夢のない異世界召喚
主人公、斑鳩 文章は、営業職のアラサー。
ある日の帰り道、彼は突然、異世界のロムリア王国に召喚されてしまう。
元の世界に戻るためには、敵国であるパルキア王国の持つ召喚魔法の秘密を解き明かすしかない。
何の能力も持たない彼は、周囲の人をほめることで仲間を得、異世界を生き抜きます。
※この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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今日も一日よく働いた。
俺、斑鳩文章は、文系の中堅大学を控えめな成績で卒業し、営業職としてそこそこの成績を残した後、何の因果か最先端の産業用ロボットの営業に配属された。当然商品のことはチンプンカンプンだ。顧客からの問い合わせを社内の優秀な技術者たちにもっていき、回答を顧客に伝えるのが今の俺の主な業務になってしまっている。
そんな俺のことを、口の悪い連中は伝書鳩と呼んだりもする。だが伝書鳩の存在が顧客をつなぎとめるのなら、それはそれで会社にとって有意義だろう。そう開き直って、商品のことは技術者に聞くと決め、愛嬌全振りの伝書鳩スタイルという極端な営業スタイルを身に着けた俺は、ある意味最強の存在だった。
「お先に失礼します!」
俺の明るい声がいつものように5時ぴったりに響く。伝書鳩の本領を発揮発揮し、誰よりも早く帰宅する。夕方5時からは俺の時間だ。俺の帰巣本能をなめるなよ!
帰宅途中、スーパーに立ち寄る。寒くなってきたし、今日は鍋にでもするか。こう見えて料理は得意だ。学生時代から一人暮らしを始めてもう10年近くがたつ。それに、一人が寂しかったので友達を呼んで料理をふるまうことが多かった。自分にとって料理は、数少ない人に自慢できる長所だった。
スーパーを出て家に向かって河川敷を歩く。目をつぶって歩いても問題ないほど勝手知ったる道。しかし、その日はふと違和感を覚えた。まず周囲に人がいなかった。いつもなら、ランニングをする人や犬の散歩をする人がちらほらいる時間だというのに、今日に限って誰もいない。さらに、虫の声も聞こえなかった。この河川敷は秋になると、いつもうるさいぐらいに虫が鳴いているというのに、この静けさはどうしたことか。今日は何かがおかしい、早く帰ろう。そう思って足を速めたその時、突然ふっと浮遊感を感じた。
「うわーーー!」
思わず叫んでいた。落ちているのか浮かんでいるのか、転がっているのか流れているのか、自分の状態も把握できない。体を丸めて耐えていると、一瞬目の前がぴかっと光り、急に世界が形を取り戻した。
「成功か?」
「どうだ、まだ生きているか?」
硬い石の床の上に俺は倒れていた。自分の足元には魔法陣のようなものがあった。それはまだ弱弱しい光を放っていたが、力を使い果たしたという様子で今にも消えそうだった。
「おい。」
部屋には黒いローブを着た男が二人いた。その中の一人が俺に問いかけた。
「言葉はわかるか?わかるなら質問に答えろ。今年は王国歴何年だ?国王の名前はなんだ?」
王国歴?国王?何を言っているんだこいつらは。見たところ二人ともそう若くない。中二病は麻疹と同じで、大人になってかかると重症化するんだな。俺も気を付けよう。
「言葉?分かるに決まっているだろう。俺が外国人にでも見えるのか?鼻は俺のチャームポイントだがどう見たって高くはないだろうが。それに王国歴に国王だって?冗談もいい加減にしてくれ。」
「いいから答えろ!わからないならそう言え!」
もう一人が吠える。
「今年は西暦2020年で、天皇陛下は徳仁だ。」
