エピローグ 変わった世界と、隠れた異能
鈴華の父親について。
そこはお洒落なテラスのあるカフェ。テラス席で四人がコーヒーを飲んでいた。その四人とは間宮沙希と鈴華の親子。そしてハルとミクと呼ばれた金髪のカップル。ハルとミク、沙希の大人組はコーヒーを、鈴華はココアを飲んでいた。
光希の文化祭を見終わった後、四人はその足でカフェに来ていた。久しぶりにあったのだから話したいと思うのは不思議なことではない。
旧知の仲なのだ。それこそ会うのは年単位ぶり。話すことはたくさんある。
そもそも、鈴華のことで話し合うことはたくさんある。ハルとミクから教材をもらって教わっていることがあるのだ。そのことは沙希には理解できない内容なので二人に聞くしかない。
沙希にはできなくて鈴華にはできることがある。そしてそれを教えられるのはハルとミクしかいないのだ。
「鈴華ちゃん、簡易式神の使い方はバッチシですね。音も映像も聞こえていましたし」
「でしょ?練習機会が少なかったから不安だったけど、みっちゃんの雄姿が見られたから良かったよ〜」
「あれは雄姿って言っていいんだか……」
光希は女装をしていたのだ。そこでカッコいいパフォーマンスをしていたのは事実だが、雄姿というのは憚られる。見目だけならそこら辺の女の子よりよっぽどカワイイのだから。
あの剣舞は見事だったと、ハルは頷くが雄姿とだけは認めたくなかった。
「あのパフォーマンスは素晴らしかった。舞を俺もしているから剣舞の難しさを知ってるけど、あれだけ動けるのは凄いよ。怪我してるとは思えなかった」
「あれくらいの誤魔化しなら光希はできるわよ。腕も大振りにしないで左足を軸にしすぎないようにしてた上に移動も少なくして走らないようにする。そういうテクはあの子上手いのよ」
「俺よりも上手いかもしれない。まあ、俺は剣舞がメインの人間じゃないんだが」
「それを言ったら光希くんは剣舞なんて久しぶりの、色々な役をこなしていた生粋な役者ですよ。昔の『破面ライダー』も見ていましたけど、あれでどうしてただの努力家という自己評価に落ち着くのでしょう?彼は今も昔も天才ですよ」
ハルとミクが光希のパフォーマンスを褒める。ハルは本家の意向で地元の祭り、そこで神楽として剣舞を披露するのだ。そんなことをしている人間から見ても光希の殺陣は良いものだった。
そして眼が特別に良いミクが光希を褒めるということはその才を世界が認めたということ。彼女の眼はハルのものよりもランクが上の、人間が持っていていいものではない。ハルの眼だってかなり特別だが、ミクの眼はそれを超える。
そのミクの眼から見て、光希が天才子役と呼ばれているのは至極当然なこと。才能と努力が合致していたのだから有名になるのは当たり前。
だというのに事前に沙希と鈴華から光希の心情を聞いていて、今日会ってみて。その差異に疑問を浮かべてしまったのだ。
何でこの子は、こんなに謙遜しているのだろうと。
その答えも一緒に視てしまったミクは光希の心理構造が複雑だと知ってしまった。というより間宮家は全員おかしな心をしているのだが、そこまでは指摘しなかった。
この三人は今の自分たちを確立している。そこを部外者の些細な言葉で壊したくなかったのだ。
それはまさしく、神託になってしまうために。
光希のことは棚上げにして、ハルが鈴華の異能について話を広げる。
「鈴華ちゃん。君が陰陽師として基礎的な能力を使えて制御ができていることは確認できた。だからこそ悪用しちゃダメだ。簡易式神による盗聴は緊急時とか、今回のようなイベント以外禁止にする。いいね?」
「はーい。まあ、倫理的にダメってわかるもん。使わないよ」
「よろしい」
そう、鈴華には古代日本では宮中に仕えるために必要となっていた今では廃れた異能、陰陽術を使う才能があった。ハルとミクはそんな太古から陰陽術を継承している家系なので陰陽術を使うことができるが、そんな人間は日本の一億三千万を超える人口を見渡してもほんの僅かしかいない。
鈴華が使える原因は、父親にある。
父親がその数少ない陰陽師だったのだ。しかも悪用するような、倫理観のない屑。沙希はこの男の標的にされて鈴華を孕み、家族と訣別することになった。
