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公爵令嬢アガテ 幼少時4


 アガテの一日というのはそれはもう公爵令嬢らしい生活であった。

 その大半はマナーや勉学が中心で構成されている。

 もともと、厳しいお家柄であったのは知っていたが、それにしてもスケジュールは十歳の女の子にとっては聊か石過ぎるものであった。


「いや無理」

 思わず吐いた弱音は噴水の音にかき消されてしまった。

 今は休憩として中庭でのティータイムを許されているが、少し休んだらまた勉学の時間がやってくる。

 夕刻までみっちりとスケジュールが詰まっているのだから大変だ。

 アガテには耐えられるものであったが、記憶が蘇った今となっては厳しいという感情だけが積もり積もっていく。

 まだOLのときのほうが余裕があった。そう考えてしまうのはあのころは社会人だったからかもしれない。


「お嬢様、お客様です」

「どちらの?」

「第二王子様でございます」

 訝しげに問えば、使用人はコホンと咳ばらいをした。

「ええ、先日の贈り物についてでしょう」

「あらそう、今はどちらに?」

「間も無くこちらに参ります」

 言い終わるかどうかのタイミングで中庭に第二王子がやってきた。

 キラキラと輝く金髪はスチルのままだな、なんてOL時代の感想が浮かんでしまうのは致し方がない。

「ご機嫌麗しゅう、アガテ様」

 少し距離のある場所で第二王子は恭しく礼をした。

 多少軸がぶれているのは不調のせいか、あるいは同じ十歳だというのに未だマナーが完成されていないかのどちらかだ。


「しつれいいたしました、お迎えにいけず申し訳ありません」

 立ち上がり裾を持つ。丁寧に礼を返せば、使用人は紅茶を用意するために離れていった。

「どうぞおすわりください」

「ありがとうございます」

 第二王子が座ったのを確認し、自分も再び椅子に腰かけた。


「先日はパーティーの欠席、もうしわけありません」

「おきになさらず、体調がよろしくないのではしかたありません」

 笑みを携える王子に倣い、私も同じように微笑んだ。

 どちらも感情があまり入っていないのは儀礼的な意味合いが強いせいだ。

 それは私ではなくアガテでも気が付いたのかもしれない。


「更には贈り物までいただき、なんとおわびしてよいか」

「かまいませんのよ、殿下……いえ、リカード。わたくしは婚約者ですからね」

 名を呼べばリカードは眉を吊り上げた。

 あなたの名を呼べる対等な立場である、そう強調したのだから当然だ。


「そうでしたね。あなたは我が婚約者どのである」

 鼻で笑い飛ばしそうな表情に私は首を傾げたくなった。

 リカードは幼少時からとても気弱な男であった覚えがある。これくらいの嫌味にも対応できずうつむいてしまうくらいだったはずだ。

「おげんきそうでなによりです」

 微笑めばリカードも同じように微笑んだ。

「ええ、急な体調不良でしたもので」

「そうでしたか」

 うふふ、あはは。

 わざとらしい笑い声の応酬にうすら寒いものが背に伝わった。

 本音には程遠いやりとりなど過去に別の子供たちと何度もしている。慣れたものだ。

 しかし、リカードはいつだって言い返せずに拳を握るような子であったはずだ。


 リカードの姿をじっと見る。

 少しやつれている印象を受けたが、いつも通りといえばその通りである。

 だからこそ先程の態度に違和感が募る。


 なぜだろう。この子が読めない。


 アガテの時は手玉にとれるほど気弱な子だったというのに、一体なぜだろうか。

 私が変わってしまったからか。そう考えてみたものの、今ここで考えを深めるには判断材料が少なすぎる。

 誰か裏についた人間でもいるのだろうか。いや、いい。今はこれ以上考えない方がいいだろう。


「礼についてはまた後日、こちらからも何かおおくりいたします」

「ええ、おまちしているわ」

「では、本日はこれで」

「あら、お茶くらいのんでいかれては?」

「なにぶんいそがしい身ですので」

 リカードはそう言うと視線を僅かにずらした。

 それはこの場を離れたい思いから来るものではなく、むしろ逆のような気がしてならなかった。

 戻るのが嫌なのだろうか。もしかしたら、自分のように過密なスケジュールから逃げ出したいのかもしれない。なんとなくだが、そんな考えに至る。


 ……アガテならばなんと言うだろうか。

 短い滞在を責め立てるだろうか、それともさっさと居なくなれと追い返すだろうか。

 考えてみたものの、そのどちらも得策とは思えなかった。第二王子との間に無駄な軋轢を生むのは避けたほうが良い。未だどのルートに行くかは分からないのだから。だからーー。

「わたくしが引きとめたことにしていただければよろしいかと」

「それは……」

「婚約者にたいするおわびとして滞在していたともなれば、だれも口出しはできないでしょう? あなたにはその責任があるのではなくて?」

 アガテらしい物言いになっただろうか。いや、彼女ならスケジュールを乱されるのが嫌で追い返していたかもしれない。これはアガテではなく私の願いになってしまったかもしれないと反省する。

 しかし、十歳の子には息抜きも必要だろう。

 特に私が欲している。そう、私だってたまには休みたいのだ。


「わたくし、朝からマナーやら勉強やらで疲れておりますの。こちらはあなたを口実にさせていただける?」

 意地悪く言えばリカードもピンときたようだ。

「私を口実にするだなんて、婚約者どのはなかなかの性格をしていらっしゃる」

「ごぞんじのとおりですよ」

 あなたもアガテをご存知でしょう?

 そうほくそ笑めば、リカードは初めて楽しそうに笑ってくれた。

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