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君に、声を  作者: 桜 寧音
三章 高校一年(六月〜)
58/73

3ー3 進む準備

歌。

 火曜日に『浸食のグラナダ』で少し台詞があって、そこで学校を休むんだからと午前中に他の仕事も受けて。今週末に文化祭があるために金曜日の『パステルレイン』の収録も別撮りでする。今週に『星々』の収録がなくて良かった。『星々』は僕が主役だから流石にいないと問題だ。

 水曜日に『パステルレイン』の別撮りをした。けど僕の台詞自体は少なかった。奏太としては言葉も少なく、メインは綾人君の試合の様子だったために僕としてはチームメイトとしての台詞の方がメインになってしまう。予選決勝戦の試合をアニメ二話分使ってやるので奏太の出番は少ない。


 告白回が終わったので奏太の出番としてはまあ少なくなる。ここからは綾人君がメインだ。綾人君がメインヒーローなんだから当たり前の登場頻度になるんだけど。

 そんな収録をしつつ、ついでにと『星々』の主題歌の録音をすることになった。ただ歌の収録となると別のスタジオに行かなくてはならない。収録を担当される方も違ければ必要になる設備も違うからだ。


 もう音源も頂いていて、仮歌も聞いている。仮歌というのは僕たちが歌う前に仮歌を歌う専門の方が歌ってくれているものだ。僕たちはそのメロディラインに合わせて歌えばいい。こういう裏方様のお仕事を尊敬する。こういう方々がいるから世の中にたくさんの歌が出回っていく。

 そういうわけで二番と最後のサビを歌っていく。歌詞はこうだ。


『閉じた瞳の奥で 思い浮かべる幻の世界

 手を伸ばしても 掴めぬ泡沫の夢

 ああ、ここは未知の文明(あかり)

 釣られて踏み込んで 傷付けて

 くすんだ(よごれ)が染み込んで

 息を殺さぬように

 手遅れになる前に


 白と青は似ているんだけど

 キャンバスはもう空いてない

 白と赤は真逆だから

 キャンバスはまだ付け足せる

 (ぼく)はここに、残したい』


 この後に東條さんが歌うCメロが入ってラストサビをデュエットで歌うことになる。とはいえ実際に二人で歌うわけではなく個別で撮ってミキサーさんというかMIXさんが合わせてくれる。だから僕のパートを歌っているとスタジオに来客があった。


「みーくん収録しに来たぜー」


「東條さん?収録って、歌をですか?」


「そう。一番とCパートは収録したんだけど、ラスサビは撮ってないんだよ。だから本当にデュエットしちゃおうぜ。そっちの方がらしいって話にもなって。今日はあたしも予定空いてたし」


「予定がそう決まってたのなら先に教えて欲しかったです……」


 東條さんも発声をして歌う準備をする。

 この歌『Killing Invert』は歌っているキャラの心情を歌詞で表している。東條さんのパートは八代雪の心情を、僕のパートはエスパシオの心情を表している。『星々』でいうところの魂の現れ、とでも言うべきか。

 ただ僕の歌うパートが流れる話数が後半戦に入ってからだからか、結構変化した後というか途中の心情が零れている。ここからCパートとラストサビで『星々』の心情を表しているんだけど。


 二人で混ざっちゃうからこそ歌も二人で歌う方がいいと製作陣は考えていたのかもしれない。この辺りを『パステルレイン』の時から心掛けていることだ。こういう創作のためにやれることは何でもするという姿勢はクリエイターとして本当に尊敬できる。

 さっきまで一人だったブースに東條さんと二人で入る。ヘッドフォンをつけて歌に合わせて歌う。


 キャラソンって正直に言ってかなり難しい。初めてのことだったからということもあるけど、その理由は明らかだ。キャラの声で歌わないといけないし、キャラっぽく歌うということは僕の場合熱血のように聞こえないようにサビでも抑えながら歌わないといけない。

