4ー3ー1 アニメ制作の裏側で
トラブル。
月曜日の大騒動の後。火曜日に僕はまた学校を早退していた。この日からもう一本レギュラーが増えることになったために、午後の収録に間に合わせるためにまた早退の日が増えた。そろそろ言い訳のタネがなくなるぞ。
仕事があることは嬉しいことなのに。
今回のアニメは週刊誌で連載しているバトル漫画がアニメ化したもの。その中で僕は章ボスと呼ばれる敵に利用されている青年役だ。
そう、青年役。年齢設定では二十代前半という僕より上の年齢の役を演じることになった。なんとも珍しいことでアニメのキャラクターは若い、というか中高生が多いので演者よりは若いキャラが多いから必然とそうなる。
たまにエルフとか人外のキャラがいる関係で年齢がぶっ飛んだキャラもいたりするけど、そういう例外を除けば基本若いキャラが多い。それにエルフとかも見た目が若いから声をわざわざ作って年寄りのような演技をすることはない。
僕の役は何か特殊な出自をしているわけではない普通の青年だ。逆に言えば普通だからこそ、ちょっとした不幸で悪の道に落ちてしまうんだけど。
年上のキャラはどうしようかなあとちょっと悩んでいたけど、この前吹き替えでたくさんのカッコイイ大人を見てきたし、その夜に日本で一番カッコいい野球選手に会ってしまったからプランはいくつか考えてこられた。
問題はこの役、オーディションで受かったわけじゃないんだよね。この作品のオーディション自体は受けたんだけど、受けた役はこの青年アルス・マグナではなかった。他のレギュラー勢というか主人公側の少年役で受けて落ちたんだけど、オーディションの時に監督が目をかけてくれたようでこうして拾ってくれたわけだ。
こういうことがあるからオーディションはしっかり受けろと言われている。ちょっとした仕草や言動を気を付けるように言われている。何が製作者の機嫌を損ねるかわからないからだ。たった一言、言葉遣いだけでダメだと思われて外された人も業界にはいるようだ。
今回の作品、『浸食のグラナダ』では現実世界には表裏一体の裏世界があって、その裏世界から表世界へ侵食しようとしている裏の人間たちが表の世界の人間である主人公たちと戦うというのが基本ラインの作品だ。
少年誌らしい熱いバトル描写と勧善懲悪のストーリーが高評価を受けてアニメ化が決まる前から凄く人気だった。アニメ化が決まってかなりコミックが売れたらしい。
もう二クールはアニメの収録がされていて、僕は第二部である三クール目からの新キャラだ。今日の収録から三クール目に入る。
収録がお昼のそこそこ中盤からなので学校を一日休まなくて済むのは助かる。金曜日の午後の授業がちょっと怪しくなっているけど、『パステルレイン』があるから仕方がない。
昼休みに早退してスタジオに向かう。その前に立ち食い蕎麦屋でたぬきそばを食べてからスタジオに向かった。早めのスタジオ入りを目指すのは新人声優として当たり前の行動だった。こういうことがやっぱりスタッフ陣の心象に関わってくる。
もちろんキャストの方にもまた一緒に演じたいと思われれば共演NGを受けないので仕事が減ったりもしないと良いことづくめだ。
だから新しい現場ではなおさら気を付けて現場入りしようと決めている。
今日のスタジオは家と逆方向だったので間に合わないことを気にして制服のままでスタジオ入りすることになった。余裕がありそうだったら来週の収録からは家に戻っても良いかなと思ったけど、お昼を食べたからといって結構ギリギリになってしまった。
だから来週からも制服でスタジオ入りすることになりそうだ。
スタジオがあるビルに入ると、スタジオが使用中だと表示があった。僕たちの収録が十五時からだったのでその一時間前の十四時の今、空いているはずだった。よっぽど収録が押していなければ次の収録の一時間前には換気とか掃除とかあるので空いているはずなんだけど、今日は空いていないようだ。
例えば機材トラブルでもあったんだろうか。
空くまでビルの中のベンチで台本を読んだり、原作の漫画を読んで待つことにする。スタジオ入りが遅れるなんて初めてだ。社長と松村さんにスタジオ入りが遅れることをメールで伝える。
