第5怪 瑠璃子とのデート
瑠璃子から、明日の午後、デートしよう、とメッセージが来ていたのに気づいたのは、晩御飯を食べた後のことだった。
一緒に帰ったときに声をかけてくれればいいのに。
慌てて承諾の返事をする。
急遽、翌日の午後からデートの予定が入った。
一回寝たせいか妙に寝つきが悪かったが、いつもより少し遅いくらいの時間には寝入っていた。
****
日付が変わって、本日は土曜日。
瑠璃子との初デートである。
自分のストーカーであっても好意を向けてくれる女子高生である。
そういう意味ではかわいい彼女である。
ただし、好意の重さは考えないものとする。
十三時に慈砂羽駅で待ち合わせである。
宵ヶ浜からは電車で一本なので、休日の昼であれば急がなくても問題はない。
少しめかしこんだ服装に着替え、朝シャンをし、鏡で顔をチェックして家を出る。
帰りにコンビニスイーツを買ってくる約束で、姉に見た目チェックもしてもらったので、女性目線での清潔感対策もばっちりである。
姉もたまには役に立つ。
この前は心の中で罵倒して悪かったな。
天気は晴れ。
雲一つなく、外を歩くにも十分暖かい。
まさにデート日和である。
慈砂羽駅前の時計台にはベンチがいくつもあり、待ち合わせスポットになっている。
駅から歩いていくと、思いのほか鳩が多く目についたので、動物が嫌いなら別の場所を選んだ方が良いかもしれなかった。
幸い瑠璃子は鳩が苦手ではなかったようだ。
道に落ちたパンくずをポッポウと食べる鳩を眺めている姿が目に入った。
先に来ていた瑠璃子に、謝りながら、僕は近づく。
「ごめん。待ったでしょ」
「ううん、全然。待ったのは三時間くらいだよ。録音した勇児の声を聞いていればすぐだよ」
三時間かぁ。なら良かった。
良くないわ。
三時間?
待ちすぎじゃないかと思って、スマホで昨日のやり取りを見直した。
どう見ても待ち合わせ時間は確かに十三時だった。
初デートに浮かれて三時間早く来たのだろうな、ははは。
ここはスルーしかない。
スルーしなければ愛が重すぎる。
録音した声というのを提供した覚えもないが、触れると、この世の真理を悟ってしまいそうなので、スルーである。
才谷勇児のスルースキルはそのうちカンストするだろう。異世界転生してもばっちりだな。
はあ、愛が重すぎる。
瑠璃子が首を振ったからか、花の香りがふわりと漂う。
これは姉と同じシャンプーの匂いである。
姉の有栖からは、姉の朝シャン後には姉をたたえる言葉をかけるように習慣づけられている。
つまり、顔を合わせてすぐにこれを嗅ぐと、僕は条件反射で目の前の女性をほめるように調教されている。
「えっと、瑠璃子のその私服、似合っているね。かわいいよ」
無意識の行動だが、なんか僕チャラくない? 本心だからいいか。
紺色のVネックワンピースに、髑髏のシルバーネックレス、天使の羽の柄のモノクロのバッグの格好を見て、感想を述べる。
「え? あ、ありがと。好き……」
いい雰囲気である。
何も言わずとも平気で約束の三時間前に来るくらいなので、いい雰囲気になるのは当たり前であったが。
はあ、愛が重すぎる。
僕らは予定を決めていなかったので、これからの行動について希望を聞く。
「何するか決めていなかったけど、カラオケでも行く?」
初デートで目的地を決めていない僕は何なんだろうな。
「え、カラオケはちょっと……」
瑠璃子が不安そうな顔をする。
瑠璃子の好き嫌いについては、ひととおり会話したが、全てを把握したわけではない。
歌が苦手なのか、はたまた個室が苦手なのか。とにかく地雷を踏んだようだ。
「あ、歌は苦手だった?」
若干焦りながら、地雷を確認する。
「勇児のお気に入りのレディコミみたいに、カラオケでエッチなことをするのは早いかなって。初めては自宅かホテルがいいな」
レディコミを愛読しているのがバレるのは恥ずかしいな。
いや、待て。
そもそも何で知っているんだ。こわすぎるだろ。
「いや何の話!? あと、どうして姉ちゃんにばれないようこっそり借りているはずのレディコミの内容を知っているわけ?」
何とかツッコミを入れる。
自分の彼女に対して、強敵と書いて「とも」と読むレベルの強さを感じる。
愛が重すぎる。
「ふふ、愛の力だよ」
「それは多分愛ではないよ……」
瑠璃子の愛が標準なら、地球は愛の重さでつぶれてしまい、最後はブラックホールになるだろう。
こうして話しているだけでも、デートであることは変わりないため、瑠璃子は満足そうである。
ただ、初デートでどこにも行かずに、だらだらグダグダするのは男が廃る。
最初から無計画だった僕が、男のプライドとかを考えるのもどうかと思うが。
次のデート案を考えるために周りを軽く見渡したところ、駅前のマンガ喫茶が目に入る。
「それなら、マンガ喫茶とかどうかな」
「え? マンガ喫茶でエッチなことをするつもりなの? スマホに保存してある同人誌みたいに? 同人誌みたいに?」
その台詞リアルで言う人いるんだ。
「しないよ。あとどうしてスマホの中身を知ってるの?」
瑠璃子は僕の趣味を完全に把握しているようだ。
スマホの中身も。
こわいなぁ。帰ろうかなぁ。
それにしてもデートの行き先一つ決められないとは。
やはり男女交際は僕には早かったのではないだろか。
策が尽きたので黙っていると、瑠璃子から提案がある。
「じゃあ、ホテル行こうか」
驚愕の提案に一瞬頷きそうになったが、こらえて却下する。
「……いや行かないからね?」
愛は重いが、行動は軽いな。メンヘラかな?
