第44怪 世界を滅ぼしたがる彼女(完結)
水川瑠璃子を知っているだろうか。
海に面した宵ヶ浜市に住む学生の間でささやかれる、都市伝説的存在……ではない。
才谷勇児の彼女である。
僕、才谷勇児のことは何でも知っていると、まことしやかにささやかれているのだとか。
ささやかれているというか、身をもって知っているというか。
実際、知らないことはほとんどない。
昔は、腰まであった髪をツインテールにしていたのがトレードマークであったが、今は肩にかかるくらいの長さまで切り、ポニーテールやサイドテールでラフにしていることが多い。
高校を卒業後、同じ大学に進んだ瑠璃子と僕はそのまま社会人になっても付き合っていた。
まあ、仮に別れようとしたら、多分、物理的か社会的かの手段で殺されただろうな。
今の僕は文房具メーカーの三年目の社員である。
瑠璃子は、なんと、ホラー小説家としてデビューした。
世界を滅ぼそうとする壮大なストーリーで一定の人気を博しており、印税は僕の収入より多いくらいである。
オカルト研究会部長であった円子多恵は、薔薇マンガだけでなく、一般向け漫画の才能もあったらしく、今は『週刊大丈夫』にホラーゲームプレイ日記の漫画を連載している。
ちょっとうらやましい。
僕もコラムとか書きたい。
友人の相模金剛は実家の寺を継ぐべく、修業の日々だと聞いている。
多恵と付き合うようになったらしく、僕は会うたびに、破戒僧だとからかっている。
後輩の皆藤連は大学で出会った彼女と結婚し、少し前に結婚式に招待された。
今はフリーライターとして活躍している。
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本日、僕は瑠璃子にばれないように、結婚指輪用の来店予約をしていた。
瑠璃子は小説家として時間が自由にとれるし、もとから超人的なストーカー能力を有しているので、ばれないということはあり得ないが、一応、サプライズを仕掛けるようには準備していた。
会社が終わってケーキ屋に寄った僕は、メレンゲとアイスを使ったケーキのようなお菓子、ヴァシュラン・グラッセを二つ購入した。
メレンゲを使ったお菓子であり、店によって中に入れるものがアイスだったり、フルーツだったりする。
この店のヴァシュラン・グラッセは砂糖漬けの桃を使っていて、瑠璃子の好物であった。
帰宅すると、僕はお菓子を渡し、食後のデザートに一緒に食べようと提案した。
瑠璃子は珍しく、髪をツインテールに結っている。
また、今日の夕食は、高校時代の僕の好物で構成されていた。
つまり、初めて食べた瑠璃子の手作り弁当のメニューそのままである。
今日の出来事を予想していたようだ。
やられたなぁ、と頭をかきながらも、自分から伝えようと気を強く持ち直した。
「瑠璃子のことだから、わかっているだろうけど、というか、わかっているからこのメニューなんだろうけど、食事が終わったら大事な話があるんだ。デザートにヴァシュラン・グラッセを食べながらでも、聞いてほしい」
「ん、楽しみに待ってるね」
瑠璃子は、にししと笑う。
夕食を終え、デザートのヴァシュラン・グラッセを食べ終わると、僕は指輪ケースを仕事用カバンから取り出してテーブルの上に置いた。
「これを渡したかったんだ。今度一緒に見に行こうか」
「いいよ。あ、ちょっと手が震えてる。ね、勇児は私が妻になるの嫌?」
「懐かしいな、その台詞。嫌じゃないよ。結婚しようか」
そう言って、黒い指輪ケースに結婚指輪用の来店予約票を入れたものを渡す。
瑠璃子は席を立ち、嬉しそうにゆっくりと抱き着いてくる。
抱きとめて軽くキスをすると、先ほど食べた砂糖で固められた桃の香りがした。
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予約日に一緒に指輪を見た瑠璃子は、小さいダイヤがドクロの両目にはめ込まれているホラーテイストなデザインのものを選んだ。
結婚指輪のデザインにもかかわらず、彼女らしいチョイスだ。
いまだに世界を滅ぼそうとしているのか、ホラー作家としての矜持なのかは聞いていない。
結婚式の日、オーソドックスなウェディングトレスを着た瑠璃子は、この日に備えて長く伸ばし直した髪を束ねておらず、ベールとともに風に吹かれて揺れる様子は、終焉の日に見た流れ星のようであった。
友人たちや会社の上司・同僚、担当編集や親族に祝われて、僕と瑠璃子は誓いのキスを交わした。
こうして、ストーカー気味な世界を滅ぼしたがる彼女は消滅し、才谷勇児のストーカー気味な妻となった。
瑠璃子が世界を滅ぼす日は、もう来ない。
完
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ブックマーク、評価、感想などもありがとうございました。
……ところで、あなたの後ろにいるツインテールの少女は誰ですか?
それでは、またどこかでお会いしましょう。




