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第7怪 未来から来たお前自身

 近頃噂になっている「未来から来たお前自身」の話は、もう聞いただろうか。


 海に面した宵ヶ浜市に住む学生の間でささやかれる、都市伝説的存在である。宵ヶ浜の都市伝説は、大体がただの不審者情報であり、今回もその(たぐ)いである。


 クラスメート曰く、通行人に突然、今何年だ、と聞かれたり、俺は未来から来たお前自身だ、今のうちに彼女を作らないと死ぬぞ、と言われたりする事案が発生していると、まことしやかにささやかれているのだとか。


 彼女がいない男性陣にとっては余計なお世話である。


 瑠璃子は、未来人の科学力なら、世界を滅ぼせるかな、とワクワクしながら語っていた。

 未来人が来ている時点で、世界は滅ぶことはないのだが、瑠璃子は気づいていなかった。

 瑠璃子が世界を滅ぼす日は遠い。


 ちなみに、未来人だとか、タイムスリップとか、タイムリープとか、時間遡行者とかの呼び名ではないのは、必ずと言っていいほど、彼らが「俺は|(私は)未来から来たお前自身だ」と発言するからだそうだ。


 ****


「はーい、では、オカルト研究会第2回フィールドワークでござる~。ぱちぱちぱち」


 オカルト研究会部長、円子(まるこ)多恵(たえ)が部室にて宣言した。

 本日の調査対象「未来から来たお前自身」について聞いた噂話を整理した。

 埋原ヶ丘(うめはらがおか)大学近くにある、埋原ヶ丘公園の見晴台によく出没するらしい。


 埋原ヶ丘公園は大学のほかに、高校もあるし、中学校や小学校がある。

 近くの学生が寂し気に一人でいると、「未来から来たお前自身」が現れるらしい。


 オカルト研究会の面々は、部室を出て、高校前のバス停に移動した。

 本日のフィールドワークの移動もバスである。

 埋原ヶ丘公園へは一本では行けないので、途中の慈砂羽(じさわ)駅前で乗り換える。


 前回と同じく、バスの最後列に三人で並んで座った。長い移動に飽きたのか、瑠璃子は途中で僕の肩に頭を乗せて寝ていた。

 移動中は終始ドキドキすることになった。


 ようやく埋原ヶ丘公園にたどり着いたオカルト研究会の面々は、僕と女子二人に分かれて行動を開始した。

 僕が公園内のベンチで寂しそうな姿をして佇むことで、都市伝説を誘い出し、女子二人は離れてやりとりを見守るというわけである。


 僕は普通にしていれば、寂しげな陰キャっぽいからな。

 ……言ってて悲しくなってきた。


 日が沈んできて、今日は失敗かと思った頃、目の前にヒゲモジャの男性が現れた。

 ヒゲのおかげで年齢はわかりにくいが、格好からして大学生くらいだろうか。

 背格好は僕と似ている。


「今、何年だ?」

 ヒゲの男性が声をかけてきたので、返答を返す。


「令和元年です」

「そうか、成功したか。俺は未来から来たお前自身だ」


 出ちゃったよ。

 最近、オカルトだか不審者だかに遭遇する確率が大幅アップしているな。

 不審者ピックアップガチャかよ。やめろ。


 未来から来たと言っても、数年後の自分を見分けられないとは思えなかったが、僕は調査のためポーカーフェイスを保った。

 表情筋が死んでいるだけか。


 ヒゲの男性は続ける。

「令和元年の俺、今彼女はいるのだったか?」


 噂になっているとおり、本当に彼女を作るように発破をかけてくるらしい。

 いる、と答えると会話が終了する可能性があるので、いないことにしておく。


「……いませんね」


「そうだったな。このままでは高校の間は寂しい青春を送ることになるだろう。だが安心してほしい。大学に入って何か夢中になることを見つけられれば、かけがえのない友人も彼女も手に入れられるだろう」


「そんな、このままでは死ぬなんて一体どうす……あれ?」


 聞いていた話と違うアドバイスが来た。

 僕は、死ぬと言われて絶望するリアクションしか準備していなかったので、思わず変なセリフを返すところだった。

 ウッキウキで練習していた昨日の僕を殴ってやりたい。


 小声だったためか、ヒゲの男性が話を聞かないタイプだったのか、不審がられてはいないようだったのは幸いである。

 都市伝説も日々進化しているということだろうか、と考えながら、僕はポーカーフェイスを維持することに全力を尽くした。


 ヒゲの男性は話を続ける。


「俺は普通の人間であることを自覚していた。高校でライトノベルの主人公を気取って、陰キャとして(しゃ)に構え続けた。そんな過去の自分を救ってやりたい。そんな気持ちで少し未来からアドバイスをするための活動を始めた。


