25年後の後悔 ~親は無くとも子は育つ~
25年後の後悔~その後の王妃、グランド王子の視点。
頼りない親の元でも、周りがしっかりしていると、子供は何とか
育つものです。
両親はアレだけど、側妃様がまともで良かった!
悪気がないからと、なにをやっても良い訳ではありません!
王妃は1人になってしまった自分の離宮を見渡しながら、ポツリと呟く。
「寂しいですわ…。」
愛した人との最愛の子供たちは誰も彼女の側には居なかった。第一王子のグランドも王女のマリールイゼも、もう王宮にはいない。
当時、王太子であったアルメリオが卒業パーティーで自分の婚約者を断罪した後、王太子と伴に国王の執務室に呼ばれた時の事を思い出す。先王陛下は静かに怒っていらした様だった。
それはそうであろう。ご自分が整えた婚約を勝手に破棄されたのだ。怒って当然だ。
執務室に入る前にアルメリオには「何時もの通り微笑んでいれば良いよ。ただ、勝手に答えては駄目だ。何か言われても『仰せのままに』と言うようにね。決して悪いようにはしない。私が守るから。」
そう言い聞かせられて執務室に入ったのだ。
執務室に入り、陛下と対面したが、陛下は私を見ることはなかった。
存在をないものとされていた。私の隣にいるアルメリオ様は私を
いかに愛しているか、妃に相応しいか、切々と訴えていた。
私もなんとしても陛下に認められるべく、心の中で手を組みながら
少しでも良く見える様にと、微笑みを浮かべていた。
陛下は黙って聞いて下さってから、徐に私の知らない言語で
『さて、そなたは妃に相応しいとアルメリオは申しているが、そなたは妃として何が出来る?申してみよ。』
何か仰られた。が、私には理解出来ない。
隣のアルメリオ様の顔がこわばった。また別の言語だと思われる言葉で、
『本来であればそなたらのした事は国家転覆罪、一族郎党斬首だが、そなたはどう思う?』
何かを答えなければいけないのだろうか?言われている意味が分からない。でもアルメリオ様が『仰せのままに』と言えば良いと仰っていたから…
「はい。陛下の仰せのままに。」
私はその後、1人執務室を出され応接間に通された。
その後の執務室では陛下から
「さて、アルメリオ。何処が妃に相応しいのだ?このフルフレール王国の隣国は4カ国。王妃ともなれば同盟国の言葉も併せ最低7カ国は話せなければ話しにならない。自国の不利にならない様に立ち回る事も必要だ。で、あの者は己の親兄弟のみならず、一族郎党の斬首も意味が分からず『仰せのままに』と申したぞ。
もう一度問う。何処が正妃に相応しいのだ?!」
その後、アルメリオ様が応接間に現れてお話し下さったのは…。
確かに私は学院での成績もあまり褒められたものでは有りませんでしたし、下級貴族ですからマナーも不安があります。半年程マナーの教育を受けてから婚姻すると言うものでした。ただ卒業パーティーで宣言した為、位は正妃ではありますが正妃の仕事はしなくても良いとの事。それから離宮を賜る事になりましたが、その離宮からは出てはいけないとの事。そして婚姻式は内々にて行うとの事で、実家の子爵家からは誰も呼んではいけないと言うことだったのです。
「なぜなのですか?なぜお父様やお母様を呼んではいけないのですか?みなに祝ってもらいたいのです!アルメリオ様、お願いです。どうぞ陛下にお願いして下さいませ。」
そんな私の訴えにアルメリオ様は苦しそうに、
「先ほど陛下から聞いたのだが…。そなたの家からは絶縁状が届いたそうだ。」