そう答えると、俺が王国歴も、国王の名前も知らないことを理解したのか、男たちは興奮した様子で話し始める。
「やったぞ!」
「成功だ!」
「これで王国の連中を…」
最後の言葉が終わらないうちに、頭上が急に騒がしくなった。
「魔力反応はここからだ!」
「急げ!絶対に逃がすな!」
音から判断するに、10人ほどの人間が上の階に来ているのが分かった。ああ、ここは地下だったのか、なんてことを考えていると、先ほど吠えた男がナイフを俺に突きつけて言った。
「おい、こっちに来い!もたもたするな!」
人に頼みごとをするときにナイフを突きつける時点で、この男たちの俺に対する営業活動は完全に失敗。ついていくという選択肢は完全に無くなった。何より、もしこいつらの仲間だと思われたら、追ってきている連中に何をされるか分からない。長い物には巻かれろ。寄らば大樹の陰。俺の人生哲学はこんな緊急時にこそ生きるのだ。そのためには時間を稼ぐ必要がある。
「は、はい、わかりました…。」
いかにも怯えている、という様子で、一歩前に踏み出す。ナイフを持った男は不用心だった。自然な動作で男と一足の間合いに入ると、膝を抜き、重力による加速を利用してさらに一歩踏み込んだ。そこはナイフも使えぬ超至近距離。踏み込んだ勢いのまま、肘で相手のみぞおちを突いた。
「ぐはっ…。」
男がたじろぐ隙を見逃さず、その手からナイフを奪い取ると、男たちから距離を取った。大学で空手をやっていて良かったと本気で思った。肘鉄をくれてやった男はうずくまっており動けそうにないが、もう一人は舌打ちをすると何やら詠唱を始めた。俺はお化けの存在は信じていないし、奇跡なんて言うのも胡散臭いと思う性質だ。でも、ローブの男の詠唱に応じて杖が光る光景を見たら、魔法の存在を信じるしかないじゃないか。
「ま、魔法!?」
詠唱が終わるとその魔法使いの周りには氷のつぶてがいくつも浮かんでいた。
「おとなしく従っていればいいものを!」
魔法使いが氷のつぶてを発射する寸前に、どおおおん!という轟音とともに部屋のドアが破られ、軽装鎧の騎士が単身、部屋に飛び込んできた。
「貴様ら、覚悟しろ!」
騎士は圧倒的であった。魔法使いは騎士の突入を見るや、氷のつぶてを騎士に向けようと杖を振るおうとした瞬間、騎士の剣が魔法使いの肘から先を切り落としていた。魔法使いが悲鳴を上げるよりも速く、騎士は剣を翻らせてのどを切り裂いた。魔法使いの死に様を見て、うずくまっていた男は逃げようと地面を這うも、騎士は悠々と追い付き、一刀で男の胴を両断した。
「おい、お前、転移者か?」
騎士は剣についた血を払いながら、俺に尋ねる。
「転移者がどういう意味か分からないが、気が付いたらここにいた。」
俺の回答に、ちっ、と騎士は舌打ちをすると、男は剣を収めた。
「助かったよ、ありが…。」
騎士に礼を言おうと一歩近づいたとき、騎士は俺のみぞおちに強烈なパンチを見舞った。
「ぐはっ…。」
「悪く思うなよ。」
気を失う俺に向かって、騎士がそう言うのが聞こえた。
***
目が覚めると、俺は再び硬い石の床の上にいた。まだずきずきとみぞおちが痛む。痛みに耐え、周りを見渡すと、先ほどとは違い、どこにいるのかすぐに分かった。地下牢だ。
「起きたか。」
声のする先には、先程の騎士がいた。不思議なことに、騎士も俺と同じ牢内にいた。彼と話をするため、側に近づこうとすると、騎士が鋭く叫んだ。
「止まれ!そこから動くな!」
その声から明確な拒絶を感じ取り、俺は床に座った。再び気まずい沈黙が続いたが、耐えきれず彼に話しかけた。
「なあ、転移者ってなんだ?」
騎士は迷惑そうにこちらをにらむ。
「こっちは仕事から家に帰る最中に、気が付いたら訳の分からないところにいたんだ。家族だって心配しているはずだ。ここがどこか位は教えて欲しい。」
