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君に、声を  作者: 桜 寧音
三章 高校一年(六月〜)
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3−1−1 進む準備

衣装合わせ。

 月曜日。ちょっと憂鬱な気分で学校に向かった。今日の放課後は特に仕事が入っていないので自由だったんだけど、ある連絡で自由じゃなくなってしまった。文化祭準備が唐突に入ったからだ。手伝うことは全然良いんだけど、あまり好んですることではなかったために気分が上がらない。

 一度承諾しちゃったんだからやるけど。仕事じゃないから気分が上がらないんだろうか。あまり割り切れていない。僕の姿を見る人は動画やイベントとかを考えるとかなり減るはずなんだけど、やりたくないという羞恥心が凄い。周りが乗り気すぎて僕が乗り気になれていないギャップがそうさせているのかもしれない。


 明日は『浸食のグラナダ』も収録がないから今週は忙しくなさそうだって思ってたのに、週初めから気分が沈んでいる。

 学校に着いてすぐ、皆と挨拶してから今日の気分が乗らない原因の人物を見付けて溜息が出てしまった。


「おっはよう間宮君!放課後メイクするよ!」


「ああ、うん。お手柔らかに、水越さん」


 そう、ミスコンのためのメイクをやるということで水越さんを筆頭にすごくやる気な女子が多い。アレを買ったコレを買ったと、クラスラインがひっきりなしに鳴っていた。クラス用の女装のものとは別にかなりお金をかけているらしい。ミスコン用に別途で学校から予算が降りているとはいえ気合いを入れすぎではないだろうか。

 僕もミスコンがあるなら他の学校を選べば良かったかとちょっと後悔した。学校の雰囲気と立地、学力だけで選んだから文化祭の内容なんて調べなかった。

 しかもこれ、何がタチの悪いってクラスでの女装とミスコンの女装は変更するらしい。ミスコンの衣装のお披露目は講堂でのミスコンの時だけだとか。なんか誤魔化す意味合いが大きいらしい。そこまでして勝ちたいのか。


「衣装とか決まったの?」


「うん。クラスの出し物がイギリス風のメイド服で、ミスコンがゴスロリだよ」


「ご、ゴスロリ……」


 嫌な記憶が。昔僕が着ていたゴスロリを今着るっていうのがなんというか。

 いや、むしろ着たことがあるから抵抗がないと水越さんは考えたのかもしれない。今のところ水越さんにしか子役だったって知られていないけど、このままゴスロリをしてバレないだろうか。バレなければ良いなあ。


 僕が苦い顔をしていた理由が男なのにゴスロリを着る羽目になったと思ってくれていれば良いんだけど。僕が『間宮沙希』だとバレる心配をしているってわかっているのは水越さんだけ。冬瀬さんとか他の女子は大体僕に楽しみにしているような期待の目線を向けてくる。男子はドンマイって目線かな。

 芸能界が長いせいで人の目線の理由が大体わかる。だから好奇心の目線ばかりだとわかるけど、僕的には嬉しくない。だって晒されてるようなものだし。


「なんか、どっちもヒラヒラの服なんだね」


「見る?」


「いや良いよ。放課後で」


 短い時間で確認することでもないし。放課後はゴスロリを着てメイクをして写真を撮るようだ。

 メイド服はメイクの前に着るらしい。メイクをしてからの着替えは無理なために先にメイド服を着る。メイクをした後だとメイクが服の裏地に付いてしまう。ゴスロリとかメイド服ってパーカーとかみたいに肩から着られる服じゃないからメイクを後にするしかない。

 学校で特に何もなく、放課後になる。内装の準備とかもほとんど終わっているために僕のメイクを見るためだけにクラスメイトは残っている。本番だけ見ても良いと思うんだけど、興味本位なんだろう。


 ゴスロリの着方がわからなかったので着方を教えてもらい、Tシャツと短パンを下に着て着替えた。僕も着たことのある、ゴシックロリータと呼ばれるような黒のヒラヒラの服。膝下まであるスカートに、肩も隠せている黒地の服。ロココスタイルで肩とか鎖骨を出すような開放的な服もあるものの、女装ということで骨格を隠すために結構布面積は多い。

 レースやフリルがたくさん付いていて、スカートもパニエで膨らませている。頭にはヴェールを被るらしい。

 産毛も前に剃っておいて、今日確認しても新しく生えてきていないためにニーハイソックスを履いた。そうして着替えただけで男子が「ヒューウ」と口笛で囃していた。僕の格好がおかしいのだとからかっているんだろう。


「じゃあ間宮君、座って」


「うん」


 椅子に座って水越さんが色々と用意している。メイク道具も一式本当に買い揃えている。ファンデーションやチークなどを用意している。青系統が多いかな。イメージカラーのように化粧品にもカラーの系統がある。色白を主張したいためにブルーなのかな。

 さっき化粧水で肌を潤しておいたからすぐに水越さんがメイクを始める。

 下地をつけてそこからファンデーションを施していく。


「ホント、ヒゲの痕跡が見えないんだけど……?」


「良いことじゃない?」


「俺らもヒゲ生えてきたら剃らなくちゃいけないけど、間宮ってヒゲ剃ったことないの?」


「今のところ剃ったことないね。ヒゲ剃りは買ってあるんだけど」


「うわー、裏山」


 ヒゲもそうだけど、僕は髪があまり生えてこないらしい。スネ毛もそうだし脇毛もそうだ。羨ましいと言われるけど、僕としてはヒゲが生えている男性はダンディでかっこいいと思うんだけどなあ。そうなれないのは悲しい。いつかヒゲが生えてこないだろうか。

