01.武名の男爵
ベアード男爵は悩んでいた。なぜこの私が不倫をしなくてはならないのかと。
ベアードは妻のエレーヌをこよなく愛していた。
他の女と寝てみたい、という誘惑に一度もかられたことが無いと言えば嘘になる。
だが、誓って妻を裏切ったことは一度もなかったし、これからも裏切るつもりはなかったのだ。
貞淑な賢妻で美しいエレーヌに不満を持ったことなど無かった。
心の底から愛していると誓えるかと言われれば、もちろん誓える。
しかし、こと王命が下されたとなると、これを断ることも出来かねた。
ベアードは剛毅な武人でもあり、普段から決断は早いほうだった。しかし、このことを妻に打ち明けるまでに3日かかっていた。
結局、明敏な妻が夫の悩みに気づいて強く聞き出すという形で、ベアードはエレーヌに王命のことを告げることになった。
「このごろ王都を震撼させている謎の怪人、通称を不倫断罪官と呼ばれている殺人鬼の噂を聞いたことがあるか?」
ベアードはエレーヌに尋ねた。
「ターレル伯爵夫人からそんな話を伺った記憶がありますが、それが何か?」
「その殺人鬼を討伐せよという王命が私に下ったのだ。不倫断罪官と呼ばれる正体不明の何者かは、どういうわけか不倫する男女を憎み、それを断罪する目的で夜に現れるらしいのだ」
「まあ。それは身に覚えのある方々にとっては怖いお話でしょうね」
エレーヌは言った。
「そこで、大臣は王命として私にこう言ったのだ。お前自身が不倫をして断罪される立場になり、その怪人をおびき寄せて返り討ちにせよと」
「あら……」
「よほど断ろうかと迷ったのだが、武勇によって一代限りの男爵位を与えられた私は、恐れをなしたとみなされて爵位を召し上げられるかもしれない。情けない話だが、引き受けるしかなかった」
「それで、どなたか不倫をなさりたいお相手はいらっしゃいますの?」
「いるはずないではないか! 不倫をしたいなどと今まで考えたことは一度だってないっ!」
「私に遠慮なさらなくてもよろしいのよ。王命とあらば致し方ないこと。私はあなたを誇りに思います」
「エレーヌ……。私は一体どうしたら。王命を果たすため、不倫断罪官をおびき寄せるためにしたくもない不倫をすることになろうとは。しかも、まずはその相手から探さなくてはならないのか」
「ならばそうね、私の妹ビアンカではどう? 双子ですから顔も似ていますし、相手は夫を亡くしたやもめです」
「ビアンカ殿と、だと? 顔が似ていると言っても私には区別がつく。それに知らない仲でもないから実に気まずい。そもそも、ビアンカ殿がどう思われるか……」
「妹のほうなら大丈夫でしょう。あの子は私と性格は似ていませんが、男性の好みは似ています。それに、あの子は昔あなたに気があったのですよ? あなたは気づいていなかったようですけれど」
「そ、そうだったのか? まったくわからなかった」
「ともかく」
エレーヌは強く言った。
「王命を果たすためにビアンカと不倫をなさい。妹の方には私から話しておきましょう」