陰陽術なんて、実際に見なければわからないものだ。それを一般家庭に持ち込んでも頭のおかしい人間扱いをされるだけ。潔癖症な間宮家の祖母なら尚更だ。
沙希は偶然、日本を旅行していたハルとミクによって悪人は成敗され助けられた。そんな十年以上前からの付き合いだ。
二人は家族への説得に参加しようかと申し出たが、沙希が拒絶した。被害に遭っていた沙希ですら、ハルとミクから陰陽術というものを見せてもらっても信用できなかったのだ。そしてもうお腹に鈴華がいたからこそ手遅れだと思い、一人で突き進んでしまった。
十四歳の母なんて許してもらえるはずがない。だがまだ三歳だった光希には親の保護が必要だった。だから出て行くなら、鈴華を認めてくれないのなら。あの家から出て行くのは沙希しかありえなかった。
ハルとミクはそのことに罪悪感を抱いたのか、沙希の生活の支援をした。産まれた鈴華に陰陽師の才能があると知った時には制御するために付きっ切りで陰陽術について教えた上に、制御用の呪符を渡したり教材を無償で与えたりした。
そんな経緯もあって沙希は二人に頭が上がらないのだ。教材など払うと言っているし、生活を支援してくれたお金も返すと言っても聞いてくれない。
自分たちが止められなかった陰陽師による被害だからと。実家がお金を持っているから問題ないと。そして自分たちは陰陽師の始祖の家系だからこそ手を差し伸べるのだと。そう言って何も受け取ってもらえなかった。
今回のお茶代も受け取ってくれないだろう。恩返しができないのは沙希としてかなり複雑だった。助かったことばかりだからだ。
鈴華の顔立ちが沙希に似ていて、なおかつ外国人らしくない理由は父親が純日本人だからだ。髪の色と瞳の色は遺伝と陰陽師の才能によって変質してしまったが、日本人同士の子供は顔立ちも当然日本人のもの。
一応髪の毛も瞳の色も天然の色なので周囲には父親が外国人としている。純日本人で金髪青目であることはこんなイレギュラーでもない限り遺伝子上ありえない。
そのありえない存在がここにいる金髪カップルなのだが。
ハルとミクも陰陽師としての才能があったために髪の色も瞳の色も変色している。しかもこの二人は陰陽師の世界でもかなりの実力を持っている。できないことの方が少ないくらいに万能というか、特にミクはできないことを探す方が早いくらいに何でもできてしまう。
そんなミクでもできないことはある。沙希の事件を未来視したり、事件を未然に防ぐことはできなかった。未来視そのものもどちらかと言えばハルの分野であり、そのハルも確度はいまいちだったりする。
沙希の事件で改めてそういう悪い陰陽師が潜在的にいるとわかってハルとミクは精力的に全国を回って性根の腐った連中を罰してきた。第二の沙希が出てくることはないだろう。そもそも陰陽師の絶対数が少なく、その上で悪用しようという人間は少なかった。
ハルとミクのことを知っている陰陽師からすれば、彼らは抑止力として有名すぎた。彼らの本家である難波家は陰陽師の始祖である安倍家の末裔なので、そんな名家に喧嘩を売るようなまともな陰陽師はいなかった。
沙希もこれ以上被害が出ないならと、この話はあまり蒸し返したくなかったのでここまでとなった。
「あ、そうだ!わたし声優目指そうと思うんだけど、お母さんいい?」
「別にいいけど……。あなた、本当に光希が好きねえ。結婚できないわよ?」
「事実婚と同棲はできるもん。ねえミクちゃん。わたしの気持ちって変かな?」
「別に変じゃありませんよ?わたしもハルくんの妹みたいなものですし」
「そうなの?ならいっか!」
「いやいや、幼馴染だろ。血縁関係は一切ない」
「まあ叔父と姪ですけど、わたしは別に良いと思いますよ?結婚だけが幸せではありませんし。本当の兄妹でもありませんし、鈴華ちゃんには陰陽師の血もあるので結構特殊な身体をしているんですよ。陰陽師には体内に霊気というものがあって身体の構成が普通の人間とは違うのです。まあ、誤差ですが。なので二人が子供を作っても大丈夫ですよ」
「お墨付き嬉しい〜」
陰陽師は人間と身体の構成が異なる。陰陽師の子供ならそこまで血縁としては身体や遺伝子の変化がないが、陰陽師と一般人の混血は身体の構成が変わって中々身内認定がしづらくなる。
沙希と鈴華はきちんと血縁だと科学でも証明できるが、鈴華と光希になるとそこまで血縁だと証明できないのだ。
