酒のつまみは干イカがいい。
のんびり書いていければいいなと思っております。
「婚約破棄がしたい」
そう呟いたのは一人の男だ。
美しいブロンドをかき上げ、青色の瞳が静かに揺らす。見目麗しい青年は眉を下げ、小さなため息を零した。
召し物が王宮に相応しいものも相まってか、額縁さえあればそれは価値のある一枚の絵画にも昇格できるだろう。そのような雰囲気を感じさせた。
それを横で聞いている女性もまた、引けを取らぬ高貴さを纏っている。
麗しき銀髪を静かに揺らし、ルビーのような瞳を男へと向けている。
「分かります」
月の女神、その化身のような女性は心からそう同意した。
「いやわかっちゃダメなんですよねこの場合は、間違っても外で言わないでくださいね」
麗しい男女のやりとりに水を差したのはもう一人の女性だ。
二人の対面に座った女性は可愛らしいドレスを揺らしながら掌を数度振る。
格式的にはやや見劣りするデザインであるが、華美ではないそのデザイン燃えるような彼女の髪色によく似合っていた。夜会に出れば間違いなく大輪の花という評価を受けるだろう。
三者三様。
それぞれの思惑を孕んだ台詞が絢爛豪華な室内に消えゆく。
これがただの集まりならば、仲睦まじい交友関係の一幕にも思えたのかもしれない。
だが、ここに集まった三名にはそれぞれ物騒な肩書が付いて付きまとっている。
「君だって、こんなにうだつの上がらない男の婚約者だなんて面倒だろうに」
そう口にした男は大国であるリーンラスの第二王子のリカードである。
「まったくです」
そう口にした銀髪の女性はその第二王子の婚約者であり公爵令嬢のアガタである。
「だからそれ酒の席で言わないでくださいよ。酒が不味くなるんで」
そう口にした赤髪の女性は男爵家の令嬢であり、本来ならばここー―第二王子の寝室にいるのを許されぬシャルロッテという令嬢である。
「っか~~~~~~~ワインじゃなくてビールがのみてええ~~~~!!」
リカードは自慢の金髪を掻きむしる。
「私もハイボール飲みたいです」
ワイングラスをくるくると回しながらアガタはため息を零した。
「あなたたち、このワイングラスいっぱいで庶民が何日暮らせると思っているんですか」
そう言いながらシャルロッテはお行儀悪くワインボトルを鷲掴み、自分のグラスへと並々と注いだ。
「そういいながら君だってめっちゃ飲んでるじゃないか」
「めっちゃはダメですよ、リカード。王子らしくないです」
「そういうアガタもおっさんくさいつまみやめてください。干イカとか合わないでしょう」
三者三様。
場に似合わぬ――いや、世界観に似合わぬ言葉を口々に零している。
そう、この三名。一夜では語りきれぬほどの特殊な記憶を引き継いでいた。
その記憶とは所謂前世と呼ばれるものであり、その前世と呼ばれるものは今や懐かしき地球の日本と呼ばれる世界でのものであった。