4ー3ー4 アニメ制作の裏側で
後始末。
本当だったら週刊誌の取材があるはずだったのに、収録が延びに延びて延期になった。高校生をそんなに遅くまで拘束できないということで次の機会になる。今回のように収録が延びてしまうといつまでもインタビューができないので収録の日とは別日というか、明日になった。
週刊誌なためにあまり延びると印刷に間に合わなくなってしまうので来週というわけにもいかないため、明日の学校終わりに取材することになった。明日僕は特に収録がないのでインタビューは問題ない。
問題はこの後。松村さんの車で事務所に来た僕は車内で話すことなく事務所に着く。松村さんに話して流山社長に話すと二度手間になるので何も話さなかった。
ただ「怪我がなくて良かったよ」とだけ言われて、それ以外は無言だった。
事務所にいたのは流山社長だけ。マネージャーは松村さんしかいないし、声優に話すのは後からで良いだろうとなったのだろう。
「お疲れ様、光希。……大変だったわね」
「いえ。こちらこそ迷惑をかけてすみません……」
「あー、良いわよ。迷惑だなんて思ってないから。……というか、今すっごく問題が膨れ上がってるのよ。この問題が発生してから各事務所で同じような事例が噴出してねえ……」
「え?」
同じような事例?まさか矢口みたいな事例がたくさんあったってこと?
「矢口だけじゃなかったんですか……?」
「そもそも矢口が数件ことを引き起こしていたんだけど。同じように声優とかプロデューサーの男が女性声優をナンパしていたということが次々と挙げられてるっぽくてね。今声優業界が騒いでるわ。まあ、男性声優も女性スタッフに脅されたとかあったみたいでそこそこマズイ状況なんだけど……」
「そ、そこまで大きな火種になってるんですか……?」
「矢口がやったのが恐喝だったもの。アウト中のアウトを業界最大手がやったからすぐに大きい山火事になってるわ。それに声優って上の立場の人に逆らうと次の仕事がなくなっちゃうじゃない?そういう業界事情があって口を噤んでいた人が多かったみたいで……」
芸能界あるあるだった。そういう不祥事はよくあったけど、声優業界はその辺りの整理がまだまだだったらしい。
あれもこれもと、すっごく問題が起きていて今事務所はどこも聞き取り調査をしているらしい。男女関係で何かあったら些細なことでも言ってほしいとのこと。そういうものを吸い上げていて、被害を受けたのが根本さんという若い女性だったことと摘発者が僕という新人だったために誰もが声を挙げているのだとか。
若くても、実績がなくても。声を挙げて良いのだと気付いた人が一斉に立ち上がった形だろうか。不満が一気に膨れ上がってパンクしているのかもしれない。
「ウチの他の二人に聞いたんだけど、ウチは大丈夫みたい。松村もそういうことしないし、光希はできるわけないし」
「まあ、僕はそんな度胸……あっ」
ナンパやデート云々は僕はできない。デートはしたとしても鈴華ちゃんくらいだ。だから問題ないと思ってたけど、僕はつい最近一つのやらかしがある。女性関係で。
「あって何よ。あって。光希は子役の頃から問題なんて一切起こさなかったじゃない。もしかして高校生になってやんちゃしたくなっちゃった?」
「……やんちゃというか。付き合ってもない女性声優と二人っきりで食事行ってます……。しかも個室で」
「………………誰と?」
「根本明菜さんとです……」
「……???え、根本さんって……今回の被害者よね?いつの間に……?」
「四月の末に、休日に行きました……」
正直に言うと、僕の前にいた二人が首を傾げて目を遠くしている。いわゆる宇宙猫と呼ばれるような表情をしていた。
いやまあ、おかしなことを言っている自覚はある。なんというか根本さんと関わりすぎだよなあ。今回にしてもその他にしても。
「……根本さんと、付き合ってないのよね?」
「付き合ってはいないです……」
「…………なんというか、御縁があるのね……?」
流山社長が困惑していらっしゃる。先輩声優の中でも一番交友がある人かもしれない。いや福圓さんとも御縁はかなりあるんだけど、あの人はもう人妻だからそういうことにはならない。
公私ともに結構関係が深くなっているのが根本さんだ。本当に仕事でもプライベートでも関係を持っているのはそうだけど、今回こんな場面に遭遇するとは思わなかった。
「……あちらの事務所に一応電話しましょうか。光希、他に女の子引っ掛けてないでしょうね……?」
「そんなことしてないです!」
「あなた子役の頃から女の子にモテモテだったものね……。年上キラーっぷりも相変わらずなの?」
「なんですかそれ……。初めて聞きましたよ」
ただ子役だから年上の方には優しくされてただけだと思うんだけど。社長は何を言っているんだか。
社長は電話を取り出して根本さんの事務所に電話を掛ける。今日は結構電話をかけていたようで、もう何度目になるかわからないらしい。
その電話で僕も状況を説明しなければならないからとそこに残っていた。今日は松村さんが家まで車で送ってくれるそうだ。
本当にまずいことになってるな……。
────
根本はあの後事務所に連絡してから予定通り福圓梨沙子と食事に来ていた。お洒落な洋食屋さんで、月曜日の騒動があったためにこの外食を決めていたのだ。梨沙子の方で予約をしていたために根本は事務所に行かずにこちらに来ていた。
事務所にはこの後行く予定だが、梨沙子の予約を蹴ってしまったらキャンセル料が発生してしまうために事務所もうるさくは言わなかった。一応移動までに状況は連絡している。所属マネージャーもいたのでそのマネージャーが詳しく連絡をしている。
