08.不倫・断罪
「なぜシアは死ななければならなかったのか。神の前で永遠の愛を誓い合ったはずの男女が、なぜ不倫をするのか。不倫は王都の文化だなどと口にしてはばからない貴族たちを私は特に憎んだわ。シアの夫だったドルム子爵のことはなおのことね」
青ざめた顔に見えたエレーヌの顔に、血の気がよみがえってきたようだった。思い出し怒りが彼女にかりそめの活力を与えたようにベアードには思われた。
「ドルム子爵を狙い撃ちにできたらそうしたのだけれど、あいにくとオートマータに細かい指図をすることはできなかった。だから不倫貴族を皆殺しにしてやろうと思ったのよ。不倫・断罪と命じたのちに、貴族という古代語を追加した。これは成功したわ」
「エレーヌ、君は自分のしたことを分かっているのか……?」
ベアードは茫然とした気持ちで妻に問うた。口から出た言葉は自分でも驚くほどに弱々しかった。
「そうね。分かっているつもり。不倫は罪だけれど、命を奪われるほどの大罪ではないと、そうあなたは言いたいのでしょう?」
「それほどでに不倫を憎みながら、この私にビアンカとの不倫を薦めた君の気持ちが分からないよエレーヌ」
ベアードは言った。
「私の怒りは止まらなくなって、いつしかオートマータが不倫貴族を成敗するたびに心地よさを感じるようになったわ。そうなれば王都一の剣の達人であるベアード、あなたに討伐命令が下るということも容易に予想は付いた」
エレーヌの顔に沸き上がった怒りの血色はもう引いて、再び紙のように白くなっていた。
「いずれあなたが、不倫断罪官と呼ばれるようになった私のオートマータを打ち砕くだろうと思っていたわ。そして私はあなたに裁かれることになるでしょう。そこで私は思ったの。あなたの愛を試してみようと」
「……エレーヌ」
「あなたが王命より私を取るのかどうか。不倫断罪官をおびき寄せるために当人が不倫をするべきだという進言は、私がターレル伯爵夫人の耳にささやいて王宮に進言していただいたのよ」
「!!」
ベアードは愕然とした。
「あなたは私よりも王命を選んだわ。あなたを誰かに取られるというのは考えるだけでもこの身を引き裂かれそうなほど苦しかったけど、相手がビアンカならまだしも許せるかと思った。そして、ビアンカがあなたとの不倫を承諾することも私にはわかっていた」
「エレーヌ。おお、エレーヌ」
ベアードは苦悶した。エレーヌの気持ちがベアードには全く理解できなかった。
「あなたが王命を断って不倫をしないと言ってくれたなら、私はオートマータを停めて全てを打ち明けるつもりだった。その上で王宮に出頭するか、あるいは、あなたが許すというならばすべてを無かったことのようにしてひっそり生きていこうかなどと、虫のいいことを考えたりもした」
エレーヌの顔には深い悲しみの色が浮かんでいた。
「だけどあなたは王命を受諾し、ビアンカとの不倫の提案も受け入れたわ。だから私も、あの夜執事のトーマスに誘いをかけて不倫をしてやった! ベアード、あなたへの当てつけに身分卑しい使用人と私は寝たの!」
「姉さんっ! ……なんてことをっ!」
ビアンカが大声で叫んだ。