第6怪 首狩り岬
首狩り岬の噂を聞いたことはあるだろうか。
海に面した宵ヶ浜市に住む学生の間でささやかれる、都市伝説的存在である。宵ヶ浜の都市伝説は、突き詰めれば大体がただの不審者情報であり、今回もその類いである。
クラスメート曰く、一見平穏な作倉岬にある商店街なのだが、帯刀した修羅が多発する事案が発生していると、まことしやかにささやかれているのだとか。
オカルト研究会でその話を聞いた瑠璃子は、切り捨て御免集団が発生する原因がわかれば、世界を滅ぼせるかな、とワクワクしながら語っていた。
瑠璃子が世界を滅ぼす日は遠い。
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僕は、初手でいきなりホテルに誘ってくるという、ゼロ距離極大魔法の使い手、瑠璃子とのデートクエストを完了した。
それ以降は既成事実を狙われることもなく、学校で合う以外は毎日連絡を取る程度で特に進展もない。
普通に過ごしていた。
学校内では、昼休みにはお弁当を作ってもらっていて、外に出て一緒に食べる程度で、激しいアピールがあるわけでもなかった。
このままなら付き合っていけそうだ。
本日は週1回開催されているオカルト研究会定例の日である。
放課後集まった僕らは、これからの活動方針を話し合っていた。
オカルト研究会とはいえ、何かと世界を滅ぼしたがる瑠璃子と、薔薇を書くための取材をしたい円子多恵オカ研部長、瑠璃子に半ば強制的に加入させられただけの僕は、三人とも方向性がバラバラであった。
瑠璃子も多恵も、部活動としてフィールドワークを行いたいと言っていたので、顧問の韮沢先生も交えて話し合った。
結果、オカルト研究会という名前にふさわしく、都市伝説を調査して回ることになった。
書類上は文芸部ということになっているが、それでいいのか。
とりあえずは、首狩り岬の噂がある、作倉岬にある商店街に行ってみることにした。
作倉岬は宵ヶ浜北高校からバスで十駅である。
自転車で行く方が楽なのだが、多恵はバス通学のため、学校に彼女の分の自転車がない。
宵ヶ浜北高校前のバス停で五分ほど待つと、作倉岬方面のバスが来た。
バスの最後列に3人で並んで座った。
窓際から瑠璃子、僕、多恵の順である。
両手に花だな、はは、うれしいなぁ。
いや、全然うれしくないわ。瑠璃子が嫉妬したらどうしよう。
瑠璃子は部活動で僕と出かけられてうれしいのかバスに乗っている間中、ツインテールを揺らしながら、うきうきしていた。
特に嫉妬とかはないみたいだ。
作倉岬商店街入口のバス停で降りたオカルト研究会の面々は、さっそく商店街に足を踏み入れる。
作倉岬商店街は、昔ながらの商店街という感じで、海に近いために魚屋が多めである。八百屋や文房具屋、酒屋、米屋などがあり、商店街から少し離れたところにコンビニもある。
まずは、商店街入口にあった魚屋で、話を聞いてみる。
会話を切り出すのは、弁当を自分で作っている瑠璃子である。普段料理をする分、一番魚に詳しいだろうとの人選である。
「あ、おじさん、おいしそうなアジですね」
ツナギを着ていて、頭にはハチマキを巻いている店主らしきおじさんは、立派なカイゼル髭を生やしている以外は魚屋らしさにあふれている。
なに、カイゼル髭って。
歴史上の人物でしか見たことがないぞ。
「お、姉ちゃん、見ない顔だな。近くでとれた新鮮な魚だぜ。隣の兄ちゃんは彼氏か? 今晩は二人でアジを味わってみてくれよ。いや後ろの姉ちゃんも一緒なら三人分か? 兄ちゃん、両手に花だな。ガハハ」
アジだけに味わって、か。
やかましいわ。
彼氏と言われたからか、瑠璃子はうきうきしているな。
「これから商店街を見て回ろうかと思っているので、またあとで買いに来ますね。ところで、最近、作倉岬商店街近くで、首狩り岬って噂があるの、ご存じですか」
すると、おじさんはニヤリと笑い、ヒントをくれた。
