第43話 終焉の日
日常の崩壊は、何の前触れもなく起こる。
彼女がちょっとストーカー気味だろうが、高校の間ずっと付き合っていたし、とっくに慣れている。
高校も卒業し、大学生活への期待に胸を膨らませているとき、日常の崩壊を告げるニュースがもたらされる。
巨大天体群による地球滅亡の可能性が伝えられたのは、卒業式の一週間後、瑠璃子の両親に再度会って、挨拶をした日のことだった。
Jアラートが鳴り響き、すわ大地震かと思いきや、巨大天体群の衝突可能性と、隕石の中に未知の巨大生物が含まれている可能性、そして、それまでの残り時間が政府から発表されたのであった。
2021年は年末に流星群を見たくらいで、天体ショーに興味を持てるほどの余裕はなく、受験勉強一色だった。
興味があったとしても、そもそも情報統制されていて一般市民が知ることはなかったのだろうが。
地下シェルターの建設や大型潜水艦の建造などは秘密裏に進められていたらしい。
土地の少ない日本ではあまり大規模なシェルターの準備がない。
中国では大規模なシェルターが準備されたらしいが、運の悪いことに、ちょうど五日前からアジア圏で新型のウイルスが流行った影響を受けて、国家間の渡航制限が議論されたため、他国への避難は難しかった。
制限されていなくても、短時間で国外逃亡するのは難しかっただろうけど。
米国はロケットを飛ばして、破壊を目指す、映画のような一大プロジェクトを行ったとの発表をしていた。
一応は成功したようで、地球が丸ごと消し飛ぶ事態は避けられたようだ。
ただ、巨大生物を倒しきることはできておらず、地球上に被害が出るだけの衝突は防ぎきれなかったようだとニュースは伝えていた。
予測落下地点は、日本、それも宵ヶ浜付近とされていた。
巨大生物襲来のニュースに、インターネットでは情報が錯綜したが、エンタメで数々の怪獣から襲撃を受け続けてきた日本人たちは、案外冷静に対応していた。
政府発表で巨大宇宙生物の襲来が発表されることに、現実味がわかなかっただけかもしれない。
僕と瑠璃子は、宵ヶ浜海岸が見渡せる高台の公園に来ていた。
どうせ死ぬなら、一世一代の天体ショーを見たい、と思う程度には僕もオカルト好きになっていた。
「瑠璃子の望み通り、世界が滅ぶのかもしれないな」
「勇児と一緒に死ぬのなら、本望だけど。できれば滅ばないで、この星の住民たちにも私たちの未来を見せてやりたいな」
僕と瑠璃子は手を握り、おそらく最期となる天体ショーを待つ。
隕石が宵ヶ浜に落ちると、町中の人々は死ぬだろうし、謎の巨大生物が襲ってきても、壊滅は免れない。
「ね、私は幸せだったよ」
「僕もだよ。大変だったことも、瑠璃子がこわいと思ったこともあったけど、楽しかった」
夕方も終わろうという時間で、英語でいえばマジックアワーある。
この時間帯は平素からの金色の空の色をしているものだが、突如色が変化し、昼間のように明るくなった。
隕石群がいよいよ日本に落下しようとしているのだと、同じく外で終焉を待つ宵ヶ浜の人々は思ったはずだ。
……思ったはずなのだが、なぜか光は轟音とともに海へ落下していった。
落下した隕石から、うどんのような白い触手が出てくるのが見えたが、出てきてそのまま活動を停止したのか、波に漂うだけで、襲撃してくる様子はなかった。
高台から海を見下ろす位置にいるため、津波の心配もなく、終わらなかった日常に感謝をしながら、僕は瑠璃子の手を放し、両手を背中に回して抱きしめた。
「は……、助かった、みたいだ……」
「ん、そう、だ、ね……? そっか。まだ勇児と一緒にいられるのか。うれしいな」
巨大天体群は途中で互いに衝突をしたおかげで、地球滅亡コースの軌道を逸れ、細かい破片が海に落ちた程度で、大きな被害は出なかったと発表された。
謎の触手については依然、調査中だという
瑠璃子は世界を滅ぼしたがっていたが、この三年で世界を少し好きになれたのなら、僕と出会った意味があったのだろう。これが運命ってやつか。
柄にもなく、詩的な考えになる。
僕は、これから大学に入ってからも、いつ世界が滅んでもいいように、瑠璃子とできる限り思い出を作っていこう、と決意した。
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同日、合衆国の航空宇宙局は、大変な緊張感に包まれていた。
月から突如飛来した、数十万の触手をまとった隕石、謎の宇宙生物「香間空呑式神」に対して、すぐさま合衆国は核を積んだ有人ロケットをリスクも恐れず最速で準備し、情報を得てから七十二時間後という驚異の段取りでロケットを発進させた。
