出会い
2年経ってもミラは洞窟で生活していた。この国を出ていくことも考えたが、国内外のことはほとんど何もわからず、また国境は塀で仕切られ常に兵士が見張っていた。その為、洞窟で過ごすことが一番安全と考え、時々夜中に図書館に本を読みに行き、生活に必要な知識や今のこの国のことなどを学んでいた。
『ずっとこのまま一人で暮らしていくのかな…』
そんなことを考えながら2年間で慣れた森の中を歩いていると後ろから足音がきこえた。急いで木の上へ飛び隠れる。息を潜めて下を見ていると、大人より大きな白銀色の狼が歩いてきてミラのいる木の下で止まり、鼻をクンクンと動かし上を見上げる。綺麗なサファイアブルーの目がミラのいる方をじっと見つめる。
『なんて綺麗な狼なの…』
狼は少しの間、木の上を見渡し去っていった。
ミラは木の上から降り、狼が去って行った方向を見つめる。山の中で熊や猪には出くわしたことがあったが狼は初めてだった。それもあんなに綺麗な狼に。
数日後、ミラは小川の側の畑の手入れをしていた。すると、洞窟の方でヤギがメーメーと激しく鳴く声がきこえる。熊でも出たかと警戒しながら戻ると、洞窟の側にあの狼が血を流しながら倒れている。呼吸は荒く背中に深い傷がある。
『熊にやられた?』
ミラがゆっくり近づくと狼はサファイアブルーの目を見開き後退りするような仕草を見せた。が、傷が深くすぐに倒れ込む。
「治すだけよ、あなたに危害は加えないわ」
睨むように見つめる狼に優しく話しかけ、背中に手をあてる。すると、傷がだんだんと塞がり1分もたたずに跡形もなく治った。
「もう動けるわ。今度は気を付けてね」
狼は立ち上がり自分の背中を見ようと頭を動かす。そして、ミラを静かに見つめたかと思うと、すぐに森の中へ走り去って行った。
『あの少女は魔女か?歴史通り金色の瞳だった…魔女がまだいたのか…』
狼は森の中を走りながら、5年前のことを思い出す。
…………
『なんだこの姿は⁉』
この国の第一王子である15歳のルイスはある朝ベッドで目覚め自分の姿に驚愕した。体が毛むくじゃらで犬のような形になっていたからだ。狼のサファイアブルーの瞳はこの国の王族にだけ受け継がれる瞳の色だった。急いで自室を出ると国王直属の兵達に捉えられ、国王のところまで連れていかれた。そこには王妃と3歳年下の第二王子もいた。
「あいつが死んだんだな…お前が呪いを受けるとは…」
「父上あいつとは?…呪いとは何ですか?」
第二王子が国王に不思議そうにきく。
「私の弟だ。魔女狩りをした時に代々王族の中で狼になるものが現れるよう魔女が呪いをかけたそうだ。忌ま忌ましい魔女め。こんな呪いがあるなど王族の威厳に関わる。エドワードは病死したことにしろ。狼をはやく西の砦へ連れていけ」
『魔女の呪い⁉初めてきいたぞ⁉』
「父上、なぜ叔父上が亡くなったからといって兄上が?」
「それはわからん。狼が死ぬと次に狼になる者が出てくるらしい。リチャード、お前は次期王としてこの王族の恥を隠し通せ」
「父上、兄上はどうなるのですか?」
「代々狼になった者は死んだことにし、西の砦で飼うことにしている。あそこの森は深いからな、民に見つからず寿命まで生かすのにちょうどいいのだ」
『そんな…』
「兄上っ…」
第二王子が狼へ手を伸ばす。
「狼になったやつに言葉が通じるか。はやくその目障りな狼を運べ」
『父上!言葉は解ります!』
「ワフッワフッ」
国王は蔑むような目で狼を見ながら吐き捨てる。
「呪いが続くものでなければ今すぐに切り捨ててやるものを」
「リチャードこちらに来なさい」
王妃が第二王子を狼から離す。
「あなたはお父様のように立派な王になるのです。エドワードのことは忘れなさい」
「…そんな…母上」
第二王子は狼を哀しそうに見つめていた。
『母上…リチャード…』
狼は項垂れながら兵士に檻に入れられ、西の砦に運ばれた。
そこでは、寝床と食事を与えられ昼は森に放され生かされていた。
………
『歴史で教えられていた魔女は邪悪で悪魔のような者だった…だが、彼女は違った…瞳の色以外はただの少女と何も変わらない…呪いではなく癒しの魔法を俺に使っていた…』
狼は混乱していた。自分の習った知識とはかけ離れていた初めて会った魔女の姿に。