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君に、声を  作者: 桜 寧音
三章 高校一年(六月〜)
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とある社長の独白

罪悪感と大人としての手回し。

 光希が怪我をして俳優が絶望的だと知って。

 声優事務所を立ち上げた私は神様なんていないと思った。

 『間宮沙希』は将来を約束された天才子役だった。幼い頃からその演技は子供の枠を超えて視聴者もスタッフも魅了した逸脱者。


 本人は謙遜してただの努力の積み重ねとしか言わないけどね。たとえお姉さんを探すための手段としていたとしても、信念を持ってあそこまで有名になれたのなら誇っていいと思うのだけれども。演技も同世代どころか俳優・声優業界でもかなりのものだというのに。

 『間宮沙希』であって本人だと気付かせないような、役になりきる才能は群を抜いている。動作から声から、役の一つ一つが別人に見えるカメレオン俳優。それを今は声優として遺憾無く発揮している。


 そんな天才が、事故で役者を辞めると聞いて居ても立っても居られなかった。事故というより事件だけど光希が頑なに事故としか言わないからあれは事故ということになっている。本人がそれで納得しているのならそれで良いけど、あれは芸能界では衝撃的すぎる事件だった。

 もうあの演技が見られない。それは私たち共演していた者も彼を雇っていた監督たちスタッフも、ファンも嘆いた。事務所は即時に『間宮沙希』が勉学に集中するために引退すると発表していた。膝と肩の状態から俳優は絶望的だとわかって発表は早くにしていた。


 そして光希は、ベッドの上で絶望しきった顔をしていた。

 腕や足、頭にグルグルに包帯とギブスをつけていて、その姿は痛々しかった。それでも彼が生きていることが嬉しくて、私のことも覚えているようで病室を訪れたら驚いた表情をしていた。

 この時までに私が彼と共演したのはたったの四回。声優として共演したこともあれば、私が俳優として共演したこともある。


 ただ、言ってしまえばたったの四回だ。光希が三歳の頃から出演しているためにかなりの数の作品に出ている中の四作品は少なすぎる。

 だというのに、光希は私の顔を覚えていた。


「流山さん……?もしかしてお見舞いですか?」


「私のこと、覚えていたの?」


「もちろん覚えていますよ。『パールハーバーから恩讐の島へ』、『サイレント・キス』、『PONPONポン!』『モンスターズクラッシュ3』で共演しましたから。四回も共演された方なら覚えてますよ」


 スラスラと共演作を挙げる光希に私は面を食らう。私は光希のことを特別視していたからこそ全部覚えていたけれど、光希側が出ていた作品をそんなにあっさりと答えたことに光希の記憶力に驚いた。

 だってこの時に光希はCMとかバラエティも含めれば四百を超える出演をしていた。私はそんな数の出演をこなしていないし、全部の作品をスラスラと言える自信なんてなかった。作品名が似ていることもあるし、チョイ役の作品名まで覚えていられない。


「特に『モンスターズクラッシュ』なんて僕が吹き替えをやらなくなった原因の作品ですから。流山さんの演技はとても芯があって力強いとても張った声と演技が特徴的で、あんな長時間の収録なのに声が一切衰えないことは流山さんの実力があってこそです。僕はあそこまで声が続きません。あの日も途中で帰ってしまいましたし」


「そうとは思えないわよ?あなたの経験値は私を超えるもの」


「まだ中学生ですから。身体もそこまで丈夫じゃありませんよ。……もう俳優じゃないので関係ない話ですね」


 弱々しく笑う光希は俳優であることを完全に諦めていた。

 走ることができない、利き腕側の腕が上がらない。重い物を持てず、武器を振るったりボールを投げたりできない。アクションも評価されていた彼が動けないとなれば、俳優を演じることを諦めるのもわかってしまう。

 光希は声による演技だけではない。身体の動かし方やちょっとしたしぐさ、表情でも伝えたいことを表し、視聴者にどういう意図だったのかと伝えることに長けた役者が天職のような人物だった。アクションだって中学生にしてはかなり動けて、戦闘シーンは加工などもなく十分様になるレベルだった。


 そんな人物が怪我による引退なんて、惜しまれて当然。

 そしてそんな子に演技を辞めてほしくなくて、私がたまたまタイミング良く立ち上げてしまった事業なら光希でも参加できると思ってしまって。

 できたばかりの事務所に即戦力が入ることを願う社長としての欲が(まさ)ってしまった。


「間宮君。あなた、声優に興味あるかしら?」


「声優、ですか?もしかして流山さんのように?」


「ええ。たとえ走れなくても利き腕が上手く使えなくても。声の演技ができればできる職業よ」


「……最近は歌って踊れて、身体を張ったバラエティも求められているようですけど?」


「踊りはNGを出しておけば良いわ。ミュージカルをやったことがあるんだから歌も問題ないと思うし、あなたという才能を埋もれさせない唯一の手段だと思うけど?」


 実際には演技指導とかの裏方などのように表に出なくても光希の才能を活かす場面はあったと思う。勉強以外のことならなんでもこなせるポテンシャルがあるからどんな業界でも上手く生きられそうな確信はあった。

 その勉強だって子役として忙しすぎて学校に通えずに基礎が固まっていなかったせいだし。結局中学二年から声優としての活動もしつつ勉強したらそれなりの高校に入れたんだから時間さえあれば光希は何でもできちゃうのよね。