これをメリットと捉えるか、デメリットと捉えるか。それは本人次第。
鈴華はもちろん、メリットとした。
「そういえば当たり前すぎて鈴華と血縁調査とかしてないわね。陰陽術のこともあるから調べるべき?」
「しなくて良いでしょう。医者を困惑させるだけです。沙希さんと鈴華ちゃんは家族だ。それで良いでしょう?」
「そうね。お金ももったいないし、しなくていっか。変な力持っててもこの子は私の子供だもの」
「便利だよ?陰陽術」
「便利なんでしょうけど、人目につくところで使わなければ良いわよ。霊気だっけ?それを使って火や水を出せるなんて超能力者って凄いわ」
「平安では当たり前だったんですけど……。浸透しないように安倍家が抑えましたから。夜中に出歩けない世界よりはマシでしょう?」
ハルとミクはそんな世界を知っている。似ている世界では夜中には魑魅魍魎という化け物が闊歩する世界になる。そんな世界に今回はならなかった。ハルとミクが平安時代に頑張った結果異能が飛び交ったり陰陽師が公務員になって命をかけるような世界にはしなかった。
「想像もできないけど、そんな世界もありえたってこと?」
「まあ、その世界だって良いことも悪いこともあったんだろうけど。今の世界のようにほどほどに平和な方がいいだろうさ。俺たちのような陰陽師がありふれていた世界では、光希君は陰陽師としての才能もあった俳優として日本では有名だったよ」
「へー。あの子はどんな世界でも俳優として才能があるんだ。ハル君の想像じゃなければ、面白い話ね」
「並行世界とかはこの世界じゃ娯楽でしかない。信じてもらえるとは思っていないよ」
ハルはそう言いながらコーヒーを口に含む。
彼は星見という力で星から様々な情報を得る。星が覚えている記憶からありえた世界のことを知覚できるのだ。
宗教による魔術の独占が生まれ、宗教戦争を魔術で起こしたとある園に住む女主人が好き勝手していた世界。
陰陽師が公務員として化け物と戦い、ハルやミク、蘆屋道満が暗躍した世界。
ハルやミクが暗躍した世界と同一世界線の、文明がリセットされつつ世界は巻き戻しが起こらなかった、龍に育てられた少年が脳筋を貫いて楽園の女主人の脳を破壊した世界。
科学技術が発展した結果、科学技術とは関係のない龍が突如として現れて地球を焼こうとした世界。
そういう物騒なものと比べればかなり平穏な世界に着地しただろう。
「んー、今更だけど二人って何歳なの?私が会った時から姿が一切変わってないよね?それも陰陽術の力とか?」
「いえいえ。わたしとハルくんは今こういう姿で固定していますが、これは陰陽術よりも上の領域の話です。陰陽師全員が若くて長生きできるわけではありませんよ」
「年齢で言えば一千歳を超えている、と言ったらどうする?」
「……冗談、じゃないんだ」
「嘘を言う必要がないからな」
人間では考えられない話が出ても沙希は驚かない。十年以上前に初めて会った時からずっと同じ姿の二人を見てしまえば、陰陽術という未知の力もあるためにすんなりと受け入れられた。
沙希としては、今の発言から知りたいことができた。
「じゃあさ、二人とも。今度歴史について教えてよ。生き証人から見た本当の歴史ってやつが知りたい」
「並行世界のことじゃなくて、今の世界の歴史で良いのかな?」
「うん。並行世界の話はアニメとかでしか表現できないでしょ。私はドラマの脚本家。現実的な話の方が想像もつきやすいよ」
「仕事に貪欲なことは良いことだ。じゃあ今度電話で話そう。あなたの作品を楽しみにしている」
「任せてよ。ミクちゃんも話してよ?」
「良いですよ。わたしとハルくんはまた違った目線で物事を見ているので、多分解像度が上がると思います」
二人との再会によって沙希と鈴華のこれからが変わる。
沙希は凄く説得力のある時代劇の台本を書ける脚本家に。
鈴華は光希と同じ舞台に立ちたいがために声優養成所に夏から通うことを決める。何が必要なのか、入る前にどういうことをすれば良いのか。それを聞くために光希の元へ入り浸ろうと考えていた。
光希を巡る争いは、激化していく──。
一旦この作品は完結とします。
鈴華の父親の回収はできたので。
来週の日曜日からは「オンモフ」の続きを書いていく予定です。