俺にだって親はいる。一人暮らしを始めてからは年に一度実家に帰るか帰らないかといった程度の交流だったが、こうして知らない土地に来てみると、両親のことが急に思い出された。次に会うときには親孝行らしいことをしてみることにしよう。
俺の言葉に思うところがあったのか、騎士は話し始めた。
「…転移者というのは、異世界から召喚された者のことだ。」
「異世界から召喚だって!?」
「そうだ。異世界から人を呼び出す最悪の魔術。それが召喚魔法だ。」
硬い声で騎士は続けた。
「このロムリア王国は、西にあるパルキア王国と10年もの間戦争を続けている。当初はこちらが圧倒的に優勢だった。開戦から2年目には相手の首都を包囲し、あと少しで勝利というときに悲劇が起きた。」
「悲劇というのは?」
「ここロムリアにおいて、パルキアの呪術師が召喚魔法を使ったのだ。」
騎士は、怒りと悲しみが入り混じった声で続ける。
「当時のロムリアでは、召喚魔法の危険性は知られていなかった。ロムリアに侵入した呪術師は召喚魔法によって男を一人を呼び出し、その者が街を彷徨うように仕向けたのだ。その男は、ロムリアの街をあてもなく彷徨い、間もなく死んだという。数日すると、ホームレスの間で病気が広がり、多数が亡くなった。だがまだ問題視するものは多くなかった。さらに数日後、今度は学校に通う子供の感染者が増えた。そこから一週間後には、死と病が街に蔓延していた。元老院議員の三分の一が死に、戦争どころではなくなってしまった。」
騎士は、小さな、しかしはっきり通る声で付け加えた。
「俺の妻も、それで亡くなった。」
この世界における召喚魔法とは、勇者やチート能力者を召喚して魔王や敵国と戦ってもらうようなものではなく、敵国に病気を蔓延させる目的で使われる魔法らしい。その効果の恐ろしさは、俺たちの世界でもスペイン人に滅ぼされたインカ帝国の歴史や、アメリカ大陸におけるインディアンの悲劇が証明している。コロナウイルスの恐ろしさだって、今まさに人類が目の当たりにしているものだ。自分が何千人、何万人もの人が亡くなる原因になりうるかもしれないと思うと、あまりの恐ろしさに歯の根が合わなかった。俺のそんな様子を見て、騎士は気の毒そうに言った。
「お前をここに閉じ込めているのは、お前が病毒を持っているかを確かめるためだ。あの地下室でお前と接触した俺と、あの屑どもの奴隷が二人、この地下室にいる。俺たちが病気にならなかったらお前は自由の身、俺たちが病気になったらお前はヴァルハラ行きだ。せいぜい俺たちの無事を祈るんだな。」
「俺をすぐ殺さないのはなぜだ?」
「お前が病毒への対抗策を知っている可能性がある以上、殺すわけにはいかなかった。」
騎士はそう言うと、壁のほうを向いて横になった。
「これから何度か医者から聞き取りがあるだろうから、知っていることがあれば伝えろ。それと、俺はまだ死にたくないからこっちには寄るな。」
「わかったよ。」
俺はそう答えると、感染症への対抗策を考える。個人レベルでは手洗い・マスク・ソーシャルディスタンスで十分か。でも石鹸なんてあるのか?マスクだって大量生産は不可能だろう。公衆衛生レベルでは何ができる?公共施設の利用制限とか、消毒の徹底だろうか。だがここの文明レベルのわからない以上、どこまで役に立てるだろう。自分が原因で人が死ぬかもと言われれば、真剣にならざるを得ない。営業で鍛えられたプレゼン力を、命を救うために役立てよう、そう決めると、俺はこの世界の人にも分かりやすいプレゼン方法を必死に考えるのであった。
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