしら」


 痛いくらいに力強く抱きしめられて、頬に口付けをされる。


「愛してる!」

「き、急にどうしたの?」

「俺ら赤鬼族は、体温が高いんだ」

「そうね、トウガさんも、アカリさんもとても熱いものね」


 いつも撫でてくれる手は熱くて、ぷしゅっと熱が出そうになる。


「想いが通じ合ってる相手は、熱く感じないんだ」

「通じ合ってる相手は……って、タイガも私のことを好き、なの、えっと、それは、そういう意味で?」

「ずっと、ずっと好きだった。だから、ずっとそばで見守ってきたんだ。最初は、アカネ様への恩からだった。それでも、話していくうちに自分の体が辛いはずなのに周りへの思いやりを持つシフォン様の優しさに惚れ込んでいたよ」


 まっすぐに私の目を見つめてそんなことを言うから、恥ずかしくなってくる。


「それに、俺のこの姿を見ても怯えなかっただろう?」

「だって、タイガに変わりないじゃない。見た目が変わったからといって中身が変わる?」

「そういうところが大好きなんだよ、シフォン様」


 ちゅっともう一度私の頬に口付けをしてから、タイガは私を抱き上げた。


「オセキハンを炊いてもらおう! 今日はお祝いだ!」

「オセキハン?」

「赤いオコメで甘い豆が入ってるんだ。ヒノデでは良いことがあった日に炊くんだよ」


 タイガに振り落とされないようにぎゅっと抱きつけば、タイガはぐんぐんとスピードを上げて家に戻っていく。


「父さん母さん!」


 家に揃っていたトウガさんとアカリさんが私たちを見て、驚いた顔をしてから、笑顔になった。そして、私を抱き上げてるタイガごと私を抱きしめて、名前を呼んでくれた。


「通じ合ったのね、あなたたち!」

「お祝いだ! セキハンの用意をしろ!」

「これからは、お義母さんとおよび!」

「気が早いだろ、母さん」

「昔からの夢だったんだ、アカネ様と冗談で話した日から。ずっとずっと、そうなったらいいと願いながら! いつか、子どもが生まれたら、アカリの子供と両思いになったりして、と、家族になったら楽しそうね、って笑ってくれたあの日から!」


 アカリさんが涙を浮かべて、私に顔を近づける。


「シフォン様、ううん、シフォン。今日から私の娘だよ」

「おかあさま?」

「そうだ、アカネの代わりに私が、シフォンのお母さんになるんだ!」


 トウガさんもアカリさんも涙を流しながら、お互いの背中を力強く叩き合っている。タイガは呆れたように、私を抱きしめたまま、くるりと二人に背中を向けた。


「俺のお嫁さんだからな! 母さんも父さんも、そこは忘れないでよ」

「タイガのお嫁さんになるの?」

「いやか?」

「ううん、いいの? タイガと私、家族になって、いいの?」

「シフォンが許してくれるなら」

「嬉しいわ」


 タイガが私の頬にすりすりと擦り寄るから、ツノが私の髪の毛を押し上げる。


 *  *  *


 シャーリーが私にメイクをしながら、涙を浮かべている。


「お嬢様が幸せになって……それをそばで見守れて……私は……私は……」

「シャーリー、もう泣かないで。これからも一緒に過ごせるんだから」

「料理長も……もう料理長じゃありませんが。張り切ってケーキを作ってましたよ」


 料理長もシャーリーも、結局タイガの提案に頷き、今ではヒノデでのタイガの家で暮らしている。シャーリーは私のメイドとして。


 新しいお義母さんと、母親代わりのように私を愛してくれたシャーリー。二人に囲まれて、私は今最高に幸せだ。


 袴という服を着たタイガが部屋に入ってきて、私を抱き上げた。


「いくぞ!」

「歩けるのよ、もう!」

「初めてのキモノは歩きにくいだろ」


 確かに歩きにくいけど。シャーリーも、タイガを咎めることなく、笑顔で見送っている。部屋から出れば待ち侘びていたみんなが、私たちを祝福するように花を撒いた。


 ヒノデの文化と私の国の文化が混ざり合った結婚式は、知らない人から見たら異様かもしれない。それでも、確かに幸せの形をしていた。


「一生隣で幸せにする」

「タイガのことを私も一生幸せにするわ」


 見つめあって誓い合えば、指輪を差し出される。左手の薬指にお揃いの指輪を、はめ合う。みんなが見てる前でキスをされて恥ずかしくなれば、タイガは大声で雄叫びを上げた。


 シャーリーも、トウガさんも、あかりさんも涙を浮かべて、私たちを見つめていた。


 これが、今の私の家族。一生大切にしようと、決意しながらタイガを見上げる。タイガは微笑んで私を肩に担ぎ上げた。これは、赤鬼族の結婚の慣わしらしい。


 花嫁を肩に担いで見せびらかすらしい。タイガの肩の上はゴツゴツとしていて少し不安定だけど、ぎゅっと支えてくれているからあまり怖くない。それでも、走られたら怖いのは想像できた。


「タイガ、ゆっくり、ゆっくりね」


 小声でお願いすれば、タイガは当たり前だろうという顔をして頷いた。


「愛するシフォンの願いは全部叶えるからな!」


 家から飛び出せば、キラキラの光に包まれる。街の人たちが私たちを見るたびに、拍手をしてタイガの背負っているカゴにオモチやお菓子を投げ入れる。お祝いの歌を歌いながら。


 お祝いの歌が、私には聞き覚えがあった。遠い昔、生まれたばかりの頃の微かな記憶。お母様がきっと、私が生まれたことを祝って歌ってくれた歌。


 お母様、私、お母様の国で今幸せです――


 <了>

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