一応ビルの事務室で表示が間違いではないことも確認したが、スタジオはやっぱり空いていないらしい。前の収録が長引いているようだ。スタジオ入りが遅れるのは初めてだ。珍しい経験をした。
ベンチで待っていると、ゾロゾロと中に入ってくる人が増えてきた。収録の関係者だろう。これ、本当にどこまで伸びるんだろうか。
台本を読んで待っていると、ある男性に声を掛けられた。『スターライト・フェローズ』で共演した花井純さんだった。この作品で主人公を務めている。
「やあ間宮君。久しぶり。今日からグラナダの収録に参加するんだね?」
「はいそうです。花井さん、何か聞いていますか?」
「スタジオが空いてないことかい?これいつものことなんだよ」
「いつものこと?」
何かしらのトラブルじゃないらしい。というか、二クール収録をしていて毎回のことのように話されると困惑する。機械系のトラブルだったら業者に点検をしてもらうとか対処法はあるだろうけど、そういうわけじゃなさそうだ。
「前の収録が毎回押しているんですか?」
「そう。とある音楽ゲームが原作のアニメを収録してるんだけど、毎回定時には終わらないんだ」
「……普通スタジオの確保って、トラブルがあった時のために長めに確保していますよね?」
「どの収録でもそうなんだけど、絶対に延びているんだよ。だからスタッフやキャストもちょっと遅れて来てる人がいるよ。収録が終わっても入れ替えのために時間がかかるからね。早く来たってこうして待つわけだし、他の人は別の仕事で時間通りに来られないキャストもいるし」
そんなことがあるのか。売れっ子声優さんだと別撮りとかリハはやれない人もいて本番だけ撮る人もいる。そういう売れっ子さんは本番の一発撮りでミスもせず完璧な演技をされるので問題がない。
機材トラブルじゃないとすると人為的な遅延か。スタッフかキャストか。どっちが悪いんだろうか。
「大体一時間は見ておくと良いよ。後ろに予定はあるかい?」
「今日はグラナダを連載している週刊誌の取材があるのでそれくらいですが……。一時間で済みますか?もうそろそろ入りの時間のはずなんですけど……」
スマホで時間を確認するともう十五時になるところだった。なのにまだスタジオが空かない。これ相当押しているんじゃないだろうか。
「あー、今日は長いねえ。俺たちの収録に被り始めたのは二クール目に入った頃からなんだけど、そこから毎週遅れてるよ。ラジオとか持っている人はかなりスケジュールがキツキツだから収録はかなり詰めて行われるから気を付けてね。そういう収録って初めて?」
「初めてですね。どの収録も余裕があったので、急ぐ収録は経験が……」
あるなあ。子役の頃の話だけど。あるオカマくさい人物のせいで収録が進まなくて巻き巻きになったこともあるけど、声優になってからはない。作品にもキャストにも恵まれていたんだなと思い知る。
キャストやスタッフが集まり始めたので、スタジオに入る前に各所へ挨拶をしてしまう。わざわざスタジオへ入るまで待つ理由もないからだ。そんなことで時間を潰してもまだスタジオは空かなかった。
「おや。今日は長いな」
「もう十六時になりますよ……?普通ゲーム原作の作品って一度は収録しているはずだからすんなり進むはずじゃ?」
「あー、普通のゲームならね。前の収録はアプリゲームな上にフルボイスじゃないからあんまり収録していないらしい。俺は出てないから知らないけど」
「あ、そうなんですか。てっきり『スターライト・フェローズ』みたいなゲームなのかと」
「そうだったらどんなに良いことか。こうやって無駄な時間を過ごさなくて済んだんだけどねえ」
結局スタジオが空いたのは十七時を超えてからだった。お昼の収録のはずだったのにもう夕方だ。収録中にお腹がならないように気を付けないと。この時間帯の収録は初めてだからそれだけが不安だ。
次も日曜日に投稿します。
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