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君に、声を  作者: 桜 寧音
二章 高校生(五月〜)
38/73

4ー3ー3 アニメ制作の裏側で

『浸食のグラナダ』。

 『浸食のグラナダ』の収録が始まる。一応さっきの事態もあって始まる前に各事務所のマネージャーさんから注意喚起もあった。芸能人はどこでファンや雑誌の記者が見ているかわからないので言動に今一度気を付けてほしいという話が出た。

 もっともこんな当たり前のことは守っている皆さんだとは思うので大丈夫だろうとは言われた。特に矢口と同じ事務所のマネージャーさんが平謝りをしていて、既に社長に沙汰を伝えたとのこと。同じ事務所の声優さんも気まずそうに聞いていて、遂にやったかという顔をしていたのが印象的だった。


 その話はすぐに終わって、収録が始まる。今日の収録が新章の始まりということで最初の大きな決戦が終わって日常生活に戻れたと主人公陣営が思っている中で、僕の属する第二章の敵陣営が暗躍しようとしている話だ。

 Aパートの初っ端で僕も含む悪役陣営が悪巧みをしているシーンが入る。


『表も随分と疲弊したようだ。束の間の安寧を満喫させた後に潰す。アンラークは正面から戦いすぎた。我々はガキどもを油断させてから潰す』


『そこはワシらの性質も関係しているだろう。表の世界は我々異形が居ては目立つ上に、重力というものは厄介だ。だというのにアンラークは軍事力だけで勝とうとして失敗しおった。ワシらは二の轍は踏まん』


『アンラークを責めてやるな。奴らは誇り高き戦士で構成された一族。我らのように奸計を企てるなんて考えもなかったのだろうよ。あの高潔な精神は我らも見習うべきだったのやもしれん。だからこそ一番槍を務めて散っていった。……あの魂は我らには眩しすぎる』


 黒い影で演出される三体の裏側の住人が話している。全員演じられていらっしゃるのは六十を過ぎている大ベテランの先輩方だ。この三体が二章のラスボス予定らしい。今も週刊誌で連載中で、二章も終わっていないから推測になるけど。


『我々は我々らしく、悪どい手を使おうじゃないか。表の世界を手に、重力も克服して。──我々は完全なる生き物に産まれ変わる』


『そのために、来い』


 呼ばれたために『オレ』が足音を鳴らして行く。マイクは余裕があったので呼ばれる前にマイクの前に立っていた。このシーンではこの四人しかマイクを使わないので出番のために後ろから出たりはしなかった。


『使えるのか?』


『さて。本人に聞いてみろ』


『……オレはただ復讐できればいい。人間が滅びて貴方たちが世界を統べようが……。まずはこのイギリスさえ滅びれば満足だ』


『とのことだ。人間には人間を。──始めよう。表と裏の統一を』


 これでAパートの『オレ』の出番は終わり。音響監督と監督からもOKを貰う。ただただ悪役として演じて問題はこの後だ。

 Aパートは主人公たちの日常生活が描かれる。能力を制御するために学園に擬態した育成機関があり、裏の世界の人間と戦うために訓練をしていることはもちろん、精神の安定性を保つために普通の学園生活もしたりしている。


 そんな学園生活の一端として球技大会が開催されていた。主人公たちも様々なチームに別れて球技を楽しんでいる。この緩急も『浸食のグラナダ』の魅力かもしれない。

 Aパートはその後ずっと和やかな雰囲気で収録が進む。主人公がテニスでライバルに負けて悔しがっているところでAパートは終わる。

 その後は『オレ』にもう一度出番が回ってくる。今度は悪役ではなく表の顔で接しないといけない。


 主人公たちの学園である『エルリット総合学園』に来た警官の格好をした人間。それが『オレ』だ。球技大会の休憩中に警官が学園内にいたことで主人公たちは警戒する。

 彼らは世界のために戦っているが、学園のことは一般社会には隠さなければならない。超能力を持っていることが世間にバレればその力に興味を持ったマスコミが殺到しかねない。だから主人公たちは警官の姿をした『オレ』を見て目を左右に揺らす。

