02.妻の妹
エレーヌの妻ビアンカは顔立ちこそ妻そっくりであったが、性格はエレーヌが言う通りまるで違っていた。
エレーヌがしとやかに咲く白い百合の花だとしたら、ビアンカは赤いバラだろうとベアードは思う。
「詳細は姉から伺っています。どうぞ、お入りになって」
高名な魔術師ソラールの未亡人であるビアンカは、夫の持ち物であった簡素な邸宅に居を構えていた。
ベアードが妻エレーヌに王命のことを話した翌日には早速エレーヌがビアンカの家を訪ねて話を通してしまったらしい。
妻公認で妻そっくりの顔立ちをした義妹と通じる、という異様な状況にベアードは落ち着かなかった。
ビアンカよりずいぶん年上だったソラールは、確か3年前に亡くなっていたはずだ。
義妹の夫の死去ということで葬儀に参加したかったのだが、その日は折悪く王宮で開かれた剣術大会と重なってしまったと記憶している。
「王命とはいえ、ベアード様も大変ですわね」
あっけらかんとした調子でビアンカは言った。顔に明るい微笑みさえ浮かべている。
「その……、エレーヌから聞きましたが、あなたのほうは承諾した、と」
「ええ、その通りですわ」
ビアンカはなんでもないように言った。
ベアードは話の接ぎ穂を失って、押し黙ってしまった。
ビアンカは察したようで、自分のほうから話題を振ってくれた。
「その、不倫断罪官? という何者かについて、ベアード様がお知りになっていることを教えてくださいます?」
「ああ、もちろん構わない」
ベアードはホッとして話し始めた。
不倫断罪官、という名前は王都の処刑執行官になぞらえてつけられた通称である。
姿を見たものによると、細身で背はやや高いくらい。黒づくめの衣装を身にまとい、顔には白い仮面をかぶっていたという。
ヒルメン子爵が殺害された夜に、子爵と同行していた執事の男がそれを目撃して生き残っていた。
執事はあるじを守ろうと細身の剣で応戦したがまるで歯が立たなかった。
「不倫・断罪っ!」
という声が仮面の奥から聞こえてきて、怪人は長剣を振るって子爵を一刀のもとに切り捨ててしまったのだという。
その時は執事の証言に疑いの目が向けられ、ヒルメン子爵殺害の容疑者としてその執事は拘束されてしまった。
しかし、その翌日にカールトン男爵が同じように不倫断罪官によって殺害された。
その時は、男爵とは無関係な、裏路地に居た身分の低い酔っ払いがたまたま現場を目撃していた。
その男の証言がヒルメン子爵の執事の証言とほぼ一致していたため、執事はようやく解放されたのだという。
「それ以来、王都では貴族が次々と殺害されている。多くは男性だが中にはご婦人もいて、周囲の証言によればその誰もが不倫をしていたという」
ベアードはそう言って話を終えた。