第二王子 リカードの幼少時1
私こと第二王子であるリカードは憐れみの感情をもらうことが多かった。
第二王子というものは生まれながらにして王を取り逃した不運者である。
どれだけ足掻けど第一王子のワーレンにかなう訳もなく、また体の弱い自分はいつだって比較対象にされ続けてきた。
母も病弱な私に半ば見切りをつけていた気さえする。
後に思えば、あれはいつ死んでしまっても心を壊さぬようにしていた母なりの自衛だったのだろうが、幼い私に伝わるわけもない。ただただ、兄に母を取られた気がしてならなかった。
兄は兄で優秀であり、常に人垣が囲っている。
そこから溢れた者たちが私に寄ってくるのが嫌でたまらなかったが、孤独に耐えうるような強さは私になく、その者たちを払えずにいた。
せめて誰か一人でも認めてくれればこの想いも晴れたかもしれない。
だがいつだって目の前には完璧な第一王子のワーレンが存在しているのだ。
自分がどれだけ頑張ってもその努力が日の目を見ることはないのだろう。
だからこそ、諦めきれなかった。
弱いままではいたくはなかったのだ。
せめて生んでもらった恩は返したい。その一心からみなに内緒で体力づくりに励んできた。
そのおかげか、ある程度の体調はコントロールできるようになったし、年月を重ねるごとに倒れる回数も減っていった。
相変わらず兄と比べられることは煩わしかったが、当の兄はとてもよくしてくれたし、病弱から脱却したことにより母の兄に対する執着は薄れていった。
蟠りは未だ感じられるが、それなりに順調な関係を築いてこれた。
病弱で弱気な自分とは決別することができたのだから、このまま王家の歯車として生きていくのも案外良い話なのかもしれない。
国は嫌いではないし、家族関係もそれなりに改善されてきた。ならば、育ててもらった身としてこの国が豊かであり続けられるように尽力していくべきだ。
新たなる決意を胸に生きていこう。
そう決めたばかりだというのに、自分の運命はたった一晩で容易く歪められてしまった。
十を迎えたその日。
久しぶりに引き起こされた高熱に動くことすらままならず、呼吸をするのに精一杯で死の縁を彷徨っていた。
息をするのも億劫で、熱に犯される身体は痛みとともに悲鳴を上げている。
それに加え、妙な記憶が体中を駆け回っていく。
ここではないどこか別の国、いや国どころではない。星さえも越えたどこかで生きていた有り得ない記憶だ。
その中で私は着慣れた王族の服を着ておらずスーツと呼ばれる服を着ていた。
柔らかで薄く、よくしなる革靴を履いて、固いアスファルトの上を歩き回っている。
横に流れていく背の高いビルたちにはとても見覚えがある。営業先のルートでよく通るから、目を瞑っても歩けそうなほど身体が覚えていた。
あそこの和菓子屋も手土産の候補の一つだし、すぐそこのファミレスだって時間潰しでよく通ったものだ。
不可思議な記憶では家族環境も大きく異なっているのも興味深い。
優しくしてくれた兄のワーレンはここにおらず、年の離れた妹と、今の両親とは別の両親の姿が焼き付いて離れない。
優しくて、大切で、どうして今の今まで忘れてしまったのか不思議なほど愛していた家族だ。
両親は仲が良く、よく旅行に行っていた。その度に妹は暇つぶしのゲームを購入して俺に見せてくるのだ。
『お兄ちゃん、このゲーム面白そうでしょう?』
『乙女ゲーだろ? 俺は興味ないよ』
『いいじゃん。ちょっとだけ話を聞いてよ』
そうして妹は俺に構わず語り始めるのだ。
『この、君の涙を拭いたいっていうゲームはね――』
急に景色が暗転した。
先ほどのような景色はなく、広がっているのは豪華なベッドの天蓋だ。
「…………ここ、は」
「ああ、リカード様が目を覚まされたぞ」
神官長が安堵した表情でこちらを覗き込んでいた。
その後ろには母と兄がほっとした表情をしている。
だが、先ほどの記憶にある世界も、両親も、楽しそうにゲームを語っていた妹の姿は無かった。
「妹、は……?」
問えば、周りがざわついた。
「混乱されているのでは」
「夢を見ていたのよ」
「きっと疲れが祟ったのだろう」
口々に被せられた言葉が煩わしくて溜まらない。
だってあの記憶は、確かなもので、そして私は、俺は――大人であったはずなのだ。
生まれてからずっと健康に育ち、思春期を迎えてそれから就職をして……。
まどろむ瞳はそれ以上の考察を許してはくれなかった。
次に起きたとき、眠る前と同じ天蓋が出迎えた。
そうだ、ここはリーンラス。そこの首都にある王城でこの部屋は第二王子リカードの、あのゲームに出てきたいけすかない第二王子の自室だ。
妹が実況をしながら何度も俺の名を呼んで飽きるほど見せてくれた乙女ゲームの世界によく似ている。いや、そのままに近しい。
……じゃあ、俺は何なんだ?
痛む身体に鞭を打ち、クローゼット脇の鏡を覗き込む。
多少やつれてはいたが、そこにいたのはやはり俺ではなく――いや違う、これは十年間生きてきた俺そのものだ。
サラリーマンであった記憶を持ち、この世界に生まれ落ちた十歳のリカードなのだ。