 ミュージカルのように歌って台詞を言うのともまた違う。

 収録だからやり直せるのは助かるけど、難しいと言わざるを得ない。特に二人で合わせるのはかなり難しかった。

 けど、予定時間で終わったのは良かった。


「間宮君、エスパシオの声で歌えたのはとっても良かったよ。初めてのキャラソンだとキャラを保てない人が多いからね。高校生だと特に自分が出ちゃって」


「いや、僕も相当苦労しましたよ。エスパシオ自身が難しいキャラですし、心情の変化がある状況を歌わなければならなかったので」


 歌自体はアニソンっぽいアップテンポの歌だったけど、歌の難易度というよりもエスパシオを歌うのが難しかったというべきだ。

 エスパシオはただ生きていたくて世界を渡った。そして平和な世界を知って、雪ちゃんという存在を知って彼女の場所を奪うことに罪悪感を覚えた彼は自分の平穏を捨て去る。そんなストーリーそのものの歌詞であり、短編ながらもしっかりと変化したエスパシオを表現するという難しさ。

 キャラソンってそれっぽい曲が多いのに『Killing Invert』は本当に『星々』の主題歌と呼ぶような歌だった。

 収録担当の方と作曲家の方に何回かリテイクをされつつ歌い終わったら褒めてもらえたのは良かった。


「あー、歌った歌った。みーくんもう夜だけど、ご飯とかどうすんの?」


「特に決めてないですけど、外食ですか?」


「そう。どっか行こーぜ」


 東條さんにそう誘われる。今から帰って準備をしてとなるとちょっと大変だ。明日は文化祭準備がラストスパートだし、金曜日からは本番だ。だからちょっと楽しても良いかなと思った。

 東條さんはマネージャーさんに許可を取って僕と出掛けることを告げていた。本当に男女でちょっと食事に行くだけなのに面倒なことになったものだ。あれもそれも恫喝事件が悪い。僕も東條さんと出掛けることを流山社長に伝える。


 行ったのはスタジオから近いイタリアンのお店。個人経営のお店みたいでこじんまりとした店内だったけどとても綺麗なお店だった。僕はサーモンとトマトのパスタ、東條さんはラザニアとフォカッチャを頼んでいた。東京で続いているお店だけあって美味しかった。


「あー、みーくん。一応だけどこうやって二人での食事って気を付けなよ?特に同年代は怪しいから」


「怪しいって何がです?まさか恋愛絡みですか?」


「それもある」


 それもあるって。それ以外の理由があるんだろうか。先輩の助言だからおとなしく聞くことにする。


「みーくんは今絶賛売れ出し中。そういう人と仲良くなって現場の人に仲の良さを見せつけて共演を勝ち取ろうって考えるような女はいるんだよ。男女セットで売り出したらファンがうるさそうだけど、実際演技が良かったり、本当の恋人で恋愛の演技を好印象に捉えて結果として作品の評判が良かったら製作陣もセット売りを考える。そういうのに付け込まれないようにってこと」


「やっとレギュラーをもらえたばかりですよ?すぐに仕事に結び付くとは思えませんが」


「そこは男女差の問題。男性は一回デビューしてレギュラーをもらったらトントン拍子で仕事がもらえるの。男性声優の数が少ないからね。レギュラーをやったっていう安心感を製作陣も覚えて積極的に起用しようとする。みーくんはこれから出世するって女性は知ってるのよ」


 男性声優は二百人くらい。男性はこの人数だからというのもあるけど、引退も少ないことが有名だ。五十代になっても十代のキャラが回ってくる例もあって演技幅が広い。それにスポーツ系やバトル系はよっぽどのことがなければ男性キャラが多いので仕事が回ってくる可能性が高い。

 そういう事情から男性声優は生き残りやすいという推測は説得力がある。

 実際僕もこれから収録する作品で有名なものはいくつかある。それが発表されたら声優としてキャリアアップできそうだなと思えるような作品もあって、『ズァーク』の主人公が一番有名だ。四十年続くシリーズものだからそれはそうなんだけど。


「男性声優は遅咲きの人が多いのよ。二十代後半になってようやく初レギュラーとかって人もいる。有名な人でも四十代で初めて主演を演じて大ブレイクした人もいるわ。だから、早咲きの人は余計に注目される。子役上がり以外で中高生デビューの男性声優ってかなりの希少種よ?」


「ですよね……」


 僕が子役だったことを隠している弊害だ。一般から特殊なルートでデビューというのは注目を浴びてしまうだろう。養成所も通ってないんだし、高校生の男性声優は僕以外に今はいない。少し上の世代にはいたけど、皆さん子役上がりだった。