 それを見て『オレ』が主人公のハラン・M・ドーラがいる一団へ近付く。


『君たち。この学園の生徒だね?』


『そうですけど……。ヤードの方ですか?』


『ああ。スコットランド・ヤードのディスタブロ・エンハンスと言う。最近の怪事件を調べるためにこの学園へ足を運んだ』


『怪事件、ですか?』


 ハランと一緒にいたヒロインのシスリーナに鸚鵡返しをされる。とはいえ彼らは裏の世界との抗争のせいで怪事件というものに心当たりがあったので冷や汗をかいていた。

 ダウナー系の、面倒だという態度を隠すことなく『オレ』は言葉を続ける。


『このロンドンでどれだけの人間が消えていると思っている?行方不明者百人以上、死体なんて八十以上な上にどれも人間にはできないような強力な力で引き千切られたような変死体に、とても鋭利な刃物で斬られたかのような真っ二つ死体。こんなものが上がっていて、警察(ヤード)が調べないわけにはいかんだろう』


 ディスタブロが言う言葉に心当たりがあり過ぎたために、主人公組は誰も何も言えなかった。その死体を全員見ているからだ。


『今世界ではロンドンでジャック・ザ・リッパーの悲劇再びと言われているんだぞ?ヤードも総力を挙げて調査するに決まっている。……最近は件数が減ったが、まだ油断はできない。その調査の一環だ』


『それはわかりましたが……。どうしてウチの学園に?ウチではその事件は起きていませんよ?』


 主人公組の中でも頭のキレるクールキャラ、グーニルが問いかける。このグーニルは花井さんが演じている。裏の抗争との最前線ではあるが、事実として学園内では一切怪事件は起きていなかった。だから調べるのは変だという話だろう。


『事件が起きていないからそこでは起きないなんて誰が決めた?事件の発生場所には何か法則性があったか?時には足で捜査することも必要なんだよ』


『それは、そうかもしれません』


『それにここには一切の手掛かりがないというわけではない。……ハラン・M・ドーラ君。君は三ヶ月前、例の事件に巻き込まれている。第三十四番事件だ。そこで怪我を負って入院したものの、その後は何故かこの学園に編入している』


 ディスタブロの言葉にドキッという効果音が聞こえてくるほど絵コンテの中の主人公たちは肩を揺らす。

 この学園は超能力の兆候が見られた生徒を積極的に編入させている。だいたいは事件に巻き込まれて能力が発覚、覚醒するので事件の関係者が多く在籍しているのは事実だ。


『事件の生き残りがこの学園には編入し過ぎている。海外の人間もいるようだが……。幾ら何でも多過ぎだろう。この学園は学費が全て無料という国費をかけて運営されている学園だからこそ、事件の被害に遭って大変な生徒を受け入れているのかもしれないが……。不自然だ。だから末端のオレがこうやって派遣されてる。下手したら国を挙げての隠蔽事項かもしれないからな。面倒だ』


 事実国も極秘にこの学園の運営に手を貸しているのでディスタブロの言葉は何も間違っていなかった。現実世界に沿った世界観なのでそういった隠蔽も調べようと思えば出て来てしまうのだ。

 こういった、現実味のある設定も思い出させてくれるのがこの二章だ。

 頭をガシガシとかきながら、『オレ』は一つため息を。そこへオドオドとした小柄の少女であるソラコ・アケシマという日本人の少女が挙手をして質問をする。


『あ、あの。これからどれくらい調査するんですか?』


『知らん。決定的な証拠が見付かるか、完全にシロだとわかるまでだ。期間なんて見積もりは出せん。……君もアジア系だな。本当にこの学園はわからん……。一応これでもヤードだからな。市民の安全は守らなければならない。君たちもこのロンドンの住民なら庇護対象だ。不要な外出は控えろ』


『わかりました……。なるべく寮にいることにします』


『そうすればいい。……何かイベントごとの最中のようだな。ハラン君。君には後日調査の協力をしてもらうつもりだ。今日はひとまず学園側に詰問をするが、今度は君の番だ。失礼する』


