第二王子 リカードの幼少時2
「リカード、目が覚めたのか」
兄と母上が部屋に入ってきた。
「心配したのよ、あなたってば昔から病弱だったから……」
「母上、それはリカードの前ではおやめください」
普段なら疎ましくて堪らない比較も、いまはそれほど気にはならなかった。
リカードならば申し訳なく思っていただろうが、今の俺は違う。親が想像以上に心配してくれる気持ちも、兄から弟へ向けられている気持ちというのもよくわかる。
「問題ありません」
晴天の霹靂とでも言うのか。
突然の出来事ではあったが、凪いだ心は思ってた以上の落ち着きをもたらしてくれた。
しきりに体調を気遣う母上の対処を兄のワーレンに任せ、まずは現状の確認を行なっていく事にした。
リカードの記憶と、妹経由で得たリーンラスというゲームの舞台はよく似ていた。記憶が一致していたことも大きいが、何度も代わりにやらされたミニゲームの隠し通路が同じ場所にあったのでその可能性は高い。
また、リカードを取り巻く環境も一致していたのでほぼ間違いはないのだろう。
僅かに違うところといえば、筋トレを続けていたおかげかゲーム内のリカードよりは健康的になった事くらいだろう。
これはリカードではなく、サラリーマンである自分が介入したのが原因だ。
少々流れが変わってしまったが、死ぬリスクを減らせた事に関しては有難い。この健康もいつか何かの役に立ってくれるだろう。
憂うべきことといえば、この世界は乙女ゲームの世界なので攻略対象の位置に置かれていることだろうか。
正直な話、妹には悪いが『君の涙を拭いたい』の主人公である女の子は好きになれなかった。
イベントを起こすための行動が突拍子もなく、不敬と言われても差し支えのない暴挙や、トラブルメーカーを煮詰めたような言動がどうしても俺には合わない。
そんな女性が自分を落としにきたら……。裸足で逃げ出す自信がある。
だがそれはまだ猶予がある。
問題はもう一人の女性だ。
「アガテ・ベーアリ」
それは自分の婚約者の名だ。
国内屈指の公爵家の令嬢でその性格は暴君と称すか女帝と称すべきか悩ましい。彼女に目をつけられ、頬を涙で濡らした女性は多いだろう。
そんな女性が後に伴侶となる。さらには主人公の男爵令嬢も待ち構えている可能性がある。
「……あれ、わりと詰んでないか?」
前門のアガテ、後門の主人公。
このまま行けばそのどちらかに人生は狂わされてしまう。
俺は、いやリカードは王宮の歯車になることを決めたというのに。
ベッドに腰かけ、考えを纏める。
リカードの幸せとは一体何なのだろうか。
今の俺は前世といっていいのか分からないが確かな記憶がある。俺基準の幸せではリカードは幸せになれないのかもしれない。
ならば、俺はリカード基準の幸せを目指すべきなのだろう。
「幸せ……」
それはきっと、十を迎える前に考えていた『豊かな国であり続けられるように』という言葉が一番だろう。
大国の王子として生まれたからにはその責務がある。無用な心配に悩まされることなく、この国が末永く続くようにしていくべきだ。
ゲーム内のいけすかない王子は国に対してあまり興味が無かったかもしれないが、病魔を退けたリカードは違う。
「まずは身体をきたえよう。政務は兄がやってくれる、俺はその剣となり国に降りかかる災いを打ち払うんだ」
国が豊かであり続けられるように、そうしていくべきなのだ。
翌日からのリカードの行動に、みなが困惑していた。
体調を崩したばかりだというのに、作法や勉学に加えて体力づくりを取り込み始めたせいだ。
母は「また倒れたらどうするの」と言って泣いていたが、そもそも体力が無いから病魔に付け込まれていた可能性がある。
以前と同じように室内での筋トレだけでは心許ない。それに、閉じられた世界で生き続けてはリカードの将来にも影響が出てくるだろう。
あのゲームに居たリカードは風が吹けば飛んで行ってしまうほど華奢で気弱な男であった。
その癖、自尊心が高く厄介者という認識をされている。それもどうにかして変えていかねばならない。
「リカード、無理はしないでくれよ」
兄である第一王子のワーレンは度々心配してくれた。
「兄上、無理はしておりませんよ。私は王家の剣となりたいのです」
そう言ってしまえばワーレンは困ったように笑って、俺の頭を撫でてくれた。
決して俺の意見を否定せずに尊重してくれる、良き兄である。
兄がこの国を内側から守ってくれるのであれば、俺は外側の脅威に立ち向かいたい。
それがこの国のためであるのだから。