第36怪 チョコレート捕獲録
演出の都合上、三人称神視点です。
「相模! そっち行ったぞ!」
特級陰陽師、江波野桜は、必死の形相で、パートナーに対応を頼む。
二月十三日、そろそろ日が暮れる頃である。
茜色の空をバックに大立ち回りが繰り広げられていた。
野桜が声をかけた方には、相模金剛がバットを持って立っている。
茶色い球体が、金剛に向かって転がっていく。
金剛はバットを構えた。
「無茶を言わないでください。拙僧に武道の心得はありませんよ。はぁ。キェェェェ!」
金剛の振りかぶった木製バットが命中し、ごきん、と音を立て、一メートルほどの茶色い球体から伸びた鎌状のものが半ばから折れた。
木製バットには、梵字テープが巻かれていたが、衝突で剥がれ落ちてきている。
球体は、恐怖を感じたのか、金剛から逃げるように転がっていく。
「ハァ、ハァ、キューピッドの皆さん、後は任せましたよ……」
金剛は膝をついて倒れる。
球体が逃げる先には、ヤンキー集団、番愛連隊が待ち構えていた。
「おう、乙女ども、番愛連隊の底力、見せてやれ!」
「しゃあ、やるか!」
「祭りだあああ!」
ここに世にも恐ろしい祭りが開幕した。
ただの暴力である。
ヤンキー集団の暴力の前に、謎生物に、なすすべはなかった。
やがて、一メートルの球体は、活動をやめ、この騒動に終止符が打たれた。
なぜこのような事態になっているのか。
時は二月十三日の朝にさかのぼる。
******
特級陰陽師、江波野桜に、鷹偽製菓のピースオブオカルトが脱走したという情報が入ってきたのは、夜が明ける前のことである。
朝早くから電話にたたき起こされた野桜は、電話の内容を聞くと、すぐに目を覚まし、顔を洗って気持ちを落ち着けてから、戦闘用の服に着替えた。
「宵ヶ浜方面って、退魔士いたっけ。……あ、相模家かな。とりあえず長男を借りるか」
相模家に野桜が電話をかける。
朝も早くから電話でたたき起こされた、長男の金剛が、退魔の仕事に駆り出されることとなった。
金剛に説明されたのは、以下のような話であった。
鷹偽製菓が、偶然にも生きたチョコレート菓子を生み出してしまった。
ピースオブオカルトと名付けられたそれは、球体の謎生物であり、チョコレートを食べては大きくなっていった。
形状は意思のままに変更できるらしく、球体から鎌のような形状の手を二本出して、攻撃することも可能だった。
鷹偽製菓の社長はオカルトが好きで、生かさず殺さず、研究材料として宵ヶ浜の研究所に保管していた。
野桜を含むオカルトの専門家数名にも、生態の情報は共有されていた。
三十センチメートルほどの大きさだったピースオブオカルトが、脱走し、餌のチョコレート保存庫に突入したのが、二月十二日の夜であった。
その後、餌をもりもりと食べたことが推測される。
一メートルほどに巨大化して、大きくなったことで膂力も強くなったのか、研究所を破壊し、外に脱走したのが二月十三日の深夜二時ごろであった。
大きさは、監視カメラの映像からの推測である。
警報に驚いた職員が、事情を把握し、オカルトの専門家に連絡が行ったのが、朝四時頃であった。
このまま宵ヶ浜に野放しにすると、被害が出かねないとされている。
オカルトに耐性がある友人に連絡をしても良いから、金剛には一緒に探してほしいということだった。
金剛は、オカルト研究会所属の友人、才谷勇児に連絡を取り、勇児の彼女に退魔術|(※ただの暴力)を伝授した、キューピッド集団、番愛連隊に連絡がつくなら、救援を要請してほしいと告げた。
連絡を受けたオカルト研究会、番愛連隊は、研究所の近くに集合し、金剛と野桜に会って話を聞くことになった。
「江波さんって、どこかで会ったことありますか」
「ナンパ? ナンパなの? がるるるる」
