不登校
まず俺の話をしよう。
俺はいつもは普通の中学生。宿題をして、学校に行って、授業を受けて、友達がいて、嫌いな先生がいて、好きな人がいて・・・・・・。
でも、たまに殺人衝動に駆られる時がある。
「あぁ!誰でもいいからぶっ殺してえ!」
授業中、覆面の大柄な筋肉質の男たちが教室のドアを開けて飛び出し、こう叫んだ。
「お前ら! 身代金をだしやがれ!」
生徒は慌てふためる。クラスの一番のムードメーカー兼暴力主義者のテツヤだってビビッてその場に縮こまってやがる。
クラスで3番目にかわいいと思っているユウキもビビってる。(俺はなんでも3番目くらいがちょうどいいと思っている)
男達は皆を銃で脅し続け、金を要求し続けている。
ついに俺が動く。
……一瞬だった。その時彼らは塵芥のように姿を消し、俺はすかさず平静を装う。
皆は何が起こったか気づかない。あれは幻だったのだろうか。
だが、ユウキだけには見えていた。俺の巨大化した右手があの厄介な敵を一瞬で遠くへ消し去ってしまったことに。
そんなことを考えながら授業が終わる。
今日の物語は駄作だったな……。そう思った。
何も考えず、無気力に家へと向かう。俺にはなにもない。宿題以外なにも……。
たまに自分の置かれている現状がこの上なく悲しくなる。
俺はなんのために生きているのだろう。ここ数年ずっと宿題とテストだけで人生が進んでいる。
今頃、俺と同い年の天才はもっと違うことをやっているに違いない。
このまま勉強し続けて、高校や大学に行くのはまだいい。
だが、一体いつになったらその時がくるのだろうか。それは本当に面白くて、楽しい事なのだろうか。
本当に毎日が無気力だった。今ならビルから命綱無しで飛び降りろと言われてもすぐに飛び込めるだろう。
そんな俺を癒してくれるのは一つのスマートホンだった。
毎日馬鹿みたいにスマートホンをやり続けた。TIKTOKとか荒野行動とかそういったやつだ。
気が付くと朝までやっていることもあった。こいつらをやっていると時間が感じられなくなるのだ。
そうして気が付くと、だんだん宿題もやらなくなっていき、朝も起きられなくなっていった……。
それが俺だ。
次に俺の友達、リホちゃんの話をしよう。
雨の気配を感じさせない清々しいまでの朝っぱらのことだった。
「おい、起きろ!」
俺を起こしたのは親ではなく、女の子だった。
この子はリホちゃんっていう俺の最近できた友達だ。クラスで一番かわいい子だ。
だがあまりにも可愛すぎて、俺には似合わないのだ。
「おい! 起きろ! この不登校!」
「あ、リホさん」俺は彼女がいると思わずビビッて縮こまってしまう。なんだかよく分からないけど、彼女は強いのだ。
「はやく! 学校行くよ!」
親に何度も何度も言われたようなセリフを彼女は言い続けた。正直おっくうだったが、彼女に逆らうことはできなかった。
「あの……」俺はビビりながらも彼女に問いかけた。
「なに?」彼女は朝っぱらから声がでかかった。俺が彼女をイマイチ好きでいられない理由をもう一つ思いついた。この子は口が悪いのだ。
「なんで、家にいるんですか……?」
「ジン君のお母さんに頼まれたからに決まってるじゃん! ほら! 支度して!」
「はい……」おふくろはたいした奴だと思った。
クラスのマドンナからの依頼を断れる男なんているはずが無い。
「ジン君! いくよ!」
俺は言われるがままに制服に着替え、支度をし、リホちゃんのお母さんの車に乗った。
「あ、ジン君おはよう!」
「あ、おはようございます……」
「ごめんね、ウチのリホがうるさかったでしょう」
「い、いえ……」
「お母さん!早くいかないと遅刻しちゃう!」
「何言ってんの! もう遅刻よ」
「そんなあ! 怒られるじゃない!」
「まあ、いいじゃない。ジン君も一緒だし」
「いやだ! 私学校行きたくない!」
とんでもない子だと思った。俺を学校に連れていくためにここに来たのに、今は彼女自身が学校へ行くことを拒否している。
「何言ってんの!」
リホちゃんのお母さんはそこで大きく怒鳴った。意外と怖いお母さんだ。怒るとき、顔が無表情になって、まるで人間でない別の生物のような気さえした。
リホちゃんはそのまま大人しくお母さんの言うがままに従い、俺と学校へ向かっていった。
遅刻をしたら、必ず直接職員室へ向かって、そこにいる誰かに一言挨拶をする必要がある。
俺はリホちゃんについて行きながら職員室へとおそるおそる向かっていった。
すると、入口付近で数学のハゲジジイこと鈴木が俺たちを呼び止めた。
「おい、今何時だと思っている」
俺は時計を確認した。10時30分を過ぎていた。思った以上に俺は寝ていて、リホちゃんは懸命に起こしてくれていたのだ。
「遅刻だとしても言い訳になるような時間帯ではないだろう」
鈴木はその激しい威圧感で俺とリホちゃんを抑えつけようとした。
俺は久しぶりに鈴木に怒られるのを強く覚悟し、目をつぶった。
するとリホちゃんはひるみもせず切り返した。
「この子赤垣ジン君っていうんですけど、この子もう1カ月も学校に来てない不登校児なんです。私は彼を学校に来るよう説得して、遅れました」
それを聴いた鈴木は何も言わず、そのまま何処かへと歩いていった。
助かった。しかし、リホちゃん、そんな言い方じゃ俺の立場がねぇだろ!!