軽い気持ちでホテルに行ったら地獄を見そうだ。
瑠璃子が不思議そうな顔をする。
「えぇ……? 既成事実さえあれば、もう私から逃げられないのに」
よし、既成事実だけは作らないぞ。
「……なくても逃げないよ。もっと健全なお付き合いから進めていこうか。そうだなぁ。瑠璃子の好きな場所とかいつも行っている場所を教えてくれるかな?」
追いつめられたからか、いいアイディアを思いついたと、心の中で自画自賛した。
もっと早く思いつくべきだった。
「ん、なら駅前の本屋かな。そろそろオカルト雑誌とか発売しているし」
「じゃあ、それで」
僕らは腕を組んで本屋に向かう。
こうしていると、かわいいと思うんだがなぁ。
瑠璃子は聞こえてきた音楽が気になったようで、途中で足を止めた。
駅前でミュージシャンが『ノストラダムス』なる曲で終末が近いと歌っていたので、世界を滅ぼしたい系女子である瑠璃子としばし聞き入った。
瑠璃子がギターケースに五十円を入れた。
高校生のお小遣いでは大金を入れることは難しい。
世知辛い世の中である。
歌詞に出てくるノストラダムスの予言により二千年は来ない、という話題はもう二十年以上前であるため、令和の高校生たる僕らには遠い昔に終わった出来事に感じた。
本屋に行って、オカルトコーナーを散策し、何冊か購入した。
僕は、買い忘れていた『週刊大丈夫』や、『筋肉探偵オメガ』の三巻を購入した。
少年誌で連載中の『筋肉探偵オメガ』は、推理ものの皮をかぶったバトルマンガで、筋肉教授マッスルズ・モリアガッティー戦が佳境である。
筋トレの参考にもなるので、単行本は繰り返し読んでいる。
本屋を出た後は、長ったらしい注文で有名なチェーンの喫茶店に入り、購入したムックや文庫本、ハードカバーなどを読むことになった。
昼時でも、三時のおやつタイムでもないためか、比較的すいている。
おかげで、奥の広めのテーブル席に入ることができた。
僕らは買った本をそれぞれテーブルに並べた。
瑠璃子は本も読まずににこにことしながら、僕の顔を見つめていた。
「そんなに見つめられると緊張するんだけど」
「私の彼氏は最高だなと思って」
ほめられて悪い気はしなかった。
男子高校生はチョロい。
瑠璃子は買った雑誌を読み始めたようだ。
僕はコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。
「あ、今回の『月刊超古代』の特集は、呪いだって。浮気した彼をこれでもかと追いつめ、破滅させてざまぁと言おう。人を呪わば穴二つ。実行するときは注意しよう、だって」
「うえっ!?」
現状浮気をするつもりは特になかったが、束縛が強そうな瑠璃子に若干の恐怖を覚えた。
「一応聞いてみるけど、何をしたら浮気判定になるのかな」
「具体的な行動だとキスしたらアウトかな。その時は四肢を切り落として私に依存させることにするよ」
四肢を切り落とすのかぁ。
「発想が残酷すぎる」
かわいいところもあるが、言動一つ一つにこめられた愛が重いんだよな。メンヘラだな?
時折かわいいと思うのけど、若干の恐怖が残る。
四肢を切り落とすのは、おそらく本気である。
はあ、愛が重すぎる。
話題を切り替えるべく、部活の話にもっていく。
「そういえば、会報に載せるオカルト調査ってどうするか考えてる?」
「文章は勇児の担当でお願いね。私は挿絵でも描くよ」
そういって、瑠璃子はいつ描いたのか、自分のスマホに保存してある、都市伝説の絵を見せてきた。
スマホアプリで描かれた「『世界滅ぼすぞ』おじさん」の絵を見て、僕は頭を抱えた。
瑠璃子は美術センスがあまり良くないようだった。
「独創的な絵だね……」
「よく書けたと思うよ」
「瑠璃子も文章担当にしようか」
それからは、さらに話題を変えつつ、ケーキを追加で頼み、買った本を読んで感想を言い合った。
夕方になったので、解散である。
「ね、さよならのチューをしよう?」
「距離の詰め方がいちいち急なんだよなぁ。ええと、ほっぺたならいいよ」
瑠璃子は目をつむって顔を向けている。
ドキドキしながら頬に軽く触れるか触れないかくらいのキスをして、恥ずかしくなって顔を仰いだ。
瑠璃子もガンガン来る割には、普通に照れており、顔を赤らめて、にへら、と笑っていた。
おお、これはかわいい。
二人らしい健全で不穏なデートを終了し、また学校で顔を合わせることを誓って別れた。
続く
次からはオカルト研究会が本格始動します。ホラーコメディのホラー部分です。(こわいとは言っていない)