4ー3ー5 アニメ制作の裏側で
処断。
それから声優界は大騒ぎ。この大騒ぎを記者にも嗅ぎつかれて結構マズイ状況になっているようだ。深夜の内に色々と状況が変わって、僕が起きたら昨日の状況を書式にしてくれと流山社長が朝イチにメールで催促してきた。それを登校する前にスマホで書き出して送り返した。
午前中はなんてことなかったけど、午後にはネットニュースとして取り上げられていた。雑誌編集者というのは仕事が早い。ネットニュースだから印刷所に持っていくこともなく記事として載せられるので早かったんだろう。
声優は最近注目されることが増えている。紅白歌合戦に出たり、地上波のテレビ番組に顔出しをしながら出たり、アニメ関係の番組でゲストとして出たり。最近も梨沙子さんの結婚があったので一般にも広く知られているらしい。
そんな中で業界の不祥事。慶事の後の不祥事ということでアクセス数がかなり稼げるらしく、どこの出版社も様々な記事を出していた。出版社に直接情報提供をした声優やスタッフもいたようで、ボイスレコーダーで録音した映像も記事によっては挙げられている。
ボイスレコーダー。スマホにもある機能を昨日使い忘れた。ちゃんとした情報源になるのに、あまりの事態にそんな基本的なことも忘れていたなんて。
その辺りを昼休みに電話で流山社長に聞いたけど。
「ああ、証拠の声?それ途中からだけど、あの場にいたスタッフが録音してくれてたわよ。それが途中からだったから光希に最初の経緯を聞いたんだし」
「そうなんですか。すみません、忘れてて……。最初からあれば結構有利だったはずなのに」
「いきなりでそこまで気が回る高校生はいないわよ。あなたは芸歴だけなら私に匹敵するけど、学生ってことには何も変わりないんだから。業界の闇が一掃されて、あなたたちに怪我はなし。それ以上に求めることなんてないわよ」
一掃、されるかな。表面化したけど、過去の行い全部が掘り出されるとは思えない。それこそボイスレコーダーでの証拠がなければ、言いがかりや冤罪だと言われてしまって証拠なんて見付かるんだろうか。
僕にも至らない点はあったけど、流山社長は問題ないと言う。むしろそんなことは問題じゃないと言っていた。
「むしろ気を付けなきゃいけないことはあなたもこの騒動の一端ということよ。特に加害者側からすればあなたは過去の陰惨な過ちを掘り起こした人間になる。矢口のように短気な人間からしたらあなたを追い詰めるかもしれないわ。自分の仕事を奪う人間になるかもしれないから」
「……自業自得では?それなのに他人を更に脅そうとするのは罪を重ねるだけでは……」
「それがわかってたらそもそも最初の事態を引き起こしてないわよ。ただ隠蔽しようとするならいいんだけど、突発的な行動に移るかもしれないもの。光希は足が悪いからいざという時、逃げられないでしょ?」
「そうですね。一応その可能性を頭に入れて行動します」
「よろしく。それと今日の雑誌のインタビュー、松村に迎えに行かせるから。学校の近くで拾ってもらいなさい」
僕が有名になったわけじゃないのに、夜道に気を付けないといけなくなるのか。なんだかなあ。
実際に暴力で来られたら僕は絶対に負ける。走れないし、殴り返せない。抵抗もあまりできない。往来のある東京でそんなことを気にしないといけないなんて怖すぎる。
僕の家とかバレてなければいいなあ。家バレしたら住み始めたばかりだけど引越しを考えないといけない。
「ちなみに僕ってこれからどう動けばいいんですか?騒動のこととかには言及しない方が良いですよね?」
「そうね。基本はダンマリで良いわ。現場で聞かれたら答えても良いでしょうけど、話題には出さない方が良い。大変ですねってだけ言っておけば良いわ」
「了解です。朝のメールで僕からすることも全部終わりですかね?」
「ええ。相手の根本さんからも同じような状況説明があったから、光希にしてもらうことは終わりね。矢口がやらかしたという話は出ても、その被害者の名前であなたや根本さんの名前が出ることはしないように手を回したわ。けど、矢口の口から漏れることもあるから絶対に油断しないように」
箝口令を敷いても、それが完璧であるはずがない。こんな情報社会になってしまった以上、誰かが口を漏らした瞬間に知れ渡る。矢口が目の敵にして情報を漏らすことだってあるんだから。いくら事務所が厳重注意をしたところで矢口がどう動くかなんて理解できるはずがない。
面倒なことになりそうだと、僕は通話中だというのに深いため息が出てしまった。
「大きいため息。出るのも仕方がないけど」
「……あ。そういえば根本さんって大丈夫なんですか?来週も前の収録で矢口と一緒なんじゃ……」
「あら、心配してあげるなんて紳士ね。というより放っておけないのかしら?その問題は大丈夫よ。そもそも根本さんはその収録にその回限りのモブとして参加していたようで、来週からあの現場に行かないんですって。だから鉢合わせることはないみたい」
