05.追憶2
エレーヌのために本を運んだその日、ベアードはそのままダイモス邸に招かれた。
錬金術師ダイモスは人嫌いと聞いていたが、お茶の時間だとビアンカが呼びに行くと奥の研究室から出てきた。
「誰かね、この少年は」
見知らぬ人間が邸宅内にいるという事実に、ダイモスは戸惑ったようだ。
「は、は、初めまして。僕はベアードと言います」
錬金術師という人種を見るのが初めてだったので、ベアードは緊張しながら言った。
「お父様が読みたがっていた本が重かったので運ぶのを手伝っていただいたのよ」
エレーヌがにこやかに言うと、
「おお、それはかたじけない」
と、意外にも愛想よくダイモスはベアードのほうを見て笑った。
どういうわけかベアードはダイモスに気に入られたようだった。
ベアードにはよくわからない研究の成果を、ダイモスは熱心に詳細に語って見せた。
なんでも、古代の遺跡から発掘されたオートマータという人形の復元作業を行っているのだという。
それは人の命令に忠実に動くもので、武骨なゴーレムなどとは違って精細な動きもできるのだという。
ベアードはそれほど興味をひかれず、ほぼ何を言われているのか分からなかった。
しかし、ダイモスと仲良くしているのを見てエレーヌがほほ笑んでいるので、ベアードは嬉しかった。
「そのオートマータはこちらの言うことを何でも聞くのですか?」
「そうじゃな。料理を作れと言えば作ってくれるだろう。ただ、命令は古代語で行わなければならない」
「はあ。それでは古代語が分からなければ命令のしようがありませんね」
ベアードは自分なりに考えて話を合わせてみたのだが、ダイモスは喜んでくれたようだ。
「わしはこの研究に生涯を捧げるつもりでおる。ベアード君、君も錬金術師を目指してわしの研究に加わらぬかね?」
冗談なのか本気なのか、ダイモスはぐいっとベアードに迫ってきた。
「あ、いえ。大変魅力的なお話だとは思うのですが、私は武門の子でして……」
ベアードはたじたじになりながら断った。
「そうかね。それは実に残念だ。助手がエレーヌひとりだけでは手が足りなくてな。ワシにはもう一人娘がいるのだが、こちらはとんと役に立たないと来ている」
「あらご挨拶。私は魔導学院での勉学に忙しいんです。お父様の道楽に付きあっている余裕はありませんっ!」
「このざまだよ」
錬金術師ダイモスは、ベアードに向かって大げさに落胆してみせた。
「その……、時々おうちの雑用をお手伝いさせていただくくらいなら、僕にもできるかと思いますが」
「なに、本当か? もちろん報酬は出す。掃除に片付け、庭の草むしりなど、色々やってくれたらそのぶんエレーヌの手が空く」
「ちょっと、お父様っ!」
「いいですよダイモス先生。喜んでやらせていただきます!」
こうして、ベアードはエレーヌの家族と親しく付き合うことになったのだった。