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公爵令嬢アガテ 幼少時1

公爵令嬢のターン

 私こと公爵令嬢のアガテはそれはそれは絵に描いたような悪役の公爵令嬢であった。

 自尊心は高く、高飛車で高慢。しかしながらそれを止める者など一人もおらず、甘やかされて育てられてきた。

 花よ、蝶よ。そして周りをねじ伏せるだけの毒を。

 貴族社会で生き抜くには相応しい性格を目指して育てられてきた。そしてそれを疑うことなく、十の誕生日を迎えたのだ。

 しかしながら心の奥にはそれに抗いたい何かも飼っていた。

 庭先の小さな水たまり程度のそれではあったので気には留めることはあっても、私は私としての役割を果たすかのように生きてきた。宿命に似た何かを胸に秘めながら。

 そう、今日の誕生日パーティーだってそうだ。

 誰よりも高嶺の花であり、大輪であり、そして近づくものを傷つける薔薇のような女だ。

 婚約者たる王子が訪れるまでの戯れと称し、周りの同世代の子を従えてクスクスと意地の悪い顔をして、反抗心を抱くものの茎を手折る。そんな少女であったのだ。

 違和感を押し殺すように、私は私としての役割を演じるべきである。そのような気持ちと共に公爵令嬢を演じていた。

 王宮からの使者が来るまでは。


「大変申し訳ありません。第二王子のリカード様はお体の調子がよろしくないため、本日は欠席なされます」

 その言葉を受け、私はよろめいた。

 支えてくれた両親の表情が分かりやすく崩れてしまったのもよく覚えている。

 あからさまな困惑、そして確かな怒り。

 婚約者の祝いの席、それも十の節目に欠席するというのは確かな拒絶であり侮辱である。

 だが、私はそれどころではなかったのだ。

 使者に対してちくちくと嫌味を述べる母親の鬼気迫る表情も、穏やかな表情をしながらも腹の内では罵っているろう父のこともどうでもよかった。

 私はそこですべてを思い出してしまったのだから。



『君の涙を拭いたい』という乙女ゲームが昔にリリースされたことがあった。

 大国リーンラスで男爵令嬢がお邪魔をしてくる公爵令嬢をねじ伏せ、真実の愛を探すというゲームだったような気がする。

 気がする、というのはその乙女ゲームをプレイしたのがかなり昔のことなので仔細があいまいになっているせいだ。何せリメイク作品が三回程度出されている程度には昔のゲームなのだ。

 そしてそのゲームが販売されていたのはこのリーンラスという大国が存在している世界ではなく、地球と呼ばれる惑星の日本という国の中での話であった。

 さらに言えば信じがたいことに、私は確かにその世界で生きてきた日本人のOLをしていたのだ。


 先ほどよろけたのも王子が来なかったという無礼に対してではない。

 突如にして過去の――前世と呼ばれる記憶が脳から胸中へとなだれ込んできたせいだ。

 生い立ちから大人になるまで、社会に出るまでの記憶が走馬灯のように瞼のうらに移りこむ。

 まるで映写機のようだ。どこか他人事のような感情を抱きながら寄り添っていた父親に抱き着いた。

 父はそれを王子が来訪しなかったショックだと思ったのだろう。

 盛大に行われていたパーティーを中断して自室へと運んでくれたのには感謝しかなかった。


 周りが憐れみの目を浮かべていたことに不思議と怒りは湧かなかった。

 いつもならば烈火のごとく喚き散らす私ことアガテであったが、今日に限ってはショックが勝ったのだろうとみなが気をまわし、一人きりにしてくれたのも有難かった。

 実際にはそれどころじゃない混乱がこの身を蝕んでだけなのだが。


「そう、そうなの……」

 呟いた言葉は薄暗い室内に溶けては消える。

 きっかけはなんであれ、小さな違和感の正体は掴むことができた。

 それが喜ばしいことなのか、憂うべきことなのかは分からない。

 だが、欠けていた何かがしっかりと埋まったような晴れやかな気持ちであることは間違いがなかった。

 現実離れした――いや、これも現実といえば現実なのかもしれない。

 室内を照らすランプに手を翳せば、確かな血潮を感じ取ることができたのだから。


「わたくしは――いえ、私はこれからどう生きたら良いの」

 弱い十歳の、それも公爵令嬢とは思えない言葉遣いは確かに前世と呼ばれるものの名残であった。




 あれから数時間、ベッドに横たわっていた私は眠ってしまっていたようだ。

 外はすっかり暗くなり、門の外に並んでいたであろう馬車はその姿を消していた。

 月の傾きからするに夜遅いのだろう。


 目を瞑り、出来うるだけの記憶を手繰り寄せる。

 アガテとして生きてきた十年間、そしてそれよりも前の記憶。

 どれも偽りなく自分の記憶として胸の中に刻まれているようだった。

 これがただの妄言ならばどれほどよかっただろうか。あの時、ショックのあまりに現実逃避をしていただけならば、どれほどよかっただろうか。


 ベッドサイドに置かれていた冷め切った紅茶に手を掛ける。

「珈琲がよかった」

 口にした言葉は、アガテよりも前の確かな好みであった。

 逃避すら許されぬ現実が確かに存在している。

 十歳の妄想ではないのだぞ。そういわれている気がしてならなかった。


「いえ、でも落ち込んではいられないわ。まだこれがただの妄想である可能性もある」

 それにしては色鮮やかな記憶ではあるし、これまでにアガテが読んできた夢物語や御伽噺とは剥離している。だが、私は確かにアガテとして生きてきたのだ。

 そう、公爵令嬢の――。

「まって、アガテって……確か……」

 流れ込んだ記憶を頼りにゲーム内のアガテを思い浮かべながら鏡の前に立つ。

 銀糸のように美しい髪、そしてルビーのように紅い瞳。それは、紛れもなく。

「主人公のライバルキャラクターじゃない……!!」


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