第4怪 「世界滅ぼすぞ」おじさん(水川瑠璃子さんサイド)
僕こと才谷勇児は、彼女である水川瑠璃子一緒に昼を食べながら、放課後部室で二人、話し合う約束をした。
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放課後、オカルト研究会の部室に足を運んだ僕らは、隣り合って座る。
瑠璃子が椅子を近づけと、動きに合わせてツインテールが揺れ、毛先が僕の手に当たった。
いい匂いがするな、と思ったが、相変わらず姉が使っているシャンプーと同じなので、姉の顔がちらついてきた。
八つ当たりだが、初めての彼女とシャンプーのセンスが被った姉を若干恨んだ。
瑠璃子が顔を寄せてくる。
「二人で話したいことって何? 両親への挨拶の時期とか、理想の結婚式とか?」
距離の近さに驚きつつも、ポーカーフェイスを保つ。
待って。
物理距離だけじゃなく、心の距離も近いな? メンヘラかな?
「結婚を前提に話を進めるなよ。瑠璃子がなんで僕のことをそんなに好きなのかが聞きたいんだよ。都市伝説の『おじさん』から助けられたから惚れたってわけじゃなさそうだし」
僕は姿勢を変えて自分をまっすぐ見つめ直す瑠璃子の、ブラックホールのような目を見つめ返しながら、疑問に思っていたことを聞いた。
「ん、それはね」
瑠璃子は、僕に惚れたエピソードを語り始めた。
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第一志望であった私立の女子高に落ちて、滑り止めの宵ヶ浜北高校に合格した中学三年生の私、水川瑠璃子は、ネットで合格を確認してはいたけど、これから通う高校に愛着を持とうと思って、合格発表を見に来ていたんだ。
ただ、合格発表で自分の番号を確認しても、気は晴れなかったな。
わざわざ足を運んだものの、厳しい母親が熱心に勧めてきた女子高に落ちたという現実と、母親のひどい態度を思い出しただけだった。
世界を滅ぼしたいなぁ。
私はしばらく合格発表の掲示板を遠くから見つめていた。
時間を確認するとけっこう経っていたので、そろそろ帰ろうかと思ったとき、合格発表を見に来た男子中学生二人組の会話を聞いた。
学ランの二人組は二人とも真面目そうだった。
眼鏡をかけた方は、周りを見回して、不満そうにつぶやいた。
「何故カップルで合格発表を見ている奴らがいるのに、俺たちは男二人で掲示を見に来なければならないのか。世界滅びないかな」
眼鏡をかけていない方は、笑いながら、軽口を返す。
「世界滅びないかな、じゃあないんだよ。そういうことは誰かに頼むんじゃない、お前が滅ぼすんだよ」
友人の世界破滅願望に、軽口を返していたのが当時中学生の勇児だった。
同じく世界に滅んでほしかった私は、彼の発言を深く受け止めてしまった。
「そっか、世界は私が滅ぼせばいいのか」
私は、天からの啓示とばかりに、世界を滅ぼすことを決意した。
素晴らしい啓示をくれた男子中学生をあがめようと、密かに追いかけて顔を覚えることにした。
彼らは明るい顔をしていたので、おそらく合格しているのだろうとあたりをつけ、同じクラスになることを祈った。
目標のできた私は、それから進学先について落ち込むことなくなり、厳しい母親の態度も気にならなくなった。
4月になり、祈った通りに勇児と同じクラスになった私は、運命を感じたので、世界滅亡のために努力をしつつ、まずは勇児の情報を始めることにした。
そうして特に声をかけることもなく二か月が経った。
勇児との進展はなかったけど、好きな人の情報を集めるだけで満足していた。
ストーカー技術は日に日に進歩して、部屋の中で隠してある本や、スマホの中身を把握するまでになった。
え? どうやって情報を入手したのか?