結局この子は俺よりも自分の事が大事なんだ。俺はちょっぴりふてくされた。
リホちゃんは凄い子だろう。俺はちょっぴり苦手だが。
そして、話は俺がそのまま学校へ向かったところから始まる。
職員室の中にいた用務員の方に出席の挨拶をして、そのまま二人で一階の教室へと向かって行った。その時、激しい違和感を覚えた。だんだんと自分の一歩一歩が重くなっていることに気が付いた。
何者かに、そういった重力操作系の能力をかけられているかのようだった。
足取りが重く、一歩がなかなか踏み出せない。
リホちゃんは「じゃあねー」と言って奥の教室へと向かっていった。
君は、君は同じクラスでは無かったのか! 誰か助けてくれ!
ほとほと参った。まだ教室まで10メートルもあった。クラスメートの俺を見る顔を想像した。珍しいものを見る目をしてくることは間違いない。
テツヤは俺をイジメのターゲットにするのではないか。ユウキはこんな俺をカッコいいと言ってくれるだろうか。
様々な事を考えて、俺はそのまま後ずさり、一旦校舎の裏側へと隠れた。
校舎の裏側に居ると、だんだん誰かに見つかるかもしれないという不安な気持ちになった。なんでもいいから何かに隠れたかった。
俺は辺りを確認しながらそそくさと歩いて行った。
授業真っ最中の為、校舎はしんとしていた。
俺は窓側から見られないよう細心の注意を払い、そのばでかがみながらこそこそと動き始めた。
だんだんと今見つかったらどうしようか不安になっていった。でももう進むしかない。
その時ハゲジジイの鈴木がその場を横切った。俺はまずいと思い、その場で動くのをやめて身を丸めた。
鈴木はこちらを見て、立ち止まった。 鈴木はだんだんとこちらへ向かって歩き始めた。
俺はどうするか悩んだ。というかもうどうしようもなかった。
鈴木は「おい!」と言った。俺は黙りこくった。
その時、近くにいたらしい高校生が緊張した心持ちで返事をした。
「はいっ!」
「お前、最近成績いいやん」
「ありがとうございます」
「頑張れよ」
「ありがとうございます」
鈴木と生徒はそれからその場を離れて何処かへ向かっていった。
俺は生きた心地がしないまま、そのままこそこそと歩き、やがてひとまず見つかった男子トイレに素早く入り、身を潜めた。
20分程、そこで休憩をした。途中ウンコも出た。トイレの中でいったん落ち着くと、あとは如何にしてここを脱出して家に帰るかという思惑になった。なんだかゲームをしているみたいでちょっとわくわくしてきた。
とりあえず、だ。
俺は自分がここでどうすればカッコよく学校を抜け出せるか考えた。単純に考えたら今の俺はめちゃくちゃダサくて情けない。しかし名誉挽回はできるはずだ。とりあえず今時計は11時を回っている。この学校の授業が何時から何時までかもはや忘れてしまっているが、とりあえず、次の休み時間が終わってその次の授業の時にダッシュして逃げ去ってしまえばいいのだ。
次の授業が始まる時までそのままじっとすることにした。その時だった。
「あー、マジ死ねやクソが!」
物凄い剣幕のような声を立てる男が一人トイレに入って来たのだった。男はそのままトイレにあったゴミ箱のようなものを蹴り上げたようで、何かが凄い音で転がっていくのが聞こえた。
ヤバそうなやつじゃん……と思った。なるべくなら関わるべきでない頭の悪い馬鹿だと思った。
馬鹿はこちらのトイレの存在に気付いたようだった。
「あれ、誰かいる……?」
俺は声を潜ませた。普通気付かないふりするだろうに。
「あの、大丈夫ですかー?」
俺はしかとを続けていた。
「紙が無いのかな?」男はそのまま隣にあったトイレットペーパーをこちらのほうにしたからすべりこませようとした。
意外といいやつじゃん。そんなことを思いながらそっと「ありがとうございまーす」と言った。
「お? その声は?」
え?っと思った。
「お前! ジンか!」
誰だよコイツ。
「違いま~す」俺はまるでお化けのように儚い声でそっとつぶやいた。
「いや、ジンだ! てめえ開けろ! オイ」
男はトイレの扉をガンガン鳴らした。
俺はそのまま無視を続けたが、ついに男がしびれを切らし
「このまま出てこなかったら先公にチクるぞ!」
それを聞いたら、降参するしかなかった。俺はおそるおそるトイレのドアを開けた。
そこにいたのは俺の幼馴染(幼稚園児頃まで)のユウタだった。
「ジン、お前……何やってんだよ」
俺は黙りこくったままユウタの姿を見つめていた。
髪の毛が若干茶色になっていた。中途半端に反抗しようとしている姿が実に滑稽だと思った。