 僕はあまり話さず、水越さんがすることを黙って受け入れる。目が大きく見えるように目元と涙袋を描いていき、睫毛や眉毛もいじっていく。


「ニキビや肌荒れがないからメイクしやすくて良いね」


「一応写真を撮ったりするから肌は気にしてるんだよ。写真集を出すわけじゃないけど、インタビューとかあったら写真を撮ることもあるんだよ」


「へー。声優ってあまり顔写真とか出さないイメージだけど」


「昔はそうだね。でも最近は地上波にも出るし、動画もたくさん出るし、それこそ週刊誌とかにも写真が載ることがあるから肌の手入れも気が抜けないんだよ」


 やっぱり声優って職業はイマイチどういうことをしているのかわからないよね。俳優とかなら写真集やテレビに出ることもわかるだろうけど、声優の基本的な仕事ってアニメや映画に声を吹き込むことだからそれ以外の仕事は想像もつかないのだと思う。


 僕だって色々な職業のことを知っているけど、その仕事の全部を知らない。みんなだって簡単な想像はできるんだろうけど、俳優がどんなことをしているのかなんて知らないだろうし。打ち合わせとか動画撮影のためのリハーサルとか、そういうのって公表されたり自分から調べないとわからないよね。

 アイラインも整えて、頬にも少し赤みを。唇にも口紅を。

 そして黒色のウィッグをつけて完成らしい。


「できた!」


 ということで目を開ける。

 全員が口をあんぐりと開けていて、水越さんだけは満足そうに微笑んでいた。

 さてさて、どうなっているんだか。


「え、まじで間宮?」


「そうだよ蓮沼君。可愛いかい?」


「可愛い!……いや、声聞くと本当に間宮だな」


 まあ、女の子の声は出せないし。声帯的に無理だ。

 この格好の僕からこの声が出ることがおかしいのか。女子が特に僕の目の前に来て確認していく。


「ま、間宮君?いや、近くで見れば間宮君なんだけど」


「すごっ!どこからどう見ても女の子じゃん!」


「……負けたわ」


「自信無くすわー……」


 そんなにか。鏡でも見せてくれないだろうか。

 とりあえず立ってみる。ヒールも履いて歩幅も小さく両手をお腹の前に置いて歩いてみる。殺人鬼じゃないんだから普通の女の子のように歩いてみよう。

 そして少し歩いた後にカーテシーと呼ばれる女性が行う片足を斜め後ろの内側に引いてもう片方の足の膝を曲げて、背筋を伸ばしたまま両手でスカートの裾を軽く持ち上げて頭を下げる。


「礼儀作法はこれでどうかな?水越お嬢様?」


「完璧!いやー、役者ってすごい!」


 水越さんから鈍っていないというお墨付きをいただけた。女の子らしい動きをするのは久しぶりすぎてあんまり自信がなかったけど問題ないらしい。

 学生の文化祭だし、そこまで本格的じゃなくても良いだろう。


「何でそんな女の子になり切れるんだ……?間宮ってそういうのも勉強したわけ?」


「んー、いや?正確には女の子だけじゃなくておばさんとか馬とか割と何でも、他の存在になりきる練習はするよ。人間だけを演じるわけじゃないから」


 そういう練習を養成所でするらしい。僕がやったのは劇団での演技指導だから声優の養成所とはまた違うのかもしれないけど。

 特に声優なんて人外を演じることが多い。ロボットに声を当てたり、姿がなかったりなんてことはザラ。性別が違うキャラを演じることもある。

 僕なんて今ちょうど『星々』で女の子のフリをしているから女の子を演じることくらいはわけなくできる。


「メイク覚えておきたいから写真撮っていい?」


「うん。僕にも見せて」


 水越さんだけじゃなく色んな人に写真を撮られる。そして見せてもらうと確かに僕っぽくない。

 目も大きいし、眉毛が垂れている。肌や唇の色が朱色で女の子っぽい。髪もウィッグで伸ばしているから肩口まで黒髪が伸びている。女の子としては髪が短いけど、男子よりはよっぽど長い。

 ああ、黒髪にした鈴華ちゃんにそっくりなのか。

 五cmほどのヒールだけど、僕が元々小さいからそこまで高身長にも見えない。服もゆとりがあるから女の子の骨格には見えない。


「動画も撮っていい?」


「歩き方の確認とかするの?」


「いや、ただただ可愛いから撮っておきたいだけ」


「却下」


 冬瀬さんの言葉を切り捨てる。そんな理由で写真を撮られてたまるか。

 動きも問題なさそうだからこのままで終わる。メイクは落とさないと後々肌が痛くなるし。


「胸盛ろうぜ!」


「いやあ、細身だからそこまでしなくて良くない?」


「わずかな膨らみがある方が萌える」


「まあ、女装って言ったら胸も必要か」


「ゴスロリってことは少女だろ?胸要らなくね?」


「いーや、要るね!」


 なんか男子が変なことで盛り上がってるんだけどー。女子の目線が氷点下になっていることに気付いて欲しい。性癖なんて教室で言ったら引かれるのは当たり前なのに。


「間宮!お前はどう思う?」


「予算だって限度があるんだから胸パッドとかは買わなくていいでしょ」


「つまり金があれば同意するんだな⁉︎」


「俺たちで最強の間宮を作ろうぜ!」


「五百円ずつ募れば余裕で買えるだろ!」


「ええー……?女の子の格好をしていても僕は僕だよ?」


「だってよお!間宮の格好があまりにも好みドストライクなんだもんよぉ!」


「あの、高木君。ごめん、僕は普通に女の子が好きだから」


「チクショー!」


 高木君に告白されたけど、断る。男子と付き合う気はない。

 いや多分好みの女子っぽいというだけで間宮光希が好きなわけじゃないだろう。

 そんな僕も引くような出来事があったものの、ミスコンの準備も着々と進んでいった。


次も日曜日に投稿します。

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