 自炊して声優としても細々と仕事をして。それで七年間の勉強を取り戻したんだから十分誇って良いことなのに本人は頑固だから絶対に自分のことを認めない。

 どんな評価も『早く始めたから』『時間をかけたから』と言って受け入れない。たとえ光希と同じように時間をかけて同じ努力を積み重ねたとしても、全員が同じように天才と呼ばれて称賛される俳優になれるわけではないことをわかってないのよ。


「……そうですね。頭が悪い僕はこのまま芸能界で働くことが一番良いのかもしれません。芸能界のことは詳しいですし、声優なら俳優と似通った業界でしょうから。……お金も必要ですし」


「お金?もしかして困窮家庭だったの?」


 子役になる子で一番多い理由は家庭が困窮していることだ。子供はアルバイトでお金を稼ぐまで時間がかかるが、その唯一の抜け道が芸能界で子役になること。

 まさか天才子役が大変な状況だとは思わなかったが、振り返ってみればいつでも真剣だったのはそういう事情もあったのかもしれないと当時は納得した。

 本当は光希の家庭ではなく、お姉さんの家庭の支援がしたくて頑張っていたなんて思いもしなかったけど。


「できるなら三人が問題なく暮らせるお金が欲しいんです。いざという時に使えるお金が欲しくて」


「しっかりしているのね……。そういう意味だとやっぱり早めに声優になった方が良いと思うわ。アルバイトよりもよっぽど稼げるでしょうし、あなたなら仕事にもありつけるわ。吹き替えの仕事を知っているからこそ、実力は申し分ないとわかっているわ。あとは私たち事務所側のフォロー次第でどうにかできると思う」


「契約書とか要りますか?」


「今日は持ってきていないけど次に持ってくるわ。しっかりと確認をして、親御さんと相談してね」


「あー……。わかりました。そっか、まだ父さんに頼らないといけないことはたくさんあるな……」


 自分が子供だからと悔しそうに、でも父親を頼れることを嬉しそうに、とても一言では言い表せないような表情をしながら光希は小声で話す。

 怪我した理由や家庭の状況を後から知って、私が守らなければと思ったのは内緒だ。

 それから声優になったらどんな流れになるのか、住む場所の確認やどういう経緯で中学生声優になったのかということを擦り合わせていく間に来訪者があった。私はそこまで顔が割れていない声優ということであんまり警戒しないままその来訪者に目を向けた。

 その少女は、赤いランドセルを背負った金髪に青い瞳のまだ幼い少女だった。


「みっちゃん、今日も暇してたー?あれ?お客さん?」


「そうそう。昔お仕事で一緒だった流山さん。僕のこと心配して来てくれたんだ」


「みっちゃんのお見舞いに来てくれてありがとうございます!」


 光希と顔立ちの似た少女は元気よく頭を下げた。小学生で髪を染めたりカラーコンタクトとは信じられないので日本人の顔立ちからハーフだと判断する。

 年齢が近く、顔立ちも似ていることから二人の関係性を推測した。


「間宮君、そちらの子は妹さん?」


「いえ、姪ですね。姉さんの娘です」


「そうなの。初めまして、流山と申します。間宮君とは共演したことがあって、その流れでお見舞いに来ました」


「ってことは俳優さんだ!すごーい!」


 姪御さんは目を輝かせる。この時の光希はこの鈴華ちゃんにあまり仕事の話をしていなかったそうだ。会う頻度を増やしてしまうと母親にバレてしまうからと、あとは守秘義務の関係から仕事の内容は頑なに話さなかったらしい。

 たまにドラマや映画を一緒に見るけどその程度だったらしい。

 俳優の仕事もしているけど、メインは吹き替え声優。でもそこは大事なところではないので訂正はしなかった。


 それからは鈴華ちゃんも交えて話をする。俳優という道を断たれた光希が声優という新しい居場所を見付けられて良かったと、利用してしまった罪悪感と混ぜこぜになりつつも今は光希が笑顔で仕事を続けていられることを喜ばしく思う。

 そんな当時のことを思い出しつつ、近寄る土曜日に私は光希から知らされる文化祭の状況を微笑ましく見守っていた。


 光希が学校にちゃんと行き始めたのは中学二年生からだ。一年時はリハビリと声優に転身することと一人暮らしをする云々で忙しくてまともに通えなかった。そして二年生は七年分の勉強を取り返すのに必死。部活動も声優の仕事の関係で参加できなかったためにまともな青春は高校に入ってから。

 高校受験も終えて、声優として忙しくしつつも生活サイクルに慣れて。課外学習は雄大君との関係が身バレするようなことが起きて気が気じゃなかっただろう。


 課外学習と比べては文化祭はそれなりに楽しんでいるみたいで本当に良かった。まさか演目が女装だなんて聞いて、思わず吹き出してしまったけど。カメレオン俳優の面目躍如とばかりに女装してもそこら辺の女の子よりも可愛かった。

 それで子役の女の子たちが絶望していたっけ。


 私が、というより高芒や根本さんに東條さん、津宮君が文化祭に行って身バレをしそうで怖いけれど、クラスにはもうバレているし遅かれ早かれバレてしまうでしょうね。

 その時は身を粉にして働きましょう。それが甘い誘惑に負けてしまった私の責任なんだから。


次も日曜日に投稿します。

感想などお待ちしております。あと評価とブックマークといいねも。

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