一気に血の気が引いた様な心地が致しました。
「な、なぜなのですか?なぜ絶縁など……」
ソフィアは見る見る間にその美しい緑の瞳に涙を溢れさせる。
「済まない。私も知らなかったのだ。妃になると妃の実家から『化粧料』という名での支度金が毎年納められる事になっていたらしい。」
これは、国庫はあくまで民のものであり、妃の日常の衣服や贅沢品などは、あくまでも実家が負担する、というシステムらしい。勿論国事などの行事の際の衣装は国庫の中の国王予算や王妃予算から賄われるが、日常生活に於いては基本、化粧料から賄われる。
正妃が高位貴族にしか務められないのにはこう言った訳もあったのだ。昔、妃達に国庫が食い潰されかけた国々が数多くあり、それらを踏まえて、今はどの国でも妃の衣装などは実家が面倒を見るという習慣らしい。私も父上から「そなたが無理をしたのだ。ソフィアの面倒はそなたの個人資産から賄うように。」と言われた。
ソフィアの父上からは「わが領地は化粧料を納める事など到底、不可能。領地の民の生活も御座います。どうぞ娘、ソフィアは王家に差し上げます。が我がコンドール家とは縁を切らせて頂きたくお願い申し上げます。」と言われてしまったのだ。
陛下は
「コンドール家は分を弁えているようだな。ま、欲をかけば己が領地など踏みつぶされてしまうからな。が、惜しむらくは…己の娘の教育不足か。」
と零されていた。
私は自分の理解の範疇を超えた話しにただ泣くだけしか出来ず、その後のアルメリオ様のお話もただ頷くだけの人形になっておりました。
結局、私が懐妊した後に側妃のエミリエンヌ様がお輿入れになりました。それは、そうですわね。私ではアルメリオ様の治世をお支えする事は出来ませんもの。外交も国内の政治も何も分からないのですから、下手に表に出てしまうとアルメリオ様の迷惑になってしまいます。せめて愛した方の迷惑にならない様、努めていたつもりで御座いました。
ですが、本当の意味で分かってはいない、と言うことをグランドの婚約者を探す時に思い知らされたので御座います。
私はグランドが第一王子だから、当然王位はグランドが引き継ぐものだと考えておりました。出来たら、グランドも好いた方と相愛になって幸せになってくれたら…と考えておりました。
が、探しても探しても、探しても!
グランドの婚約者は見つかりませんでした。
この時ばかりはアルメリオ様にも泣きつきましたが、それでも婚約を整えることは出来ず、宰相様にお手紙を出して何とか力になって頂けないかをお願いするに至りました。
手紙の数が10通を超えた頃でしょうか…。宰相様がこの宮にお越しになられたのは…。
「お久しゅう御座いますな、妃殿下。ご健勝で何よりで御座います。」
「宰相様、どうかグランドの事、お頼み申し上げます。どうか…」
私の縋るような言葉に宰相様は困ったように、
「妃殿下、どうぞ頭をお上げ下され。
申し訳御座いませんが、この老骨にはお力にはなれません。」
そう仰いながらぽつり、ぽつりとお話し頂きました。
曰く、誰が何処の貴族が大切に大事に育てた娘を『王命』で結ばれた婚約を破棄するような者の子に嫁がせたいと望むのか?
嫁がせたとして大切にして貰える保証もない。また後ろ盾もない。不幸しか産まないのであれば、嫁がせたいとは考えない、と。また政略結婚にもなりはしない…と。政略のうま味がない。とまで言われてしまいました。
あぁ!あぁ!全て、全て、恋に浮かれ、我らが思うがままに浮かれ走った私たちの咎なのですね?
