魔女狩り
「お母さん!嫌だよ!」
「ミラ…幸せになってね…愛してる…」
哀しそうに涙を流しながら微笑む母の顔が、閉められる棺の隙間から見える。棺が閉められ真っ暗になったところで記憶が途切れる。
大陸の東にある国。この国の東方にだけ魔女が生まれていた。魔女は娘にだけ遺伝し金色の瞳を持っていた。各町に数人いるかどうかで、病気をした町の人や隣国との戦闘で負傷した兵を治療することを生業とし、人々と共存できていた。
だが、今王に代替わりした途端、魔女の力を恐れていた王により魔女狩りが始まった。もともと魔女を気味悪がる者も人々の中にはいた。さらに、魔女を庇う者は魔女と見なすと御触れが出され、魔女を助ける人はいなくなった。魔女たちは空を飛ぶことが出来たが、多勢に無勢、鎧を着た多くの兵に囲まれ銃で撃たれれば逃げることは難しかった。
ミラの町も魔女狩りが行われていた。
「母さん、姉さん…」
「準備はできてるわ」
「あなた、ミラの棺を出来るだけ遠くに隠して」
「わかってる」
12歳のミラの前で母親が父親と叔母、祖母と話す。
「ミラ…愛してるわ。ここに入って」
母親はミラを抱きしめた後、棺に入れようとする。
「嫌!私も一緒にいる!」
「だめよ。あなたは生きて」
「一緒にいたい!」
大粒の涙を流しながら棺から体を半分出して母親に叫ぶ。
ミラは離れたらもう会えないような気がしていた。
「私もよ!」
母親は目に涙を浮かべながら棺の中にミラを押し込み蓋を閉める。
「お母さん!嫌だよ!」
「ミラ…幸せになってね…愛してる…」
母親は棺の蓋を閉めると叔母と祖母と力を合わせ時を止める魔法を棺にかけた。
「あなた、お願い」
「ああ…」
棺は見つかった時に死んだ娘を運んでいるといい兵士を欺く為だった。
父親は裏口から棺を持ち出し馬車を走らせる。
魔女狩りの兵士が追ってこない深い深い森の奥へ。
その直後、魔女狩りの兵士達が家へ入ってくる。
母親と叔母、祖母を捕まえ処刑場まで連行していった。
真っ暗な棺の中でミラの金色の目が開く。
「お母さん!」
ミラが急いで棺の蓋を押し上げると蓋が床に落ちる。
上半身を起こして周りを見渡すと、洞窟の中のようで薄日が差し込んでいる。
目を凝らすと側面には棚があり何かの本や皿が入っている。手前にはキッチンのような場所がありフライパンや鍋が置いてある。真ん中にはテーブルもあり木箱が置いてある。
ミラは棺から出て洞窟の入口へ向かう。洞窟の入口は高さはミラの身長くらいで幅は棺がやっと通るくらいの大きさだった。
その入口には蔦が生い茂っており、外からは洞窟があるなんて全く検討もつかないようになっていた。
ミラは洞窟の中のランプに火をつけ棚から見ていく。母親から生活に必要な魔法は習っていた。火もつけられるし傷も治せる、一応空も飛べる。
棚の本は薬草や魔法、生活に必要なことについてだった。キッチンのような場所には、必要な調理器具や塩や砂糖が揃っていた。テーブルの上には一通の古びた手紙があった。
パリパリと劣化した紙を丁寧に開く。そこには見慣れた筆跡の文字があった。
『ミラへ
この手紙を君が読む時には、君の時を止めて200年経っているはずだ。
ここは西の国境の近くの山中で、麓の村までは歩いて5時間くらいかかる場所になる。
洞窟の中に君が起きたときに生活が出来るよう、必要になりそうな道具を揃えておいた。
ミラを一人残していくことはとても心残りだ。
でも、お母さんもお父さんもミラに生きていてほしい、幸せになってもらいたいと思ったんだ。
愛しているよミラ、素敵な人生をおくってほしい。
お父さんより』
ミラの目から涙が溢れ出す。
もうこの世界に両親がいないことを、叔母や祖母がいないことを知って。ミラにとってはさっきまで父と母と叔母と祖母は一緒にいたのに。
そして悲しみとともに、いきなり200年後の世界に一人放り出されたようで心細さも感じていた。
しばらく泣き続け腫れた目でミラはテーブルのそばの木箱を開ける。そこにはミラの成長を思って用意したであろう古びた衣類と食べ物に困らないためであろういろいろな種が入った袋が入っていた。
その夜泣き疲れたミラは棺の中で手紙を抱きしめて横になっていた。
『お父さん、お母さん会いたいよ…今この国はどうなっているの?私以外の魔女はみんな死んじゃったのかな…』
そんなことを思いながら眠った。
翌朝喉が乾いて目が覚めた。
『飲み物どうしよう…食べ物も…そうだ、あの本に…』
ミラは棺から出ると棚の本に手を伸ばす。
薬草の本を持って洞窟の外に出る。飲み水と食べられる草を探すのだ。迷わないように洞窟が見える範囲を探すと、洞窟から50mくらい離れたところに小さな小川が流れていた。ミラは小川の水を手ですくって飲む。
『冷たい…美味しい…』
ゴクゴクと手の中の水を飲み干す。喉を潤し薬草を探しだす。本を見ながら片手で握れるほどの量が採れた。
鍋に水を汲みキッチンのような場所で火をつける。水が沸いたら薬草を入れる。味付けは父親が残してくれていた塩と胡椒だけだった。
『ミルク欲しいな。お肉も。パンはどうしよう…自分で焼けるかな?お母さんどうやって焼いてたっけ…お母さん…』
ミラの目にまた涙が溢れる。
『お母さん…お父さん…おばあちゃん…おばさん…』
「会いたいよぉ!お母さん!お父さん!」
ミラは泣きながら叫んだ。だが、どれだけ叫ぼうとそこにはミラの姿しかなかった。