歴代の大統領に引き継がれている、宇宙からの攻撃に対するマニュアルには、このことが想定されていたのだ。
宇宙空間において、核攻撃も成功したが、謎生物はバラバラになりつつもまだ活動を停止していなかった。
「核でもまだ滅ぼしきれないというのか……? あと一押しで倒せそうだが、いかんせん兵器が足りんな」
その時であった。
管制官が、スペースデブリの飛来を大声で伝える。
「何かが、おそらく人工衛星の残骸と思われるスペースデブリが、宇宙生物に向かって飛んでいきます!」
「ジーザス!」
航空宇宙局も予想していなかった大きめのスペースデブリが、宇宙生物に向かって軌道を変え、近づいていった。
そして、スペースデブリが動いている欠片を直撃し、落下地点を大幅にずらすとともに、欠片の生体反応を消し去った。
「神は人類を見捨てなかったのだ……」
思っていなかった幸運に、航空宇宙局中が歓声と拍手に包まれた。
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金剛は実家で遠隔操作の封印式をいじり、再封印を試みていた。
「ん、反応が消えた? これは……?」
封印の手ごたえがなくなり、困惑を隠せない。
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才谷有栖は安堵した。
予言のことを信じてもらえるとは思っていなかったが、講義を受けたことのある天文学の教授にダメ元で訪問したところ、実は政府の関係者だったおかげで、突拍子もない、そして実現可能性のほとんどない対応が実現できた。
といっても、水晶玉の予言に従って、スペースデブリの衝突コースを調整した程度で、後は運に頼るしかなかった。
世界が破滅しかける映画よろしく、米国は核ミサイルを積んだロケットを向かわせることも検討され、実行はされたらしい。
天体群とは名ばかりで、月から飛来した謎の宇宙生物だったが、核を打ち込んで大半は無力化に成功したと情報共有されていた。
それでも脅威を完全に取り去ることはできなかった。
人類全体の滅亡は避けられる見込みだったが、有栖が見た水晶玉の予言では、まだ活動している部分が日本に降り注ぎ、地上で暴れて世界規模でダメージを受ける未来が見えていた。
かといって、スペースシャトルを何十隻も飛ばす時間はなかったし、飛ばしたとしてもさすがに情報統制が不可能となり、世界的に治安が悪化する可能性があった。
米国がロケットを一隻飛ばすのにも、かなりの情報統制を必要としたようだ。
日本はそもそも核兵器のような威力のある武器をほとんど所有していないため、協力できることはほとんどなかった。
天文学の教授からの依頼で、数学科の教授とコンピュータサイエンスの教授が協力して、最適と思われる衝突軌道を計算してくれた。
コンピュータシミュレーションで成果が一番大きかったのは、カオス軌道計算であった。
天文学の教授が日本の管理する廃棄予定の人工衛星をスペースデブリとして消費するように政府に働きかけてくれたおかげで、何とか日本への衝突は免れた。
式神の機能も停止したらしい。
海には落ちたので、多少の津波が発生したし、これから式神の素材が沈むことで、海洋資源には影響が残るかもしれないが、とにかく、人類への被害が少なく済んだのは良い未来を選択できたのであった。
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「ね、勇児、今日は泊ってもいいかな?」
「まだ責任取れないし、今日は歯止めが利かなくなりそうだから、ダメかな……。もうちょっと待って」
僕は瑠璃子を愛しく思っていたが、それゆえに大切にしたいと思っていた。
社会人として責任を取れるようになるまでは、大切に守っていきたいと思っている。これまでと決意の方向は同じだが、決意の中身が変わっていた。
なお、ひと時の恐怖からか、翌年にはベビーブームが来てしばらく好景気に沸くことになったそうだ。
人間の強さと愛しさを感じさせられる話であった。
僕は流されなかったが。
いずれ忘れてしまうのだろうが、日常がかけがえのないものだと、人々が実感した日であった。
季節は春に変わろうとしていた。
続く
今回の怪異:空飛ぶうどん怪物、香間空呑式神。あらゆるものをうどん型の触手に変える能力を持つ。相模家が代々封印をしていた。
次回、エピローグです。