本当なら事務所に戻って状況説明をしなければならないのだが、今回は事務所が折れた。根本が被害者側なのでマネージャーの証言でどうにかなっている状況だ。
二人は個室に案内されてコース料理を食べて行く。ヴィソジワーズから始まりパスタやクリスピーピザ、そして肉料理のミルフィーユカツがメインの最後に、最後はデザートが来るのを待っているところだ。
「梨沙子先輩、改めてご結婚おめでとうございます。まさか本当にあのメジャーリーガーの宮下さんと結婚するとは思いませんでした」
「ありがとう。いくら仲のいい明菜ちゃんでも言えることじゃなかったから」
「それはそうですよ……。日本人で知らない人いないんじゃないですか?野球に詳しくない私でも宮下さんと羽村さんは知っていますから」
そう、この席は梨沙子の結婚を祝う席だった。付き合っていることも秘密にするしかない相手だ。なにせ日本人の中で結婚したい男性ランキングずっと上位で、女性の影でもあれば大騒ぎになっている。実際熱愛報道もなしにいきなり結婚ということで梨沙子も若干燃えた。
とはいえ共同の発表文で高校時代から付き合っていることと、お互いの人格から結構な分野から祝福された。特に野球界では梨沙子のことをとにかく祝福しており、あまり燃えなかったのは野球界が総出になってこの結婚を素晴らしいものだと言ってくれているからだ。
そんな祝いの席のはずだったのに、今日の出来事のせいで台無しだった。
「本当に、そんな席でごめんなさい……。まさかこんなことになるなんて」
「まさかだよね……。いや、わたしも矢口って人の噂を聞いてたから良くない人だなあとは思ってたけど、まさかスタジオのあるビルでナンパをするなんてね」
「私も話には聞いていましたけど、私が標的になるなんて……。オカマに襲われるなんて最悪ですよ」
「オカマでも良い人はいるんだよ?昔性別が曖昧な役を演じるためにオカマバーに行ったことがあってね?」
「え?梨沙子先輩、そんなご経験が?」
「結構人生経験豊富で、話を聞くだけで楽しかったよ?」
そんな話をしつつ、梨沙子は今日のことを聞く。普通に告白されるならまだしも、ナンパはありえない。しかも拒絶しておいてまだ強引に迫って来るのは人間として終わっている。
「にしても、助けてくれたのが間宮くんなんだ?すごいねえ高校生なのに。大人に割って入るなんて間宮くんでもすごいことだよ」
「本当ですよ……。怪我しなくて良かったです。あの男、暴力に走ろうとしていたので」
「うわあ、そんな危ない人だったんだ。……間宮くん、いくら若くしてこっちの世界に入ったからって、目上の人から明菜ちゃんを庇えるなんて普通できないよ」
「そうですよね……。身体だって小さいのに」
「あ、それ言っちゃう?確かに間宮くんはそこまで大きくないけど」
梨沙子は智紀と身長を比べて、180cm後半の智紀と150cm後半の光希ではかなり身体の大きさは違う。矢口は身長170cmはあるので、体格差がある。暴力を振るおうとした相手に言葉だけで立ち向かった光希は大人として褒められることだ。
ただ梨沙子は光希のもう一つの身体のことを考えて一つ溜息をついた。
「間宮くんも危ないことするよね……。片足と片腕、あまり動かないのに」
「……え?梨沙子先輩、それどういうことですか……?」
「あ、知らなかったの……?間宮くん、右腕と左足、あんまり動かないんだよ。走れないって言ってたし、階段の上り下りもきついんだって。利き腕が動かないから日常生活も結構大変なんだよ」
隠しても仕方がないと、最近知ってしまったことを伝える梨沙子。智紀、喜沙と一緒の食事会で光希のことをかなり聞き、今の不自由な身体のことも知っていた。
そんな状態なら俳優を続けるのは無理だろうと理解していた。
「…………そんな状態で駆け付けてくれたんですか?」
「走ってきてくれたの?明菜ちゃん愛されてるねえ」
「あ、愛⁉︎」
梨沙子のその言葉に顔を真っ赤にする根本。愛だのなんだのと言われて、光希のことを考える。最初の内から可愛らしい顔とそのずば抜けた演技で高評価だった。スタジオに入ってからも先輩やスタッフに礼儀正しく接して、声優としてはかなり優秀。
人間としても今回のことはもちろん、仕事を一緒にしていて悪い部分なんて見えない。今回なんて身体が悪いのに自分の立場が悪くなることも顧みず叫び声が聞こえたからと駆け付けてくれた。
そんな少年のことを、自分はどう思っているのかと考えてみると。
ずっと赤い顔のままの後輩を見て、梨沙子は頬を緩めながらニヨニヨと後輩を苛める。
「明菜ちゃ〜ん?高校生に手を出すのは犯罪だよ〜?」
「っ!梨沙子先輩だって年下に手を出したじゃないですか!」
「智紀くんは一つ下だったし、お互い高校生だったから。でも大人が高校生に手を出したらアウト」
「ぐぅ!……いや、今までも結構好きでしたけど、今は本当にただの好きじゃないというか……」
「ウフフ。三年は待たないとねえ。大変だ」
ニコニコ顔で後輩を苛める梨沙子。この後顔が赤いまま根本は事務所に戻って今回の説明をしているたびに光希のことを思い出してしまって詰まりながらも状況説明をしていた。
思い出すたびに光希のカッコイイ姿が想起させられ、この日は眠れずにずっとドキドキしたままだった。
次も日曜日に投稿します。
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