日常
その日以降も狼は毎日来て一緒に食事を食べ、本を一緒に読んでいた。狼の定位置はミラの真横になっていた。
『結局俺の呪いについては書かれてなかったな…』
ミラが最後のページを読み終わると、狼は耳を垂らし本の裏表紙を眺めていた。
「どうしたの?お腹いたい?」
ミラは狼の背中を撫でる。狼はそのまま伏せ遠くを見つめている。
『俺は呪いを解いてどうしたかったんだろうか…もう一度王子に戻りたかったのか…ミラの家族を…魔女達を一方的に殺したこの国のか?…』
背中を撫でているミラを見ると、金色の瞳で心配そうに狼を見つめている。大丈夫だというように狼はミラの頬に顔を擦り付けた。
「おはよう」
『おはよう』
狼は顔をミラに擦り付ける。本を読み終わっても狼は毎日ミラを訪ねていた。
「ねぇ狼さん。狼さんの名前は何?こんなに一緒にいてくれるんだもの。名前を呼びたいわ」
『名前はもうない』
狼が耳を垂らしながら、寂しそうにミラを見る。
「名前がもしないなら私が考えてもいいかな?」
狼の耳が立ち尻尾がパタッパタッと振れている。
「あのね、ルークはどうかな?狼さんは私にとって光みたいな存在だから…」
金色の瞳がまっすぐに狼を見つめる。
『…そんな資格ないのにな…だが、名前を、しかもこんな名前をつけてもらえるというのは嬉しいものだな…』
狼の尻尾がパタパタと振れる。
「良かった。気に入ってくれたのね」
ミラは狼の顔を両手で優しく包み、サファイアブルーの瞳を見つめる。
「今日から狼さんはルーク。ルークこれからもよろしくね」
嬉しそうに微笑むミラにサファイアブルーの瞳が熱く揺れた。
それから数ヶ月後。
「ルークこっち!」
ルークがミラの側に駆け寄る。今日は二人でキノコを採りに来ていた。布を広げお昼ご飯にする。布の上にはルークが捕ってきた猪肉で作ったローストを挟んだサンドイッチや畑で一緒に取った野菜のサラダなどが並ぶ。ルークはくわえていたキノコの入ったかごを布の上に置き、布の上に伏せる。
「いただきます」
『いただきます』
ルークがサンドイッチをすごい勢いで食べていく。
「お野菜も食べてね、体にいい薬草もいれてるから」
ミラはルークの背中を撫でる。
『ミラが作ってくれたものなら何でも食べるよ』
ルークはサラダにも口を伸ばしモシャモシャと食べる。そんなルークを見ながら、嬉しそうに微笑みながらミラもサンドイッチを口に運ぶ。
お昼を食べ終わると、ルークは足を伸ばし伏せていた体を斜めにする。ミラがルークの側腹に上半身を埋める。
「いつもお腹かしてくれてありがとう」
ミラがルークを見つめながら言うと、ルークはサファイアブルーの瞳を細め優しくミラを見つめ返す。
「ふふっ、ルークは優しいね」
ミラは目を閉じ微睡み始める。毎日会ううちに昼食を一緒に食べルークのお腹でお昼寝をするのが二人の日課になっていた。二人の間に心地よい時間が流れる。
自分の体にもたれて眠るミラを見つめながらルークは思う。
『俺はミラの支えになれているだろうか…幸せにしてやりたい…』
帰り道、森の中を歩いていると狼の親子が遠くに見えた。
「ルークは毎日会いに来てくれるけど、どこに住んでるの?」
『国境の砦はミラには危険だ…』
ルークは聞こえていない素振りで洞窟への道をミラと歩く。
その時、後ろからガサガサと音がした。振り向くと以前ルークに怪我をさせた大きな熊が今にも襲いかかりそうになっていた。ルークが唸る。
『こいつっ…今はミラがいる…逃げられないな。戦うか…』
ルークが熊に飛びかかろうとした時、
「ルーク!」
何かに引っ張られルークの体が浮く。
『え?』
ルークが引っ張られる方を見ると、ミラが自分の体よりも大きなルークを一生懸命後ろから抱きしめ空を飛んでいる。下では熊が追いかけてきている。
「このまま熊さんから離れるから」
ルークの体を必死で抱きしめ、人から見つからないよう木の上から出ないように、だが出来るだけ上の方を飛ぶ。
『こんなに速いのか』
木の間を馬よりも速く飛んでいく。ルークが風を感じていると、ルークを抱えるミラの腕が重さでプルプルと震えている。ルークが下を見るともう熊は追いかけてきていなかった。
『もう追いかけてきてないぞ』
「ワフッ」
「あら、もう大丈夫かしら?」
ミラは汗をかきながら辺りを見渡し下に降りる。
「ふふっ、ルーク逃げるが勝ちよ」
地べたに座り込み、微笑みながらルークの顔を撫でる。
『ミラがいたから戦おうと思ったんだよ…俺は重かっただろ?ありがとう』
少しふて腐れたように目を細めながら額から伝うミラの汗を舐めとる。
「ルーク今汗かいてて汚いから…」
『汚くないよ…俺を助けるためにかいてくれた汗だ…』
ルークはその後もミラの汗を申し訳なさそうに、だが愛しそうに舐めとっていた。
それからもミラとルークは毎日一緒に過ごした。ミラが畑の手入れをしているとルークが小川からバケツに水を汲んでくる。ミラが罠を仕掛けなくていいようにルークが兎などを捕まえてくる。ルークが食べたそうなものをミラが作る。ミラが眠そうにしているとルークが横になり横腹をかす。たわいもない出来事で笑い合う、お互いがお互いを思いやるような穏やかな時間が流れていた。
一緒に過ごす昼間が終わると、
「おやすみルーク、また明日」
『おやすみ』
ルークはミラの頬へ顔を擦り付けミラがルークを抱きしめる。これが夕方の別れ際の二人の挨拶になっていた。