ごめんなさい。ごめんなさい。
何千何万回と謝ったとて、許されることでは無いけれど、それでも母は謝る事しか出来ません。
グランド、マリールイゼ、ごめんなさい。愚かな母です。
愚かな父です。
それでも、心から愛しています。
どうぞ、あなたたちがそれぞれの幸せを見つけてくれることを
祈っています。心から祈ります。
私はグランド・アルメリオ・ソフィア・フルフレール。このフルフレール王国の第一王子だった男だ。
今はグランド・サントス公爵と名乗っている。私の立場は少し微妙で、幼い頃より私を取り巻く環境は「腫れ物」に触ると言うのか、「透明人間」であったと言うのか…。私を人として見ていてくれたのは両親と同腹の妹、側妃様、そして側妃様が産んだ腹違いの弟妹達だけであった。
同腹の妹である、マリールイゼの我が儘で、礼儀教養の講師が解任された時に「兄上も一緒に学びませんか?」と声をかけてくれたのも弟達であるし、「そなたも王の子なのです。なんの遠慮があるものですか。必要な教育、教養は全て学ぶのです。不要な遠慮などするものではありませんよ。」そう、声をかけて下さったのは側妃様であった。
今、考えればその時には私は私の立ち位置を理解していた様に思う。
早熟だったのか、侍従、女官の言葉の裏を考え、顔色を見ながら考慮すると、自ずと答えが見えて来る。
そんな私にいつも誤魔化さずに、真摯に向き合って下さったのは側妃のエミリエンヌ様だったのだ。
ある時、瑠璃宮のリビングルームでの事だ。エミリエンヌ様に
「グランドは王位を望みますか?」
と聞かれた事があった。その時には既に自分は王になることはできないと理解していたし、王位を欲する事も無かった。
「いいえ、望みません。第一、私には支えてくれる後ろ盾がありません。そして無理に王位につけば内乱が起こるでしょう。そのような未来、私は望みません。」
エミリエンヌ様は少し寂しげに微笑まれ、
「あなたは利発です。そして才能もある。あなたが望むのであれば、私が後ろ盾となりあなたを支えますよ?」
そう言われた事がありました。
「魅力的なお話ではありますが、国を乱すのは好みません。私はサンダールの治世を支える為に尽力したいと考えています。」
そう言うと、
「多分、そう言うと思っていました。が、あなたは勤勉であり才がある。その才を何に使うのかは任せますが、努力を怠らない様になさい。見ている者は必ずいます。必ずです。」
そう、力強く言って頂けた事。それが今の私を支えてくれている。
私の母上は、良く言えば「純粋な」悪く言えば「考えの足りない」方だ。母上は基本、自分の半径15メートル位の事のみしか考えられない。大局を考える事が苦手なのだ。まぁ、愛妾のようなものだから仕方がない。王妃は大局を見据えなければならない。個ではなく国を見なくてはならない。エミリエンヌ様は正しく「王妃」なのだ。
私は臣下に下る際、結婚もしないし、子も残さない、と決めた。
これは子を残して他国にでも渡られると後の混乱を生むことにもなるし、何よりサンダールの治世に、後の世に混乱を生むことを良しとしなかったからでもある。
陛下にもサンダールにも、もちろんエミリエンヌ様にも…そこまでする必要はない、と仰って頂けたが、だからこそだ。
この国が大切だからこそ、己が出来る、できうる限りの予防はしておきたい。
今、私は陛下から賜った公爵領の実験農場に来ている。
実は学院時代に私が発掘した遺跡より発見された「古代小麦」を蘇らせる実証実験を行っているのだ。「古代小麦」は保存性が良く、食感もしっかりしているらしい。今は、国交はないが北の大陸の一部の地域でまだ栽培されているようだ。なかなかの高級品なようだが、如何せん病気に弱く、栽培が難しいらしく出荷量は多くない。その「古代小麦」を病気に強い品種に改良して国の輸出品の一つに出来ないものかと、考えているのだ。
「古代小麦」は長期保存もきくし、パスタにしても良い。またハードビスケットなどにすれば軍用食としても重宝する。スランタニア皇国に送れば、パスタ好きのフロンターレも喜ぶだろうし、ヘイルーズ辺境伯になったカレンに送れば軍用食としても重宝してくれるだろう。今度、教会にいるマリールイゼにも送ってやろう。ビスケットならば喜んでくれるだろう。
そんな事を考えながら、一緒に作業をしている研究者や領民の皆と話している、この時がとても大切だ。
母上、父上、今私は幸せです。
多分、お二人の考える幸せとは少しだけ違うのかもしれません。
ただ、私には私にしかわかり得ない幸せがあるように、マリールイゼにはマリールイゼだけの幸せがあるようです。
大丈夫です。
親は無くとも子は育ちます。
お二人とも、どうぞお元気で!
リクエストを下さった方。ありがとう御座いました。
あなた様のお陰でこのお話しを書けました。
感謝をこめて!