09.決着
「姉さん……きいて、私とベアードはあの夜同じ部屋で夜を過ごしたけれど、男女の営みはしていないの」
ビアンカが泣きそうな顔をして言った。
「私はベアードを受け入れる準備ができていた。でも、ベアードは……」
「男のものが、どうしても立たなかったのだ」
ベアードが後を引き継いで言った。
「結果としてできなかった、というだけのことだ。私も王命と、君の提案を受け入れるつもりだった。君を裏切ろうとしていたことには変わりない。だが、私はビアンカとは、あの夜ただ同じ部屋で眠っただけだ」
エレーヌの顔面はさらに血の気が引いたようになった。
「……うそ。うそよ」
「本当だ。だが、繰り返しになるが結果としてそうなっただけだ。君を裏切って傷つけたことには違いない。それは謝る」
「不倫断罪官をおびき寄せる役割は私が担ったの。私はヒルメン子爵と不倫をしていたから」
「そんな……」
「姉さん、ベアード。今なら事態は隠蔽できる。オートマータを研究所の中で解体して証拠を隠滅すればいいわ。不倫断罪官には手傷を負わせたが逃げられた、そういうことにしておけばいい。私たち三人が黙っていたらあとは誰にも分からないわ」
ビアンカが素早く二人の顔を見て提案した。
「あとは執事のトーマスの口を封じる必要があるかもしれないけれど」
「ビアンカ……」
ほとんど思考が停止した状態で、ベアードは力なくビアンカを見つめた。
ビアンカの提案は魅力的なものに思われた。不倫断罪官にまつわることは、三人だけの秘密として今後、墓場まで持っていく。
それでエレーヌは守られる。
「あはははははっ」
エレーヌは突然狂ったように笑いだした。そして、どこから取り出したのか貴族の子女が身を守る、あるいは自害に使うための短剣を手に持っていた。
「姉さん……?」
「だめよビアンカ、ベアード。私が私自身を許すことができないもの」
ビアンカは自分ののど元に短剣の先を突き付けながら、こっちに近づいてきた。
「やめろエレーヌ。お願いだから、やめてくれ」
エレーヌは床に転がされたオートマータにゆっくりと近づき、その背に手を触れた。
「そろそろ自動修復が完了するころだと思っていたわ。動きなさい不倫断罪官。不倫・断罪・貴族」
古代の自動人形はゆっくりと立ち上がった。オートマータは再起動した。
「生きていく勇気もないけれど自害する勇気もないの。死なせてベアード。あなたを愛している」
オートマータに向かってエレーヌは手に持っていた短剣を放り投げた。
「不倫・断罪っ!」
仮面の外れた不倫断罪官の声は居間の中に低く響いた。
「やめろーっ!」
ベアードは剣を抜きはなち不倫断罪官に切りかかろうとしたが、不倫断罪官がエレーヌを裁くのが早かった。
エレーヌの短剣はオートマータの手によってその胸に深々と突き立てられた。
エレーヌは古代語で何事かを言い、オートマータの腕に触れた。オートマータは停止して崩れ落ちた。
「エレーヌ、おお、エレーヌ!」
ベアードは命を亡くして倒れた妻の上体を抱え、何度もゆすって髪をなで、そして口づけた。
ビアンカは姉の足にすがって、ただ泣くばかりであった。
事件は古代人形の暴走と、責任を感じた錬金術師の自殺ということで報告され、処理された。
王都を震撼させた不倫断罪官にまつわる事件の、これが顛末である。