2人
その次の日、狼は子鹿をくわえてやって来た。
『食事の礼だ』
洞窟から出てきたミラの前へ小鹿を置く。
「私にくれるの?ありがとう。でも捌けるかな…本にのってたよね…」
ミラは棚から本を取り出し洞窟の外へ出て、捌き方を探すため本をパラパラとめくる。その時本の隙間から手紙が落ちた。狼が手紙を拾いミラに渡す。
「ありがとう、大事な手紙だから痛まないように挟んでいたの」
狼から手紙を受け取り本に挟み直そうとすと、狼がジッと手紙を見つめていた。
「この手紙見たいの?」
ミラは本を膝の上に置き封筒から手紙を取り出した。狼に見えるように手紙を広げ書いてあることを声に出して読む。狼がのぞきこむ。
『この少女はミラという名なのか…200年後に目覚めるとは?』
ミラが読む間狼は一緒に文字を目で追いながら手紙の内容について思考を巡らせた。
ミラは読み終わると寂しそうな表情を浮かべていた。金色の瞳にはうっすら涙が浮かぶ。
「私ね200年前にお母さんたちが時の止まる魔法をかけてくれて、2年くらい前に目覚めたの。ずっと棺の中にいたのよ。魔女狩りから私を逃したかったのね。でも、一緒にいたかった。一緒に死にたかった。一人は寂しい…」
ミラの目から涙がこぼれ落ちる。
『…だから棺があったのか…いきなり200年後に一人きり…想像もできない…』
涙をすくうように狼がミラの頬を舐める。
「ふふっ、ありがとう。それに今もこの国はかわらず魔女は悪者…みんないい人だったのよ?悪いことなんてしてないのに…」
ミラは瞳を潤ませ下を向く。
『これまで王族がいいように歴史をかえて伝えていたんだろう…なんということだ…』
「…あ~あ、何かしんみりしちゃったね、さあ捌きましょう」
涙を飲み込んだミラが一呼吸おいてら明るく振る舞う。
『俺の先祖が君から家族を奪い、今も一人でしか生きられない世界にしている…すまない…』
明るく振る舞うミラを見つめながら狼は尻尾を垂らした。
「小鹿は何にしようかな?とりあえず塩と胡椒で焼くのと…狼さんも食べていくでしょ?」
『もちろんだ』
「ワフッ」
「じゃあ少し待っててね」
小鹿を捌き終わりミラが洞窟の中へ料理をしに入る。狼も後ろについていき、バケツをくわえてミラを見る。
『水を汲んでこようか?』
「水汲んできてくれるの?ありがとう、狼さん…ふふっ、なんか嬉しいな」
狼は嬉しそうなミラの顔を見て尻尾をパタッパタッと振りながら小川へ向かった。
焼かれたお肉を美味しそうに食べる狼を見ながら、ミラも鹿肉を頬張る。
「美味しい!罠が大変だったからヤギさん以来小さな動物しか捕まえてなかったの。ありがとう」
ミラは子鹿の美味しさに目を輝かせて、狼に感謝を伝える。
『これくらいのものでいいならまた捕ってくる』
狼は嬉しそうなミラを見てパタッパタッと尻尾を振った。
狼が帰ろうと洞窟の外へ出ようとするとミラが後ろからおずおずと話しかける。
「…狼さん明日も来てくれる?」
『暇だしな、毎日来るよ』
「ワフッ」
狼がミラを見つめ一鳴きすると、ミラは嬉しそうに金色の瞳を細めて笑った。
「待ってるね」
その次の日も狼は小鹿をくわえてやって来た。
『今日も捕ってきたぞ』
「ワフッ」
洞窟の前へ置き一鳴きする。その声をききミラが中から出てくる。
「えっ、狼さん…ありがとう。でも昨日の子もまだ食べ終わってないから…」
『そうか、多すぎたか…』
狼の耳が垂れる。その様子を見たミラは急いで次の言葉を紡ぐ。
「あのっ、この子は干し肉にするわ。また、この子を食べ終わった頃にもし良かったらまたお願いします」
ミラは少し焦ったように早口で狼に話しかけた。
『そうだな、そうしよう』