それは、乙女の秘密だよ。
その日、私は、勇児が太鼓の練習をしにゲームセンターに寄ったのを確認、外から待ち伏せていた。
そこへ、近くから騒ぎ声が聞こえてきたので、耳を傾けたところ、会話の内容から、都市伝説の男「『世界滅ぼすぞ』おじさん」が現れたことを知った。
私は迷ったけど、一旦ストーカーを中断し、世界を滅ぼそうとする同志である「『世界滅ぼすぞ』おじさん」に、どうしたら世界を滅ぼせるか聞きに行くことにした。
私は、世界を滅ぼすぞ、と数人の若い男女に語り掛けているタンクトップとステテコのおじさんルックな中年男性に声をかける。
「おじさんは『世界滅ぼすぞおじさん』ですか?」
周りの男女と、なぜか「おじさん」本人もぎょっとしていたが、すぐに平静を取り戻しておじさんが返事をする。
「その通りだ。お嬢ちゃん、君も世界を滅ぼしたいのか?」
「ええ、滅ぼしたいですね」
「そうか、世界、世界を滅ぼすぞ」
おじさんと女子高生の様子を見守っていた周りの男女は、あの女子高生どうしようか、と相談していたが、どこからか現れた老紳士が彼らに声をかけると、納得した様子でその場から去っていった。
ただ、結局、「世界滅ぼすぞおじさん」は具体的な案もなく、世界を滅ぼそうとしか言わなかったので、私はすぐに飽きてしまった。
途中でどうにか逃げよう、そう思っていた。
ちょうどその時、太鼓を叩き終えたらしい、勇児が声をかけてきた。
「水川さん、知り合い?」
私は首を振る。
「そっか。ならここは僕に任せて」
そう言いながら、勇児は左目でウインクをしたが、慣れない様子で両目ともつむりそうになっていた。
ウインク下手なんだ。かわいいなぁ。
ウインクしてきた意味を考えた結果、勇児も都市伝説の存在である、おじさんと話したいのだと判断した。
ストーカーしている際にはそのようなそぶりを見せなかったのに、なんと勇児も世界を滅ぼそうとする同志であったのか。
意外だけどうれしいなぁ。
その後の、勇児の左手で追い払うような動作を見て、その場を離れた。
家に戻る途中で、世界を滅ぼす同志ではなく、自分を助けてくれたと気づいた私は、顔が赤くなったのを自覚した。
「あ、才谷は私を助けてくれたのか。え、好き」
後は勇児の知っている通り、私からアタックしてきて無事に付き合うことになったんだよ。
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瑠璃子から話を聞き終わった。
なんか僕に惚れる理由浅くない? メンヘラかな?
おじさんから助けたところで惚れたのならわかるけど。
瑠璃子は言った。
「ね、これはもう運命だよね」
メンヘラだな? ヤンデレっていうんだっけ?
「運命ではなく必然、というか。完全に瑠璃子のせいだよね。ま、まあ、瑠璃子に危害が加えられなくてよかったよ」
最初からストーカーされていたことを知って、内心ビビりまくっていたが、顔に出すことはなかった。
表情筋が死んでいることにこれほど感謝する日はない。
自分に好意を持った女子高生が自分から不審者に絡みに行って、事件にならなかったことには、ほっとした。
同級生がストーカーであることよりも、同級生が危険に巻き込まれる方が心配だよな。
自分のストーカーと付き合っていいのか悩む僕であったが、瑠璃子は特に自分に害をなしてきたこともなく、積極的なアプローチに心が躍ることも事実ではあった。
思春期男子の業は深い。
交際がクラスに知れ渡ったこともあるし、すぐ別れても薄情な男と思われて高校生活に影響がありそうだ。
しばらくは付き合っていてもいいか。
「とりあえず、帰ろうか」
瑠璃子に帰宅を促し、本日の部活動は終了となった。
帰宅後、すぐにベッドに倒れ込み、思ったより精神的に疲れていたことを自覚した。
「都市伝説の男なんかより、自分の彼女の方がよっぽどこわいような気がしてきたな」
そのまま眠ってしまい、晩御飯ができたと姉にたたき起こされるまで、瑠璃子につきまとまれる夢を見ていた。
姉は、うなされつつもまんざらではなさそうな表情をしていて、気持ち悪かったと言っていた。
僕は姉の発言にへこみつつ、今後に思いをはせた。
続く
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蛇足のあとがき芸
勇児は夢の中で、世界滅ぼすぞおじさんと瑠璃子が会話しているシーンに遭遇していた。
彼女の好奇心が原因であったと知っても、止めに入ることにためらいはない。
世界滅ぼすぞおじさん「世界、世界、世界を小説投稿して滅ぼすぞ。ん? 何だ、少年。君もポイントが欲しいのか」
勇児「そう言うと思って下までスクロールして、おじさんの作品に★☆☆☆☆をつけてブクマもしておきました」
世界滅ぼすぞおじさん「そうか。★☆☆☆☆でも★★☆☆☆でも、評価が付くのはうれしいぞ。ブクマもうれしい」
こうしておじさんは救われ、瑠璃子も助かったのだった。
ハ ッ ピ ー エ ン ド
勇児「ハッ! 夢か」
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