「なら、あっちの端にあるもう一軒の魚屋で、16:30からのタイムセールを見てみるといいぜ。でもヒントを上げたからには、うちでも買い物をよろしくな」
気前のいいおじさんだった。
今は16:20なので、もう少しでタイムセールである。
三人でおじさんに礼を言って、商店街の端まで歩いていく。
商店街自体は近所の学校帰りの小中学生をたまに見かけるうえ、八百屋などでは主婦がかなり集まっていた。
寂れた商店街というわけではなく、地元で愛されていることがわかる。
端まで来たところ、タイムセール直前だからか、一軒の店の前で、この商店街で一番多く人が集まっている。
それでも道がふさがるほどではないので、地元の人以外に利用者は多くないように見える。
16:30になり、反対端の魚屋、「田中商店」でタイムセールが始まった。
目玉は銀色の長い魚、そう、太刀魚である。
今年はかなり量が取れるらしく、例年になく安値で買えるのだとか。
熟練の主婦たちがタイムセール開始とともに、事前に目をつけていたらしき数匹をまとめて買っていく。
「ちょっと、佐藤さん、それはアタシが目をつけていたのよ!」
「あらあら、鈴木さん、早い者勝ち、ってルールでしょ?」
わぁわぁ、きゃあきゃあ、ぎゃあぎゃあ、ぐららあがあ、とそれなりの人数の主婦たちが姦しく争奪戦を行っている。
ラグビーのスクラムかよ。巻き込まれたくないな。
無事に太刀魚や、その他いくつかの魚を買った主婦たちは、エコバッグに入れてそそくさと家に向かうようだ。
太刀魚はさすがに長すぎて、一部分がエコバッグからはみ出ている。
夕方の日の光に当たって、きらきらと光っている。
僕を含め、オカルト研究会の面々は、これが首狩り岬の正体であるとすぐに気がついた。
今年は太刀魚が非常に安く、また、特に金曜日は「田中商店」特価セールのため、妙齢のお姉さん方|(おばさんと言いかけると殺気を感じた)が商店街の魚屋からこぞって太刀魚を買い、背負って帰っているのであった。
確かにタイムセールでなるべくいいものを選ぼうとしている主婦たちの表情は修羅のごとき形相であった。
太刀魚は名前の通り、刀に似ており、エコバッグの端からはみ出ている姿は帯刀しているように見えなくもない。
瑠璃子は、落ち武者の大発生ではなかったことに落ち込んでいた。
僕は慰めるように声をかけた。
「まぁ、都市伝説といえば、こんなものだよな。都市伝説の正体はこわくなかったが、噂に尾ひれがついて、この良さげな商店街に悪影響が出る方がこわいよな」
「無理やりオチをつけようとしなくて良いのでござるよ」
ありがたいことに多恵がツッコミを入れてくれた。
少し待って、残念な気持ちを切り替えたオカルト研究会は、今回の調査を終了することにした。
約束通り、入口の魚屋でアジを数匹購入し、作倉岬商店街を後にする。明日の昼食は、瑠璃子の手作りアジフライで確定である。
こうしてオカルト研究会の第1回フィールドワークは終了した。
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次の昼、僕は瑠璃子と昼食をとっている。
「今日は金曜日だし、既成事実を作りに行こうよ」
そんな花金の社会人みたいなノリで、既成事実を作ろうとしないでほしい。
「いや、行かないよ!? もうちょっと段階を踏んで仲良くなってからね」
瑠璃子は、どうしても既成事実を作りたいらしいが、のらりくらりとかわすことにした。
「ふぅん、そっか」
瑠璃子は納得した様子で、アジフライを箸でつまんで、僕の口元に寄せてきた。
瑠璃子からアジフライを、あーんしてもらいながら、それなら、と次に調査したいという都市伝説について聞かされた。
また似たようなオチの話だろうな。
もぐもぐ。
口に突っ込まれ続けるアジフライを堪能した。
なんか、日々の餌付けの効果により、瑠璃子への恐怖心が薄れつつあるな。まあ、いいか。
続く
お読みいただきありがとうございます。
アジフライ食べたい。