狼の耳が立ちサファイアブルーの瞳を瞬きさせる。
『ん?いい匂いがする…』
狼が鼻をクンクンと動かす。
「あの、今日は香草焼きにしてみたの」
洞窟に入ると子鹿の香草焼きのいい匂いが漂っていた。狼がテーブルに前足をのせる。ミラが香草焼きをお皿にのせ、テーブルに運ぶ。
「パンはいるかしら?」
『いるぞ』
「ワフ」
狼の尻尾がパタッパタッと振れている。
「ふふっ、どうぞ」
ミラが嬉しそうにパンを出す。
狼と二人昼ごはんを食べ終わり食器を片付けていると、狼が棚を見ている。
「見てみたい本があるの?後で一緒に読もうか」
ミラが声をかけるが狼は反応せず棚の一点を見つめていた。
『魔法の本。今は存在しないはずの本。俺が元に戻れる方法はあるのか?』
そんなことを考えていると、食器を洗い終わったミラがやって来た。
「これが見たいのかな?」
ミラは魔法の本を手に取る。狼の目が本を追う。
「ここはちょっと暗いから外で読もうか」
洞窟の外に出る。狼が捕ってきた小鹿が横たわっている。
「…とりあえずこの子を捌いてからだね」
ミラは苦笑いしながら狼に本を預ける。小鹿を捌いている最中、狼は本を抱え待っていた。
小鹿を捌き終わり片付けも終わると、ミラは魔法の本を狼に見えるように開く。狼は側に座り覗き込んでいる。
「狼さん、本が読めるの?」
ミラが金色の瞳で見つめると、サファイアブルーの瞳で見つめ返してくる。
「ほんとに綺麗な瞳…さぁ、読もうか」
近くで見ると吸い込まれそうな瞳からミラは視線を本に戻し始めから読み始める。
魔力とは…その危険性とは…から始まり傷の治し方へとすすむ。
「傷の治し方は一番に魔女達が教えてもらう魔法なの。人を助けられるようにって。私は5歳のときに習ったわ」
傷を治す時の魔力の集中のさせ方などが詳しく書かれている。
『人を助けるために傷の治し方から習うとは…なぜ先祖は魔女が怖いなどと思ったのだ。未知なる力への恐れか…ん?』
狼の肩のあたりに重さを感じる。ミラがうとうとと微睡んでいた。
『小鹿も捌き疲れたか、余計な負担をかけてしまったな』
狼はお座りの体勢から横になり横腹にミラをもたれ掛からせる。微睡んでいたミラはそのまま眠りに入った。そんなミラを狼が大切そうに見つめていた。
『ん~、フワフワ気持ちいい……フワフワ?』
ミラは目を覚ますと、狼の横腹に上半身を埋めていることに気付きパッと起き上がる。日が傾き始めている。
「狼さんごめんねっ、本読んでたはずなのに寝ちゃってた…お腹かしてくれてありがとう…」
ミラは少し気まずそうに言う。そんなミラに狼は顔を近づけ頭を擦り付けた。
『俺こそ悪かったな、無理をさせた』
「続きはまた読もうね」
ミラは狼の頭を優しく撫でる。
『撫でられるのも悪くないな…』
狼は目を細めミラの優しく撫でる手を受け入れた。
また次の日も狼はやってくる。
「おはよう、狼さん」
『おはよう』
ミラの体に一度頭を擦り付ける。ミラは応えるように頭をひと撫でする。
昼ごはんを食べ、昨日の続きを読もうと魔法の本を開く。
「今日は火をつける魔法からだね」
『そういえばミラが火をおこしているところを見たことがないな』
ミラが本を声に出し読み始めるその傍らで狼が開かれたを見つめている。火の魔法の使い方や危険性などが書かれている。
『このような力を先祖は恐れたか…』
「火はね、こうやってだすの」
ミラは指先に小さな火を出す。目の前に現れた火を興味深げに狼が見つめる。
「ふふっ、ランプをつけるときとか、料理のときに便利なの」
火を消すとミラは本の続きを読み始めた。
『本には力を悪用することがないようにいろいろ書かれている…国には都合の悪い本だったのだな…』