「それに女性声優は男性の真逆。デビューは早いし、レギュラーをいくつもらっても将来が安定していないし、入れ替わりも激しいし。だから女性声優は数年の内にどうにか食い繋ぐ方法を考えるか有名な男の人と知り合って結婚するか。このどっちか。あたしやリサっちみたいにデビューして七年くらい経てばもう安心できるんだけどそれまでは本当にいつ職を失うのかわからないのが女性声優の本音だぜ?」


「それも聞いたことがあります。三年くらいで辞める方が多いと……」


「アキナンが今その瀬戸際。だから動画配信とかもやったりするし、イベントでキャラ付けもしてる。プラスαがないと本当にキツイのよ。で、アキナンとかそれより下の歳の女がみーくんに群がってくると。声優として活動したい奴ほど近付いて来るから気を付けなって話」


 子役の頃の女子と変わらないなあ。それだけ声優業界が歪だからこそそんなことになってしまうんだろう。

 そんな心配をしてくれる東條さんは良い先輩だ。他の事務所なのに。


「わざわざありがとうございます。心配してくださって」


「まあみーくんがそんなことで引退でもしたらもったいないと思ったからさ。『パステルレイン』はもちろんだけど、『星々』でもあんなにあっさり性別が違う役の演じ分けができるなんて、こんな風に笑ってるけど本当は冷や汗かきまくってたんだから。すっごい子が来たなあって。あたしはその歳じゃ絶対にできなかった」


「原作を読み込んでいるだけですよ。台本読みにもかなり時間をかけますし」


 経験値が違いますから、とは言えない。三歳から学校や幼稚園にほとんど行かずに劇団や現場で演技をしていたんだ。文字通り場数が違う。その経験値というアドバンテージで誤魔化しているだけ。

 酷い詐欺もあったものだ。芸能界の先輩後輩という意味では僕は東條さんの先輩に当たるんだから。


「とにかく、女子には気を付けること。明菜を守ったのは良いことをしたと思うけど、そんなこと続けてると告白が止まらなくなるわよ?」


「……その話、聞いたんですか?」


「明菜からね。いや、本当にやったことは偉大なんだぜ?ただ偉大すぎるというか……。中学生デビューの天才がいざとなったら身を挺して守ってくれるとか、女性声優からしたらとんでもない劇薬なの。箝口令が敷かれてるから大丈夫だと思うけど警戒することに越したことはないし」


「わかりました。当分気を付けたいと思います」


 まあ、実際はウサギのフリをしたカメだから僕の本性を知ったら離れていきそうだけど。天才なんてことなく、本当に時間をかけて色々とこなしてそれを表に出さないだけ。僕を声優として天才だと思っちゃうような人はきっと、僕との付き合いは長続きしないだろう。

 台本や原作を読み込んでノートにキャラ表を書き込んでいる時点で、天才とは程遠い。天才っていうのはなんとなくやったらできてしまう人のことなんだから。

 そういう天才と呼ばれるような人間がいたことを僕は知っている。現場での態度が悪すぎて干されたけどね。


「みーくんはあたしが明菜と同じ目に遭ったら助けてくれるかい?」


「助けますよ。お世話になっている方ですし。福圓さんでも夢城さんでも助けます。……福圓さんはそんな心配、いらないと思いますけど」


「そういうとこだぜ?人助けは美徳だけど、遣り過ぎ注意ってやつ」


「はぁ……。でも知人が困っていたら助けようと思いませんか?困っている人がいますし、その人が縁故の方だとしたら尚更」


「んで、夢女子をたくさん生産すると。マージでみーくんは心配だなあ。学校でもそんな感じなの?」


「むしろ学校ではいじられキャラですよ?言ったでしょう。女装させられるようになったって」


「そうだったね。土曜日見に行くから。お昼もそっちで食べられる?」


「ホットサンドしかありませんよ?」


「そんなもんでしょ。文化祭って」


 知人の誰かが理不尽な目に遭っていたら助けるのは普通のことだと思う。福圓さんは既婚者だし、相手が相手なので下手なちょっかいを出す人はいないだろうけど。

 姉さんや鈴華ちゃんは助けたのに他の人を助けないのはどうなんだって話。それに根本さんの件なんて大問題だ。そんな場面を目撃したら誰だって助けに入る。

 それが普通だと思っていたら東條さんに苦笑された。何かおかしなことを言っただろうか。


次も日曜日に投稿します。

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