「それは良かったです。……でもそうかぁ。結局来週も僕は会うかもしれないのかぁ」
今の所どちらの収録も曜日や時間を変えるといったような連絡は来ていない。となるとあのビルで、同じスタジオで収録することになる。僕としては本当に顔も合わせたくないんだけど。
アイドルアニメの方が他のスタジオに移るかどうかは僕の与り知らないところだ。でもああいう収録のスタジオはもう作品でこの期間の何曜日何時からって纏めて確保しているから、どちらの作品も移動なんてできないはず。
ゲームとかでもそうだ。作品ごとにこのスタジオって決まっていて、収録は機材トラブルとかがない限り作品の収録現場は変わらない。だからどちらかの作品が移動するなんてことはない。
根本さんのことは良かったけど、僕にとっての憂鬱は続くなあと思っていたら、スピーカー越しにクスクスと大人の女性らしい噛み殺したような笑い声が聞こえてきた。
「その懸念も大丈夫よ。矢口の役、野原が演じることになったから」
「え?野原さんが?」
降板になったのか。それでいきなりその代役にウチの野原さんがなるなんて。
ちょっとした制作会社の、ウチの事務所への忖度が見える。
「これも朝イチで連絡が来てね。野原にバイト休ませて送り込んだわ。今はゲームボイスの収録させて明日には楽曲の収録。それからはアニメのボイス差し替えってところね」
「えー、すごいことになってる……。矢口の役って野原さんで代替できるような役なんですか?」
「線の細い童顔のキャラだから野原の声に合ってるみたいで。野原って結構声高いじゃない?それがマッチしてるってゲーム、アニメのプロデューサーとアニメ監督が言ってくれたみたいで。矢口のオカマっぽい声より良いかもってサンプルボイスで思ってくれたそうよ」
「へえ」
野原さんにとってはいきなり仕事をもらえて嬉しい悲鳴と言うべきか。というか急に休んで平気だったんだろうか。その辺りは余裕のあるバイト先だったのかもしれない。
「でもアニメやゲームの音声を録り直しってなると何かしら状況説明をしなければキャスト変更なんてできないんじゃ……?」
「一応これもまだ公にしないでね。さすがに火種の発端だからか向こうの事務所も庇いきれないみたいで、今日付けで矢口の事務所契約を解除するんですって。発表はまだ先だけど、今はフリーよ。多分諸事情で休業扱いにして、そこから解除に持っていくんじゃなかしら?いきなりは怪しすぎるもの。ゲーム側はコンプライアンス違反か何かでキャスト変更って伝えるみたい。調べたら今回の騒動に繋がりそうだけど、どこも共倒れしたくないから矢口を切ったのよ」
「まあ……。酷いやらかしですからね」
アニメやゲームのキャストが変わることは、たまにある。声優側の問題だったり、制作会社の問題だったりで様々だが、向こうも利益を出そうとする会社なために、下手な損害を受けるくらいなら切ってしまおうと思うのだろう。
たまに声優さんが喉を痛めて入院だったり手術するからと代役を当てられることもある。流山社長が言っていたコンプライアンス違反なんて最もやっちゃいけないことだ。これをやったらまず信用をなくして全部の仕事を降板させられる。
僕が今社長から聞いた内容を誰かに伝えたら僕も違反したことになって僕の声優人生が終わる。僕は今回の騒動の中心人物だから教えてもらってるだけで、これを同じ事務所の高芒さんだったら社長も話していない内容だ。松村さんも知っているだろうけど、高芒さんには話せない。
「そういうことで現場で矢口と会うことはないわ。野原と会うかもしれないけどそれだけ。だから光希は今の仕事に集中しなさい。……本当はね、あなたに矢口の役を回そうとしていたみたいなんだけど私が断ったわ。理由は言わなくても良いわよね?」
「これ以上僕の負担にしないためですよね?正直今の収録で結構ギリギリですし、色々なボイスの収録を一週間でやるとなったら学校を全休しないといけません。『浸食のグラナダ』の前にも収録が入ったら火曜日も全休しなければならないので、進級が怪しくなりますね」
「そう。それに野原も良い感じみたいだから余裕のある野原に任せたわ。野原のステップアップにも良いと思ったし。さっきゲームプロデューサーから連絡があって、野原のこと絶賛してくれていたわ」
僕たち二人のことを考えた采配だったようだ。正直僕に仕事をくれるのはありがたいけど、急ピッチでの収録は無理。夏休みとかの長期休みならいくら仕事があっても良いけど、こんななんでもない時期に纏めて収録は無理だ。
アニメの制作会社としても放送スケジュールの納期があるだろうからアニメ最新話の差し替えは急がないといけないし、この一週間はスタッフも大変じゃないだろうか。そんな急ぐスケジュールの中でもゲームの収録を先にやらせていただくというのはキャラ把握のためにゲームを優先した方が良いと考えたんだろう。