「いや、ナンパではないけど。ああ、思い出した。オカルトグッズを売ってくれた人ですね。その節はありがとうございました」
勇児はいつだったかに遭遇した、自分の危機を救ってくれたオカルトグッズの販売者であることを思い出し、礼を述べると、瑠璃子をなだめて、詳しい話を聞いた。
「つまり、オカルト的存在の捜索が目的ってこと? 世界滅ぼせる?」
水川瑠璃子は平常運転であった。
「瑠璃子は黙ってようか。僕らに対処はできないと思うけど、見つけたら連絡するよ」
勇児は彼女の扱いに慣れている。
「番愛連隊の皆様も、見つけ次第連絡を下さい。倒せるなら倒してしまってもかまいませんが」
金剛はヤンキー集団、番愛連隊に頭を下げる。
「まかせておけ。か弱い乙女ってだけではないってことを見せてやるよ」
番愛連隊の隊長エクレアが、力強く頷いて、宣言した。
どう見ても、か弱くはないのだが、誰もツッコミを入れなかった。
番愛連隊は分かれて街中を、野桜と金剛は研究所付近、オカルト研究会は全員で川沿いに捜索をすることになった。
川沿いに進むオカルト研究会の勇児、瑠璃子、多恵、連は、まとまって周囲を警戒しつつ、ゆっくり歩いている。
「タピオカちゃん、こわくないよぉ。出ておいで。一緒に世界を滅ぼそうよぉ」
瑠璃子がそう言って先頭に立って捜索をしている。
「瑠璃子、タピオカちゃんって何? あと世界は滅ぼさないで」
「たかぎ製菓のピ-スオブオカルトだから、略してタピオカちゃん。一緒に世界を滅ぼそうよぉ」
オカルト研究会の四人は、研究所近くの川から下って行き、途中でコンビニに寄る。
そのまま昼食休憩を取った。
休憩後は、広い河川敷がある場所まで、何かに遭遇することもなく、たどり着いた。
そろそろおやつの時間である。
「拙者が来る必要はあったのでござろうか……。相模氏の頼みなら仕方ないでござるが……」
「あれ、もしかして部長は相模先輩のこと好きなんですか?」
「うぇっ?」
暇なときは恋バナに限るとばかりに、連と多恵は金剛について話している。
ヤバい生物が野に放たれたわりには、あまり気を張っていないオカルト研究会の面々であったが、先頭の瑠璃子が、急に立ち止まった。
「タピオカちゃんいたよ!」
「まじか」
タピオカちゃんが発見された。
川の近くで一メートルほどの茶色い球体が、特に動くこともなく、日光浴|(?)していた。
遠目で見れば、大きな岩があるようにしか見えない。
勇児は金剛とエクレアに連絡を取り、オカルト研究会はその場で監視の任についた。
三十分ほど、動きのないピースオブオカルトを見続けたところ、ようやく援軍が到着し始めた。
全員が揃ったところで、発見されたピースオブオカルトを囲み、冒頭の先頭に戻る。
******
「おう、乙女ども、番愛連隊の底力、見せてやれ!」
ヤンキー集団に取り囲まれ、ボコボコに殴られたピースオブオカルトは、まもなく活動をやめ、おとなしくなった。
都市伝説、「鷹偽製菓のピースオブオカルト|(チョコレート味)」、通称、生きたチョコレートタピオカは、こうして捕獲された。
本体と、もがれた鎌状の腕は、番愛連隊が手分けして、野桜の用意したトラックに運んでいく。
番愛連隊エクレアが回収した、折られた鎌の付け根から、一粒のチョコレートが転がり落ちたのだが、気づいた者はいなかった。
転がり落ちたピースオブオカルトの欠片は、川に転がって行き、そのまま流れに乗って海までたどり着く。
海流を漂って、南国までたどり着き、繁殖の時期を待つのだった。
やがてピースオブオカルトは、繁殖し、新たな生態系を作るだろうが、それはまた別の話である。
続く
お読みいただきありがとうございます。
次話から、三年生に進級です。




