公爵令嬢アガテ 幼少時5
「では近くに控えておりますので」
使用人はリカードの分の紅茶を用意し終えるとお辞儀をしてからその場を後にした。
「……控えさせなくてよろしいので?」
「休憩くらい、ひとりがよいのです。それによべばきますよ」
テーブルの上に乗っていたベルを指させば、リカードも納得したのか頷いた。
「いまは私がおりますのでひとりではありませんが」
「もどりたいのならいつでもどうぞ」
意地悪く笑えば、リカードは返事の代わりに紅茶を口にした。これで一杯分は居座ってくれるだろう。
私も同じように紅茶を口にする。
やはり何度飲んでも好物には昇格できない独特の味わいが口に広がる。嫌いなわけではないが、常飲していた珈琲に比べるとどうしても見劣りしてしまう。
「紅茶はおきらいですか?」
「いいえ、わたくしの好物ですので」
答えればリカードは「そうですか」と小さく呟く。
目敏い人だな、と思う。アガテであったときはそのような印象は受けなかったというのに不思議なものだ。
しばらくは言葉を交わすことなく紅茶を楽しんでいた。
私の場合はそのように振舞っているだけなのだが、香りや味わいを楽しんでいるところからするにリカードは紅茶派のようだ。そういえば、茶器を集めているなんて設定があったものだなと今更ながらに思いだす。
「私は紅茶が大好きです」
カップの底が見えそうになったとき、リカードは再び口を開いた。
「さようで」
「ですから、ベルを鳴らしてはいただけませんか?」
ちゃっかり二杯目も楽しむつもりらしい。自分で鳴らさないのは強要されているていを守りたいのだろう。
代わりにベルを鳴らせば使用人は音も無く現れた。その手には既に新しいポットが用意されていた。
リカードのカップにあたたかな紅茶が注がれた。今度はフレーバーティーらしい。鼻につく匂いが好きになれず、減らないカップに口を付けた。
「ありがとうございます」
使用人は第二王子に会釈をして消えていった。
おそらく会話は聞こえているだろうに、帰す気の無い私を咎めるつもりがないのはたかが使用人故にといったところだろうか。
「婚約者どのの使用人は静かですね」
「リカードのところはそうではないと?」
「……口を開けば予定か、体調のことを聞かれますので」
ああそれは面倒だなと僅かばかりに同情心が湧く。
「みな、わたくしの事がめんどうだとお思いなので」
鼻で笑えばリカードは少し面食らった表情を浮かべる。
「ご自分のこと、理解されていたのですね」
「口がすぎるのでは?」
「客観的に思えるのはすばらしいことですよ」
いまいちフォローになっていないような気がしたが、彼はそれ以上喋る気も無いらしい。
私の不愉快そうな顔をよそに紅茶を楽しみ始めてしまった。
本来のアガテならば放っておくだなんてと怒るに違いない。
だけども、今の私には怒る気になんてなれやしなかった。