どんなスケジュールになるかわからないけど、ゲームでキャラを掴んだらアニメの納期が近い収録をして、それから楽曲の収録をして、そこからは順々にといった感じだろうか。
代役なんてやったことがないから想像でしかないけど。
「というわけでこっちは大丈夫よ。インタビュー終わったら事務所の全員でご飯に行きましょうか。色々とあったし、野原も今日から大変だから景気付けにね。食べたい物ある?」
「お好み焼きとかどうです?わちゃわちゃできそうですし、一人暮らしじゃ作らないですし」
「それ良いわね。じゃあ夜はお好み焼きよ」
僕のせいで色々と大変なのに申し訳ない。でもあれは見逃せないことだったし、声優業界的にもどうにかした方が良い案件だったからなあ。
さて、昼休みが終わるまであと十五分。急いでご飯を食べて教室に戻らないと。
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今週はおかしなことばかりだと、私はため息をつく。
月曜日に声優の福圓梨沙子さんが結婚。これは良い、おめでたいことだ。
けど今日、さっき。声優業界で声優やスタッフによるデートの強要だったり、デートをしなければキャスティングに回さないといった枕営業を匂わせる問題が過去に複数あったという週刊誌の発表があった。週刊誌のデジタル記事が検索サイトのトップに来てしまい、福圓さんの結婚もあって注目が大きかった声優業界に一気に悪い意見が飛び交うようになっていた。
恫喝やデートの強要とかはあってはいけないことだと思う。公平じゃない。
間宮君にも聞きたかったけど、この騒動関係か昼休みになって誰にも告げないまま外へ行ってしまった。教室の窓から中庭を見ると中庭の奥の方で真剣な顔で電話をしている間宮君が。美咲ちゃんと一緒に眺めてみるけどあそこには入れないなあ。
「……どうなると思う?」
「んー?間宮君が何にもしてないなら問題なしでしょ。美恵もさー、心配したって意味ないよ。間宮君がそういうことする人じゃないってことはわかってるんだし、巻き込まれてないならいつも通り積み重ねるしかないんじゃない?」
「……冷たくない?」
美咲ちゃんはお弁当を食べながらそう言う。間宮君が声優だと知ってから色々と相談がしやすくなった。でも間宮君のファンではないらしい。あの声で、あの演技でファンにならないのはおかしいと思う。声優オタクの私でも屈指の好みの声と演技なのに。
「あたしらにできることはないよ。ファンが口にすることじゃない。たとえ間宮君が当事者だったとしても部外者のあたしらが口を出しちゃだめ」
「それは、そうだけど……」
「こういうことがあっても見守るのがファンだよ。……別に引退するんじゃないんだから良いじゃん。引退しちゃったらその人のこと、もう見られないんだから」
美咲ちゃんは寂しそうにそう言う。美咲ちゃんもドラマが好きで俳優さんのことは追いかけているみたいだけど、最近凄い俳優が辞めてしまって新しい作品に出ないことが悲しいと言っていた。だからバイトをして入った給料で昔の作品のDVDを集めているらしい。
もし間宮君が引退しちゃったらなあ。出演作を無限回収するかもしれない。
「やっぱり引退って寂しい?」
「んー、というかあたし的にはその人のこと知るのが遅すぎて。確認したらめちゃくちゃ知ってる作品にも出ててさ。知ってから新しいドラマとかの告知を見ると『ああそっか、もう出ることはないんだな』って実感する。特に雄大さんと共演することも多かったから、コンビで見れないのは寂しい」
「ああ、わかるかも……。このアニメのこの役、この人がやってくれたらなあって思うことはあるもん。多分今回、辞める人がいっぱい出るんだよね……」
「この不祥事じゃしょうがないでしょ。……プラスの話をするなら、空いた枠で間宮君の出演が増えるかも?」
「それは嬉しいけど複雑な気分だなあ」
そんな嫌な予想に、少し口の中が苦くなる。
もう一度中庭に目線を戻すと間宮君はその場からいなくなっていた。電話は終わったんだろうな。
ファンっていうのはもどかしいなあ。ファンじゃなければ、大人ならもっとなんとかできるかもしれないのに。
「事務所のマネージャーとか募集してないかなあ」
「ぶっ⁉︎……それは発想が飛躍しすぎじゃない?高卒でマネージャーなんて雇ってくれないでしょ。短大を出たとしても最速五年後よ?」
「五年かあ」
「あと。間宮君は短大行かないんじゃない?進学しないか、したとしても大学に行くと思う」
「だよねえ。私も大学行くとしたら七年後かぁ」
「……大学まで間宮君のこと追いかけるなんてことしないわよね?そこまでやったらファンってレベル超えてるわよ?」
「そこまでは聞き出さないよ。……多分」
「ホントォ?」
美咲ちゃんに疑われる。そこまではしないと思う。それじゃあストーカーだもん。
……多分ね。
次も日曜日に投稿します。
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