4、隣国マンチェスターへ
「ちょっといいか?」と近くのカフェまで引っ張って行かれた。この辺りは人通りも多いの変に騒ぎを起こしたくなかったし今の自分の身の上は不安しか無い。これ以上何かあったらちょっと困る。近くにカフェがあったのは助かった。
「・・・・すいませんが個室を」とハリーが店員に頼んでいる。一体何なのだろう?
「すいませんが、個室は今はここだけしか空いて無いのですが、こちらでも宜しいですか?」店員に案内されてその個室へ入った。こちらの世界へやって来て初めての出来事だ。エメラルドは初めて入るお店にキョロキョロした。
そんなエメラルドを見てくすりと笑ったハリーは「そう言えばお前何んにも知らないんだな。それなのに良く平民に下がるなんて良く言ったな!!ハハっ」と笑い出した。
「もう、煩いわね。それでハリー、一体何の用?私の世間知らずを笑いにここまで来たんじゃ無いんでしょ?」と聞いてみた。
「ああ、そうだよ、これ。王妃様からエメラルドにって預かって来た」と袋を差し出した。袋をそっと開け中身を確認したら結構な額の金貨だった。
「こんなに。いったいどうして?」と呟くと、「妃殿下はいつもお前の事を気にかけてらしたよ。早いうちから家族と切り離され厳しい教育をまじめに受けてたからな。これは妃殿下の個人資産から出された物だ。安心して持って行くと良い」とハリーはエメラルドの手を取るとその小袋ごと大きな手でぎゅっと握らせてくれた。「エメラルドお前の頑張りをこうして認めてくれている人もいたんだよ。・・・・あんまり落ち込むな」
王室全員に嫌われているとばかり思っていた。そんな風に思ってくれていた人が1人でもいる。
エメラルドはハリーの手で包まれた自分の手が温まるのと同時に、寒かった心もぽかぽかと温かくなるのを感じた。
ハリーはエメラルドの手を離すとお茶を飲みながら「これから一体どうするんだ?」と聞いてきた。
「うん、私はこの国から出ようと思ってる。この前にも言ったよね?私はこの国の記憶が無いんだ。どうせだったら一からやろうかなと思って。」
「ふんっ!元貴族のお前に何が出来るんだよ」とハリーが揶揄する。
「悪いけどおそらく家事ならひと通り出来るよ。その辺りは記憶にあるんだ。」
「えっそうなのか?」
「うん、だからまず住み込みを探すの。」とここまで言うとハリーは押し黙った。そして何か考えついたように
「エメラルド、俺も行って良いか?」と聞いてきた。
「えっ、でも騎士団が。。。」
「辞めて来た」
「ええ~、何故?どうして??もったいないよ。今からでも謝ってもう一度騎士団へ・・・」と言うとハリーはガシガシと頭を掻きながら、
「今回の一件は俺に取っても不愉快だった。あまりにもお前の話がおかしいと思って俺なりに調べたんだよ。でも調べれば調べるほどお前は白だった。素人同然の俺が調べてもお前は無実なのに、一時の情欲だけでお前を嵌めた王子や王家に忠誠心なんて有る訳は無い」と一気に話すとゴクリとお茶を飲み干した。
「でも・・・・でもハリーのご両親は悲しむと思う。そんな事は辞めてあげて。私に同情してくれるのは分かるけどそんなのダメだよ」と小さな声で呟く様に伝えた。
そんなエメラルドの気持ちを押し流す様にハリーは「じゃあ単刀直入に言う。前からお前が好きだった。今までお前はあいつの婚約者だった。でも今は違う。俺と結婚しよう」と私の目を見て真っ直ぐに伝えて来た。
「まず俺たちが隣国マンチェスターで生活基盤を作るんだ。それが出来れば一度お互いの両親に話そう。それでどうだ」
「ーーーーでも」
「そして、俺と一緒なら大きなメリットがあるぞ。戸籍を取ったりはし易い。大事だろ?」
「あっ、もちろん夫婦って事で」
「あの。。。」
「何だよ?」
「ごめんなさい、すいません、せめて兄妹で。」
「えっ、嫌なのか?」
「違うんです。私本当に貴方との記憶が無いんです。なので。。。」
「あぁ、そうか。そりゃそうだよな。わかった。兄妹で行こう。・・・・ただ俺の気持ちは真剣に考えておいて欲しい」
確かにハリーはこの時そう言っていた。
・・・・だがしかし
ーーーーそれから3年後
隣国マンチェスター王国。首都リンゲンの小さなアパートメントの1室。窓辺には色々なお花が飾られ可愛らしいレースのカーテンがその部屋の住人が若い子だと表している。
そして朝からコーヒーとパンの焼ける良い匂いが部屋中に漂う。
「ねぇ、ハルそろそろ起きないとだめよぉ。ご飯出来てるわよ~」と話す内容とはかけ離れた野太い声がする。
「んー、ハリーもうちょっとだけぇ」
「んもぅ、アナタ今日は王宮って言ってたでしょ?」
ハリーはなかなかのオネェになっていた。それも母親属性強めの。
ーーーーどうして!どうしてこうなった?
2人で祖国を出たのはいいが、王妃様から貰った資金を宛にせずに頑張ろうと話し合いで決めたため、早々に経済的にピンチを迎えた。
どうしよう?どうする?とアイデアを絞る2人。この時にエメラルドは波瑠おばあちゃんの名前を貰い「ハル」と名前を変え、ハルはハウスメイドに登録しその容姿と資質を買われ現在は公爵家での勤務になっている。ハリーは騎士団に在籍していた腕を活かして夜のお店の用心棒になった。
ハリーは用心棒として雇われた店の店主に惚れ込まれ、とうとう自分自身の根幹を見直し生きる道を大きく変更した。まぁ、本人が幸せそうなら良いわ。自由って素晴らしい。とハルは得心している。
ハルは今日は奥様と共に王宮へ上がる。謂わゆる女子会へのお供だ。
なので今日はメイドのお仕着せでは無く途中から瀟洒なドレスへ着替える。公爵家のメイド達にいつもの出勤時間より2時間程早めに来て欲しいと言われていたのだった。
ハリーのバランス良く作られた心の篭った朝ごはんを食べて、水をコップ1杯飲んでから、洗面所で長い髪を1つに纏め薄く化粧を施し身支度を整える。
玄関先で「じゃあハリー行ってくるわね」とハリーに告げると「気をつけて行くのよ。今日は私デートだから先に休んでて?」と彼自身の何ともコメントの返しようの無いスケジュールを告げられる。
アパートメントを出て勤め先のランピエール公爵家までは歩いて行く。今日はとても良い天気だ。歩きながらハルはこの国に来た時の事を思い出していた。