06.不倫断罪官との戦い
ベアードはレイモン伯爵を背にかばって剣を抜き放った。
そして、後ろを振り返らずにそのまま、
「お逃げくださいレイモン伯爵っ! ここはわたくしがっ!」
と叫んだ。
「おお、おお。ベアード殿。かたじけない。この恩義はいずれ必ず……」
背後にレイモン伯爵の震え声が聞こえ、逃げ去っていく足音が聞こえた。
「ビアンカ、後ろにいるか? 油断するなよっ!」
「大丈夫よベアード!」
あの夜以来、二人はかつてベアードが少年だったころのように、親しく呼び合う仲に戻っていた。
不倫断罪官と呼ばれるその怪人は、レイモン伯爵を仕留め損ねたことは特に気にしたそぶりもなかった。
剣を構えて立ちふさがったベアードに標的を切り替えたものか、右手にぶら下げた剣をゆらあ、と振り上げながらこちらに近づいてくる。
ベアードは先手を打って素早く仕掛けた。
正体を暴いて目的を聞き出すために生け捕りにする、ということは最初から考えていない。
相手はかなりの剣の使い手だと睨んでいたから、最初から殺すつもりでかかる構えだった。
風のような素早さで相手の懐に飛び込んで、その心臓をえぐるつもりで必殺の突きを繰り出した。
しかし、不倫断罪官は素早く右半身になって身体をかわし、そのまま体をくねらせるようにして突き返してきた。
「ちいぃっ!」
ベアードは痛みに思わず舌打ちした。
不倫断罪官の繰りだした突きはわずかにベアードの左上腕をかすめていた。
とっさにかわしたつもりだったが、すんでのところでよけきれなかった。
不気味に無表情な白い仮面の奥から、
「不倫・断罪っ!」
という、男のものとも女のものともつかない声が漏れてきた。
そして、不倫断罪官は信じられないほどの素早い動きでベアードの横を駆け抜けた。
「しまった!」
ベアードは、先ほど不倫断罪官の突きをよけようと右に体をかわしたところだった。
ベアードの左上腕をわずかに切りつけた後、怪人はベアードを無視して背後のビアンカに向かって走ったのだ。
「盾よっ!」
ベアードが恐れと共に振り返ると、ビアンカは魔法の力で守護の盾を呼び出して不倫断罪官の剣戟を受け止めていた。
「ベアード、早く! こいつを後ろから突き刺して! 守護の盾は長くはもたないっ!」
一瞬体を硬直させていたベアードは、我に返って怪人に向かって走り、その背中から襲い掛かった。
「御免っ!」
ビアンカを襲撃して動きを止められていた不倫断罪官の背後から、心臓を狙って剣を突き入れた。が、硬い。
(服の下に甲冑を着ているのか!?)
ベアードは大柄な自分の身体の全体重を剣に押し込めて、怪人の身体を貫いた。
不倫断罪官と呼ばれていた何者かは、動かなくなってその場に崩れ落ちた。ガラガラ、という音を立てて。
「こいつは、人間ではないっ……」
剣を突き刺した異様な感触がまだ手に残っていた。ベアードは言った。
ビアンカは地面に倒れた怪人の仮面をはぎ取って、そっと言った。
「オートマータ」
「なんだとっ!?」
ベアードは思わずビアンカの顔を見た。