 『オレ』はそう言って去る。去った後、主人公組は顔を突き合わせて相談し始めた。


『ヤバイって。ヤードに睨まれた。いや、前からヤードには気を付けてたし、戦闘の時は邪魔だから何もしないで欲しいんだけど……』


『実際マズイ事件だもの。調べるわよ。……ソラコ、何か感じたの?』


『うん。……あの人、ウソをついてる。いや、嘘というか、自分を偽ってる……?』


『何?本当のヤードじゃないってことか?』


 ソラコは特殊能力で人の色が見えるという。その色で相手の感情がわかるという超能力で、戦闘にはあまり用いることができない主人公組では珍しい非戦闘員だった。


『私の能力じゃどこまでが嘘かわからないから……。もしかしたら面倒って言葉が嘘で、正義感の強い人なのかもしれないし……』


『ソラコもアテにならないな』


『ご、ごめんね。グーニル君……』


『グーニルはさあ。責めてるわけじゃないのはこの数カ月でわかったけど、もうちょい言い方変えた方が良いぜ?』


『む?そうか?ソラコも済まない』


『ううん。曖昧なことしかわからない私も悪いから』


 ここでシーンはカット。

 NGもなく監督たちから言葉がかけられる。


「うん、間宮君も問題なし!今のまま本テイクで使いたいくらいだよ。悪役の時とヤードの時はそれくらい変えてくれると助かるな」


「わかりました。このままで行きます」


「それじゃあ若林君。打ち合わせの時にも伝えたけど、三話後のスパイとしてバレる役、間宮君のAパートの演技に合わせてね」


「了解です。間宮君、あとで心情とか教えて」


「はい」


 最初のAパートで悪巧みをしていた人物が僕だとバレないように今日のキャストでモブをやっている若林さんという男性声優さんがあの人物を演じていたと擬態する。

 ディスタブロの正体がバレるのは原作でも最近のことで、二章の中盤でようやくバレるくらいだとか。だから悪陣営が利用しようとしていた人間のことはキャストも誤魔化すようにするという監督たちの仕掛けがある。

 この仕掛けを作るために苦労するのは若林さんだ。後でよく話しておかないと。


「若林さん、声質とか大丈夫ですかね……?」


「ああ、うん。あれなら俺も出しやすい低音だから大丈夫だよ。……しっかし、悪役の時とヤードのダルそうな声と、地声。全部全然違うな」


「これくらいしか取り柄がないので」


 若林さんにはそう褒められる。身体を使って表現できないのなら声で差別化するしかなかった。声優になると決めた時に必死に練習したことだ。プロとしてこれくらいはしなくちゃダメだ。

 テストが終わって休憩に入った時、花井さんも含めて色々な人に褒められた。主人公組の有名声優さんたちはもちろん、大ベテランの上司組にも言葉を掛けられた。


「いやあ、若い芽が育ってるねえ。これで声優業界は安泰だ」


「俺たちがジジイだけをやっていられるのはありがたいことだよ。最近は若い頃の役の声が出なくなったからなあ」


「間宮君みたいな子が引き継ぐんだろうな。いや、流石にそれは早すぎか?」


「早すぎですよ。僕ってまだ高校生ですから。花井さんたちが受け継ぐ方がありえると思いますよ」


「だなぁ。任せたぞ、若人たちよ」


「俺たち、もう四十になるんですよ?」


「還暦超えた俺らにとったらまだまだ若造よ」


「ですよねー」


 そんな感じでこの現場もとても空気が良いまま収録が進む。ギスギスしていたら良い作品なんてできるわけがない。

 そういう意味では根本さんが参加していた前の作品は心配になってくる。収録は押しているし、矢口はいるし、問題は起こされたし空気が死んでいるかもしれない。僕は共演NGをしているから前番組に参加することはないから知らないままだろうけど。


 後で根本さんに確認のラインをしてみようか。心配だ。

 本番も変なミスはなく、時間より前倒しで終わった。始まりが遅すぎたために後ろを心配する声優さんもいたが早抜けするようなことはなかったようで全員安心して帰っていった。


「いやあ、やっぱりこのメンツは良いですね!収録延びないのは最高!ってことでもう一仕事頑張ってきます!」


「配信頑張ってねー」


 そうやって送り出される声優さんも数人。ラジオとか根本さんのような動画配信とかある人もいるから大変だ。

 時刻は八時半。僕もスタッフさんとキャストさんに挨拶をして帰る。松村さんからメールがあって事務所に来るようにと言われた。というかビルの外で車で待っているらしい。

 僕の一日はまだ終わらないようだった。


次も日曜日に投稿予定です。

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