 だが、その活動の中で気づいたんだ。人間はいつでもやり直せると。過去の自分へアドバイスする活動の中で、友人ができ、自信がついたおかげか、恋もした。


 過去の俺よ、夢中になれるものを見つけたら熱中してみると良い。未来から来たお前自身の俺が言えるのはそれだけだ」


 もうこの語りで、「未来から来た」僕自身でないことは間違いない。


 ただ、男性は嘘をついているようにも、からかってやろうという態度にも見えない。

 事実に基づく発言に聞こえる。


 何をしたいのかはわからないが、不審者に話を合わせつつ、不意の質問を一つ投げかけて動揺を誘っておく。


「え、あぁ、ありがとうございます、未来の僕? ちなみに、参考までに聞きたいんですが、未来の僕はどの大学に通っているんですか」

「へ? あ、あぁ、埋原ヶ丘大学だ。伝えたいことは伝えたし、ここらで退散するとするよ」


 そう言ってヒゲの男性は小走りで去っていった。


 木の陰に隠れて一部始終を見ていた瑠璃子と多恵が出てきたので、男性の様子や会話を共有する。


「……という会話をしたよ」


「うんうん。あ、ちなみに、会話内容は盗聴器から拾ったものを録音してあるから、後で聞き返せるよ」


「え、なにそれ聞いてない」


 僕の彼女こわすぎない?

 さっきの大学生とか都市伝説とか、マジでどうでも良くなるわ。


 瑠璃子の衝撃的な発言に動揺を隠せない。

 僕の荷物には、いつの間にか盗聴器が仕掛けられているらしい。


 動揺しつつも、瑠璃子のストーカー能力の高さが、調査には有効であることが判明した。


「まあ、瑠璃子だからな……」


 これまでも盗聴器が仕掛けられていたのか、などを考えたが、いまさら考えても遅いので、また後で考えることにした。

 そういえば初デートでそんなことを言っていたな、と思い返しそうになったが、やめた。

 考えるだけ無駄である。


 僕は都市伝説の正体について、推測を述べる。


「対面した感じ、大学生くらいだった。人間、突然の質問には正直に答えるものだから、最後の質問の通り、ひとまず、『未来から来たお前自身』は、埋原ヶ丘大学に通う大学生だろうな」


 突然の質問には正直に答えるというのは、友人の受け売りである。

 僕は話を続ける。


「嘘を言っているようにも見えなかったから、目的は、ひねくれて見える過去の自分に似た若い人たちへのアドバイスをするってのが、案外そのままなのかもしれない」


「そうなんだ。未来人じゃないのかぁ。残念だなぁ」


 瑠璃子は落ち込んでいる。

 本当にオカルトが好きだなぁ。



 その後、埋原ヶ丘大学に行ってサークル案内を見たり、『未来から来たお前自身』について大学生に質問したりした結果、事実が判明した。


 中学高校で明るい青春を送れなかった非モテ大学生たちが、悪ノリで始めたサークル活動の一環であるらしい。

 非日常推進委員会という名で、灰色の青春を送ったかつての自分たちを救ってみないか、とのサークル勧誘しているビラを何枚か発見したし、都市伝説化している彼らの話を知っている大学生も何人か見かけた。


 大学内でも有名な割に、不審者扱いされて敬遠されているわけではないのには理由がある。


 明るい青春を送れなかったが故の悪ノリで始めた「未来から来たお前自身」活動であるが、未来から来た設定である自分たちを魅力的に見せるために努力をした結果、サークルメンバーそれぞれが、少しだけ自分に魅力を感じられるようになっていったそうだ。

 非モテとして卑屈だったメンバーが自尊心を持てるようになり、日常も良い方に代わっていった。

 都市伝説となるころには、悪ノリを面白がってメンバーも増え、サークル内で交際に至る者も現れたそうだ。

 それでなくとも自分に自信が持てたメンバーが多く、途中から、人はいつでも変われるから、頑張ってほしいと真剣に応援をするようになったそうだ。


 いい話だなぁ、多分。

 やっていることはただの不審者ではあるが。



 ****


 調査を終えた僕らは、学校方面に戻ることになった。

 埋原ヶ丘大学を出て、帰路につく頃、僕は考え込んでいた。


 未来から来たフリをしてまで青春を送ってほしいとメッセージを伝える大学生たちを見て、自分の現状を分析していた。

 瑠璃子の愛情が重すぎるとはいえ、自分に好意を寄せてくれるかわいい彼女であるし、オカルト研究会という部活動で青春をしていると言えなくもない。

 もっと瑠璃子と向き合って、かわいいところを探してみるのも悪くない。


 太鼓の鬼退治でも、難しい譜面はクリアするまでの試行錯誤がワクワクするからな……。愛が重い彼女という高難度譜面も楽しめばいいか。


 気持ちを切り替えた僕は、瑠璃子に歩み寄ることにした。


「僕も瑠璃子のことを好きになれるように努力をしてみるよ。とりあえず、明日のお弁当はピーマンの肉詰めを食べたい」

「ん、リクエストくれるの、珍しいね。わかった。頑張って作るね。じゃあ、この調子でホテル行く?」

「……それは遠慮しておくよ」


 帰りのバスでは手をつないでみた。恋人つなぎではないが、瑠璃子の体温を感じて、瑠璃子への恐怖心が少し和らいだように感じた。



 続く


お読みいただきありがとうございます。

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