第35怪 回転率が足りない男
年が明け、今年も瑠璃子と初詣である。
年初からの観光客を増やそうと、宵ヶ浜市主体で、福男決定戦が行われるらしく、せっかくなので僕も参加する。
あまり乗り気ではなかったが、福男となった人には、神社から特別に福を祈ってくれるらしい。
瑠璃子は一位になって愛を叫んでほしいと言っていた。
それは地域一帯に僕らのことを周知させたいということかな。
努力はしてみるけど。
一位になったら、永遠の愛を誓ってほしい、あとかっこいいところが見たいと言っていた。
努力はしてみるけど。
今年の瑠璃子はやる気を見せて、和服姿での応援である。
思った通り似合う。
ミニスカサンタよりも似合っているかもしれない。
ちょっとは頑張るか。
「……ない男には気を付けてね!」
瑠璃子が何かアドバイスをくれているが、周りがうるさくてよく聞こえなかった。
そろそろ準備する時間になった。
寒い中、僕は上半身裸となった。
ルール上、上半身は裸になることが決められている。寒い。
下は何でもいいらしい。寒い。
僕の下半身はカーキ色パンツのままである。
寒いし。
周りを見渡すと、義務ではないが、ふんどし姿の男性ばかりである。
やる気が違う。
これは勝てないな。
ちょっと前の僕のやる気は行方不明だ。寒いし。
上半身裸となった僕に向ける瑠璃子の目は爛々としていたが、見なかったことにした。
海水浴で見慣れているはずだが、久しぶりに見る裸体だからかもしれない。
裸体に欲情する僕の彼女は、新年早々、煩悩の塊ではなかろうか。
除夜の鐘、仕事してくれ。
動的ストレッチをして、準備をしながら、周りを見渡してみる。
観客の中に見知った顔を見つけた。多恵だ。
熱心にスケッチをしている。
ドキッ男だらけの福男決定戦、みたいに、薔薇のにおいを感じるところにはどこでも出かけているな。
そういうところは努力家なんだよな。
上半身裸、略して、上裸の男たちは、ヨーイドンの合図で、神社に向かう坂道の下から一斉に駆け出し、賽銭箱の前に配置してある旗をめがけて走り出す。
それを見守るおば……お姉さんたち、あと瑠璃子の黄色い声援が場を盛り上げる。
福男決定戦、混乱極めるおしくらまんじゅうの列の中、やけに人が少ないスペースがあった。
ぶつぶつとつぶやく若い男性の周りには人が極端にいなかった。
「回転率が足りない、回転率が足りない」
その風貌は、宵ヶ浜で近頃話題の怪異、回転率が足りない男である。
そういえば、始まる前に瑠璃子が気をつけろとか言ってたな。
で、回転率が足りない男ってなんだっけ。
ああ、思い出した。
常に縦か横かの回転をしており、食べるものは回転寿司、逃げるためには独楽のような回転する道具を投げつける必要があるとされる怪異、だったっけ。
福男決定戦で周囲の人が近寄れないのは、風貌が怪しいからでも、恐ろしいからでもない。
単純にその回転力により、近寄った人間が吹き飛ばされているからであった。
回転率の高まりにより、周りの人間が吹き飛ばされるまでになったようだ。
だが、本人は回転率に満足していないらしく、ぶつぶつとつぶやき続け、スケートでも始めれば、世界を取れそうなほどに、ぐるぐるとスピンを続けている。
物理タイプの怪異じゃん。
遭遇したくなかったわ。
いや霊障タイプの怪異とかも、別に遭遇したくはないのだけど。
そうこうしているうちに、半裸の男たちの集団は、狭い鳥居にさしかかり、さらに混迷を極める密度となる。
半裸、半裸、全裸、半裸、半裸、と密集した男たちを押しのけ押しのけ、先を目指そうとする僕であったが、屈強なマッチョに弾き飛ばされ、人のいないスペースに追いやられてしまう。
人のいないスペース?
人のいないスペースといえば、一か所しかない。
そう、回転率が足りない男の周りである。
僕は叫ぶ。
「うおおおお、やべええええ。あとさっき、全裸のおっさんが混じっていたぞ、誰か通報しろおおおお」
避けようとするも、坂道で勢いのついた体は、そう簡単には止まらない。
「さらなる回転を求めなくては、回転率、回転率……」
怪しい男はぶつぶつとつぶやいている。
スタートの合図の頃は横回転だけであったが、さらにひねりを加えた回転になりつつある「回転率が足りない男」は、格闘ゲームの主人公のように、あっさりと僕を弾き飛ばす。
ゴッ、ゴッ、ドバッと多段ヒット判定を受け、僕は吹っ飛ばされていった。
「回転率足りてるだろ……」
そうつぶやいて、僕はリタイアとなった。
鍛えていなければ即死だった。
おそるべし回転率が足りない男……
意識は暗転する。
救護所で目を覚ました僕は、全裸のおっさんが福男となったことを知った。
金運が良い一年になるだろう、と主催者がアナウンスしていたので、事案にはならなかったらしい。
アナウンスもちゃっかり金運とか言ってんじゃないよ。
通報しろ。
もみくちゃになって吹っ飛ばされた僕を瑠璃子が慰めて、新年を迎えることになった。
「今年は年初から都市伝説に遭遇してひどい目に遭った。回転率より、平凡な日常が足りないんだよな」
「うんうん、じゃあホテル行こうか」
「それ久しぶりに聞いたな。行かないよ」
そもそも、着付けが大変だから、既成事実作ろうとするのも難しいだろ。
こうして、また新しい年が始まる。
続く




